彼と自分は友達以上の恋仲であることは知っていた。それでも可愛いものは可愛いから、ついつい、彼も健全な優良男児なのだと忘れそうになる。否、忘れていたのだが。私より一つ年下である彼は思春期真っ只中な多感なお年頃である。そうでなくとも、彼は男の子なんだからあまり可愛い可愛いと誉めそやすのは嬉しくなかったらしい。だとしても、可愛すぎる彼のせいで私はそう言ってしまうのだから、彼の方にも問題はあると思っているのは私だけだろうか。

というか、今はそんなことどうでもいい。確かに先程から私の話に出ずっぱりの切原赤也くんはすっごく可愛いと思う。人によっては赤也くんが苦手だと映る人もいるらしいが、私にとってはすごくすごく可愛い、大切な人なのだ。

「先輩」

「は、はいいっ!」

可愛いから、だから、許してしまいそうになる。

つい30秒程前、懲りない私はいつものように可愛いを連呼して赤也くんの頬を膨らませてしまった。そこまではいつも体験していることなんだけど、今日はここからが違った。すっかり臍を曲げてしまった赤也くんは突然、私の腹部にタックルしてきたのだった。それがまた結構勢いがあって、体勢を崩してしまった私はそのまま廊下の床に着地してしまい、腰元には赤也くんがくっついたまま、そこから動けずにいる。赤也くんはぎゅっと私を抱きしめていて、何も言わない。上からしか赤也くんの表情を知ることができない私は、カーディガンに顔を埋めている彼が今どんな顔をしているのか分からない。でも、怒らせちゃったっていうのはさすがに分かっている。だから過剰反応は仕方ない、私は、怒った赤也くんを知っているから。


「……ゔー、」

「あ、赤也くん?!」

意外や意外、怒っているというか、何故か赤也くんは泣いていた。理由が分からなくて訳が分からないしびっくりしたし心配するし、彼の泣き顔なんて初めて見たから、私は勢いよく起き上がって体勢を戻して赤也くんの顔を見ようとする。とりあえず私の腰に回された手を解こうとするけど、赤也くんは、私から離れようとはしなかった。こんな時に自分でもどうかと思うけど、うー、と唸りながら嗚咽するその姿はすごく可愛いくて、胸がきゅんってなった。

「赤也くん、顔上げて?」

「い、嫌、だ」

「お願い」

そう言うと、赤也くんは顔を上げて私を見てくれた。袖で涙を拭こうとするのを止めて、ハンカチを取り出すとふにゃりと笑ってくれた。ああ、やっぱり可愛いな。

「ごめんね」

ぐしぐしとハンカチで、赤也くんの目元を擦りながら謝る。赤也くんはこくりと頷いて、せっかく拭いたのにまた涙を流した。

「大丈夫、私いっつも赤也くんのこと可愛いって言っちゃうけど、ちゃんとかっこいいって思ってるよ?」

「…………うん」

「でも、やっぱり可愛いね」

「う、ゔー」

「泣かないのー」

こんな無防備に泣き顔を晒してくれて、私は特別なんだって思うとまた胸がしめつけられる。赤也くんのせいで、早くも母性が目覚めてしまいそうだ。止まらない涙を見てそれを拭き続けながらも、そんなにショックを受けていたのかと思うと少し心が痛む。

「おいで赤也くん」

「嫌っす」

「あ、可愛いくない」

涙を拭き終えて、手を広げたら赤也くんが飛び込んでくるかと思って待ってみたけど、嫌だったらしい。

「別に可愛くなくたっていいっす。先輩、そーやってすぐ俺の事子供みたいに扱う」

どうやら、ずっとそれが不満だったようだ。ぷいっと私から顔を背けてしまうそんな姿もやっぱり可愛いとしか形容の仕様がない。言ったらまた怒るだろうから言わないけど。

「赤也くんこっち向いて」

ぶすっとした顔だけど素直に私の方を向いてくれる。それがまた可愛くて、仕方なくて、堪らなくなって、私は赤也くんにキスをする。唇に、触れるだけのキスを施した唇は、軽快な音をたててすぐに離れた。赤也くんは自分の身に何が起こったのかよく理解できていないのか、空を見つめたまま動かなくなってしまった。

「子供だと思ってる人には、私、こんな事しないよ?」

「じゃあ、先輩、俺の事、ちゃんと恋愛対象?」

たどたどしく言葉を紡ぐその様は、やはり可愛い。

「うん、大好きだよ」



(可愛い子ほど、虐めたくなる)






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