柳生くんのその一言は、この空間一帯を水を打ったように静まらせた。先程までの和やかな空気が一変し、気まずい沈黙が流れる重い雰囲気になる。柳生くんは幸村に対して質問していたけど、返答は私からの言葉を望んでいるようだった。でも、残念ながら私は何も言えない。
「あーそれ思った。何でお前ここにいんだよ?」
この空気の中、それらを一切気にせずに丸井くんは私の顔を覗き込みながらそう言った。その口調から、決して私の存在を不快に思っているわけではないようで、それはありがたいのだけれどその質問をぶつけられると凄く困る。だって私も分からないから。
「………………えっと」
何と言っていいのか分からなくて言葉に詰まる。わけが分からないまま連れてこられたと言っても柳生くんの疑問は解決しない。第一それだったらここで私が口を挟む必要もない。
「あのさ、俺」
幸村はおもむろに、その場にいる全員を見渡してそう言った。
「俺、ほーちゃんが好きなんだ」
説明って、何だろう。
誰もがこの状況の説明を望んでいるこの空気の中、幸村は予想を遙かに上回る斜め上にかっとびすぎた言葉がでてきた。段階とか順序とか、そう言う世間的に大切なもの全部すっとばしていきなり告白って。え、告白?あぁそうか、幸村が私を気に掛けてるって言うのは、本当に率直な意味でだったんだ。てゆーかほーちゃんって呼ばないでほしい。
突拍子のなさすぎる部長の行動に皆固まっている。この中で唯一事情を知っている柳くんですら頭を抱えてしまう始末だ。だけど、ここで助け船を出してくれるあたりさすが、参謀。
「雨宮、立海はつまらないか?」
今度は真剣に、柳くんは先程私にしたのと同じ質問を繰り返す。同じだけど、私の答えは先刻とは違った。
「つまらない。と、思う」
するりと、着慣れた制服を肩から下ろすかのように、実に滑らかに私の口はそう言う。
彼らは、サーカスによく似ていると思った。
世界を面白くする方法を私は知らない。少し前までなら、突然現れたサーカス団になんて見向きもしなかったと思う。彼らは一瞬で私の世界を変えることができると言ったけど、私を受け入れてくれたわけじゃない。
煌びやかな極彩色の世界に惹きつけられている私は確かにいる。でも、そこに踏み込んでしまうことが物凄く怖くて、何に対してそんなに怯えているのか自分でもよく分からない。二律背反、そこには何かあるんだろうか。
「ん、帆乃夏、俺らが遊んでやらあ」
いつの間に頼んだのか、丸井くんがパフェを食べながらそう言った。私のそんな論述を遮断するように、あまりにも簡単に口にしたそれは、私の背反論の一方を後押しするものだった。
「え、でも」
「つーか、幸村君がああまで言った時点で、お前や俺らに拒否権なんてねえだろい」
「ふふ、丸井はよく分かってるね」
幸村と丸井くんは、そう言って笑うものの、私にはまだ分からない。私はどうしたいのだろう。丸井くんや幸村に素直に甘えてしまうのは怖いけど、同時にその言葉は嬉しかったから、益々混乱してしまう。