「何?着替えを覗かれた?」

「いや、かもしれないっていう話なんだけど」

部活帰りの軽い補食中、我らが立海テニス部マネージャー姓名が相談があると言ってきた。俺個人として、名と二人きりの帰りはこの上なく嬉しいのだが、どうやら穏やかな放課後デートにはならないらしい。主に俺が。


名からの相談というのは、本日の部活終了時に着替えをしていたところ、妙な物音が聞こえ、怪しんだ名は外に出て、その時走り去っていく人の姿を目撃した。との事。

「ふむ、事情は分かった。ではその男を捕まえて血祭りに上げればいいのだな?」

「いや違う!それ覗きより重大な事件になるから!」

「俺としては血祭りに上げるだけで済ます気は更々ないのだが……」

「それ以上に何をする気だよあんた」

大体、私の着替えなんて見て何が面白いんだろう。とぼやく名を見て、俺は思わず反論せざるを得なかった。

「それは違う、お前は誤解をしている。お前は、自分の色香がどれだけの男を狂わせているかまるで分かっていない。立っているだけでもお前は素晴らしい、素晴らしすぎるんだ。そのお前が覗きに遭うというのは、不謹慎だがそれは何らおかしい事ではないと思う。かつて多くの人々が夢に見たという女神は、お前のような者ではないかと俺は半ば本気で思っ……」

パアンッ、と、乾いた音と鋭い痛みが、同時に俺の感覚神経を刺激する。それはそれは綺麗に、名の平手打ちは決まった。

「……逞しくなったな。ますます美しい」

「ごめん柳。現段階であんたが一番怪しいんだけど」

「ち、違う!断じて俺ではない!あ、今のはお前の着替えなど興味がないとかそういう事ではなくて、むしろ興味は物凄くあっ……」

パアンッ、と、再度平手打ちは決まる。その綺麗すぎるフォームに思わず見惚れてしまった。


こうして俺、柳蓮二は名の貞操と、俺の名からの信頼を守るため犯人探しを引き受けた。




「とりあえず、粗方犯人は絞れるだろう」

俺がコーヒー片手に、向かいの席に座っている名にそう告げると、シェークを吸っていた名は目を丸くした。今だけストローになりたい。

「え、何で?もう分かってるの?」

「簡単な事だ。お前はまず練習が終わる15分前、俺達より先に着替えを済ませる。それと場所を知っているのは、誰だ?」

「……あんたら」

「そう、テニス部員達。練習中、俺達は一人一人が自分の事で手一杯だから少しの間くらい抜け出すのは容易な事だ」

ただしこれには例外があるんだ。お前に思いを寄せる輩やストーカーなどの線も今の所濃厚だ。そう告げると、名は目をぱちくりとさせ、俺をじっと見つめる。

「柳って、すごい奴だったんだね」

「ふっ、今頃俺の魅力に気付いたか?だとしても問題はない。ポスト柳の嫁の席は一生お前のものだ」

「ああそうか。頭いいけど病気だもんね、あんた」

「さしずめ、恋の病というやつか」

「妄想性の間違いだろ」

「……話を戻すぞ」

咳払いを一つしてそう言うと、名はおとなしく引き下がる。

「身近な奴から考えていこうか。テニス部レギュラーだが、正直あいつらが一番怪しい……」

「あんたもその中の一人なんだけど」

俺は断じて違う。正直そいつの事は死ぬほど羨ましいがそれとこれとは違う。

「まず、ブン太に仁王、赤也は違うと考えて問題ない。あいつらは、あれでも筋は通す奴らだしな。それに、あいつらにはそんな度胸はないだろう」

「……それもそうだね」

納得したのか、名は深々と頷いてみせる。残念ながらあいつらに勝機はない。

「弦一郎、はないだろう」

「私もそう思うよ」

「となると後は、柳生か精市か」

「……どっちもあり得そうで嫌だ」

似非紳士柳生か、変態魔王幸村か。どちらにせよ怪しい事この上ない。名の言う通りどっちもあり得そうで困る。俺としてもこの二人が犯人だった場合物凄く困るのだが。どうやって詰め寄ればいい、どうやって自白させればいい。

