其れは素肌に張り付くような太陽光が眩しい、最後の夏の事でした。



蝉時雨の中、聞き慣れたボールの跳ねる音が、今日はやけに切なく聞こえた。コート上を飛びかう声もいつもより少なくて、覇気がないように思える。そんな中、切原くんの明るい声だけはよく聞こえてきた。空元気な声はめずらしく、彼なりに周りに気を使ってのものなのだろうか。爛々と太陽が輝く8月の下旬、私たちは、最後の部活に勤しんでいた。


コート内のベンチにて、空に巣食う太陽に遠慮のなしに素足を晒しながらスコアをつける。靴を履くのは暑かったし私なりに太陽に対抗しているつもりだった。今では夏の日の練習の風物詩とも言えるこれを、始めた頃は真田くんが真っ赤になりながら私に抗議をしていたなと思い出して、それも今は懐かしき事になってしまい、慣れとは恐ろしく、彼はそのうち何も言わなくなった。

ふと、頭上を見上げて、由々しい程に綺麗で青い空を見た。雲なんて一つもない素晴らしい今日の夏空は、三年引退という有終の美を飾るのにはこれ以上ない程適していた。午後に差し掛かり、太陽が南中へ達したということは、もうじき練習が終わってしまう。それをここにいる誰もがそれを惜しむことだろう。


「ゲームセット!ウォンバイ幸村、6-0」

最後まで容赦のない部長、幸村の圧倒的勝利を告げる声が高々とこだまする。幸村の試合は、終わってしまったんだ。相手の二年生と握手をする幸村を見た。幸村の勝利なんて見慣れているのに、それがすごく新鮮なものに思えたのは、さしずめ私が初めて置かれた状況の中での勝利だからだろう。蝉が私の心境なんて構わずに煩く喚いているから、そればかりが耳に届いてきて泣きそうだった。


「マネージャーさん」

不意に差す影に気後れしてしまい、顔をあげるのが遅くなって幸村にそう言われた。凛とした涼しい声は、私の熱を剥がしてくれる。

「……お疲れさま」

それだけ言って、タオルとドリンクを手渡す。何を言おうかたくさん考えてみたけれど何だか思いつかなかくて、これしか言えなかった。言わなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに、思いばかりが先行して言葉にならない。

「あれ、おめでとうって言ってくれないんだ」

私の隣に座った幸村は拗ねたようにそう言うけど、悪戯に笑っていた。その様があまりにもいつも通りで、何だか気が抜けてしまった私は少しだけ笑う。


「終わったね」

無人になったテニスコート上を見つめていた幸村にそう呟く。その言葉を幸村がどう受け取ったのかは分からない。でも私には、幸村は肩の荷が降りたように小さく安堵の笑みを作ったように見えた。

「テニスは終わってないよ。高校に行ってからも、これからもずっと、続けて行く。けど、この仲間でできるのは最後かもしれないね」

幸村でも、やっぱり寂しいと思ったりするのだろうか。その横顔は寂しく笑い、何かを見つめている。きっと私なんかの考えが及ばないくらいの思いがこの人の中にはある。三年も一緒にいて、彼の事をそれくらいしか分らないのは辛いけど、それで充分だと思う。王者立海の部長として、幸村は色んな物を背負ってきた。私は黙ってそれを見てきて、マネージャーとして幸村を支えられたかは分からないけど、少しでも楽にすることができたらよかったと思う。彼の荷は重すぎたんだ。幸村は優しい人だから、皆の事を人一倍考えていて、テニスの技量も相まって部長になったんだと思う。そんな幸村は最早私とは格が違う人だと自覚している。だから、私が今何か言ったとしても彼にとっては取るに足らない事だろうという事も分かっている。それでも、このまま何も言わないでいるのは駄目だと思った。


「蛍みたいだね」

「え?」

「幸村たちが月の光だとすると、切原くんたちは、蛍みたい」

月光がなくても自分で光る事ができる。多少は儚くとも、ちゃんと綺麗で明るい光がある。

「だから、大丈夫」


途中つっかえながらも私はそう言うと、幸村は驚いた顔をしていた。語彙が豊富ではない私の言葉で伝わっていればいいけど、急に自信がなくなってきて顔を伏せた。私の思っていることは、ちゃんと伝わっただろうか。

「……ねえ、蛍見に行こう」

呟いた幸村の言葉が意外なもので、思わず顔を上げると幸村の笑顔が見えた。

「見たことないんだ、蛍。一回くらい見に行ったって損はないだろう?」

「……行く」


夏は終わる。晩夏への足取りを早める空の中、消えてしまわないうちに蛍火を見に行くことにした。月の光に負けじと輝く、小さな蛍たちを大切に見守ろうと思う。








09/1213





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