「聞き込みは明日からだ。お前は一人で行動するなよ、俺が柳生と精市にあたっている時もお前には傍にいてくれ」

「え、柳の隣に?」

「それはさすがにオープンすぎる。少し離れた所で隠れていてほしい。俺達の会話が聞こえる程度の距離にな」

まだ残っていたコーヒーを全て飲み干して、一息つくと沈黙が流れた。明日から忙しくなりそうだ……。








「珍しいですね、あなたが私を呼び出すなんて」

「すまない、柳生。お前にどうしても確認したいことがあるんだ」

次の日、俺と名は宣言通り調査を開始した。とりあえずは柳生から調査しようと満場一致の意見の元、人の見えない教室に呼び出してみた。ここで二人きり、いや、三人だけで話を聞こうという事だ。柳生からにしたのは、いきなりに精市というのは心神状態的にさすがにちょっと、という躊躇いも含んでの上だ。ちなみにこれも満場一致の意見である。昨日考えた通り、名を俺達の会話が聞こえる程度の距離である教室の外に忍ばせておく事も忘れないで、いよいよ聞き込みは始まろうとしていた。

「突然だが、お前は名の事をどう思う?」

この時、柳生の眉が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。これがどのような意味を示しているのか明らかにするために、もう少し揺さぶりをかけてみる。

「そうだな、マネージャーとしての名ではなく、一人の女としてどう思う?」

「勿論、素敵な方だと思いますよ。我々には勿体ないくらいによくしてくれます」

この似非紳士が、と言いたくなるような程、清々しい笑顔でそう言い放った。いつまでもこの調子なら、このままでは柳生といたちごっこを延々と繰り広げる事になる。似非紳士柳生は、猫を被っているのかそうでないのか、確証を得るために俺は、早々に最終手段としてとっておいた現在の被害状況を打ち明けてみるという方法を実行に移す事にした。

「実は昨日、部活終了時に名が着替えを覗かれたかもしれないと俺に泣き付いてきてな。こうして犯人探しをしている」


俺に、という所を強調してみたら廊下から殺気が伝わってきた。多少の脚色は付き物なのだから、落ち着いてほしい。一方柳生はぐ、と固唾を呑んで、溢れんばかりの殺気を押さえきれていないのか、若干震えている声でこう切り出した。

「分かりました。つまりはその輩を捕まえて太平洋に沈めればいいのですね」

今にも怒りで崩壊しそうな笑顔で柳生はそう言った。この男、顔に青筋が浮かび上がっている。言っている事は物騒極まりないが、笑顔を保っている辺り、柳生は似非でも紳士だった。廊下からは何故か悲愴感が漂ってきていたがこの際気にしない事にしよう。
「いや、お前のその気持ちはありがたいのだが、デリケートな問題な故、事をあまり広めたくはない。だからこうして俺一人で調査をしている」

「そうですか。まあ名さんの心情を思うと仕方ないですね。ただ、野郎を見つけたら太平洋に行く前に私に一言言ってください。お供します」

笑顔でそれだけ言い残して柳生は教室を出て行った。それと入れ替わりに今度は、名が教室に入ってくる。

「柳……」

「……とりあえず柳生は白のようだな」

善きか悪きか、柳生が白となれば、残るは魔王、幸村精市となる。最悪の事態になってきてしまった。








「柳、どうかしたのかい?」


「精市」


先程と同じく、今度は精市を呼び出した。だが、先程とは明らかに違う、固すぎる緊張感がその場を支配していた。これが魔王幸村精市……。


「用件を率直に言おう。昨日、姓名が覗きの被害にあった。何か、心当たりはないか?」



その瞬間、一瞬にして空気は凍り付いた。


「ふーん、そう、分かった。ちょっと待ってて、スコップ借りてくる」


「待っ、精市!早まるな!」


さすが腐っても部長なだけあって足が速い。もう少し引き止めるのが遅かったら精市は教室から飛び出してしまうところだった。間一髪でそれを阻止し、再び教室で精市と対峙するが、早くも魔王を召喚してしまったようで引き止めなければよかったと思った。黒いものが見える。





「でさあ、何で柳がそれを知ってんの?」


何故か怒りの矛先は俺に向けられた。


「いや、俺は昨日名から相談を受け「へー、あ、そう。気に入らないな」

「ちょ、ま、精市まさかその反応「あっれー?箒ないのかなあこの教室は」


最早笑顔は消え去って戦闘モードに入ってしまった。こちらとしては無益な戦いは避けて通りたいのだがそうはいかないらしい。廊下にいるはずの名は完全に気配を消して事が運ぶのを待っていた。今の精市は相当虫の居所が悪いらしく、逃がしてくれそうにない。


「あれ、柳、何で逃げるの?」


何故このタイミングで笑顔が復活するのだろう。決して逃げようとかそういうつもりではなかったのに、脳は本能で危険を察知したらしい。振り返ってみれば、精市が箒を持って迫ってきていた。それで何をするつもりかは言わずもがな。













後日、俺はちょっと登校拒否になりかけた。







09/1203

結局犯人は誰なのか迷宮入りなんですな。
本当はもう疲れたので切りますごめんなさい土下座☆
元ネタは緋色です^ρ^





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