「あら、おはよーさん。どしたーんえらい珍しな、朝の当番に顔出すやなんて」

「え、ええやろ別に」

「なんや裏ありそうやな……ん、分かった、今日朝練やー思て来てみたら実はオフで、することもないんやろ」

「やかましい!ほんで何で当てんねん!」

「別にええで、ここおっても。てか、自分ほんまは今日当番やねんからおらなやろ」



校舎の構造上、放送室には風が通りづらい。普段ならば冷房機器の効いたこの部屋は、まだ朝早いためか、今現在稼動している様子はない。飾り物のような窓が辛うじて一つと、彼女が持参したのであろう、うちわが一つ。それだけ揃っている六畳あるかないかのこの部屋は、非常に暑かった。


窓の外で蝉が鳴いている。午前八時をまわってすらいないのに、太陽は早々に顔を見せては人々を悩ませる。何をしないでも汗ばむような季節、この熱気は耐え難いものである。 ましてや風の通らない、冷房機器もない密室。早くもここに来てしまったことを後悔した。

何も望めない窓辺で、ゆっくりうちわを傾けながら彼女はそこに佇んでいた。余程青い空に御執心なのか、自分が部屋に入ってきてから一度もこちらを見ることなく、言葉を交わしていた。
気だるそうに窓枠に肘を着き、足を組んでいるためか、いつもは見れない太股がスカートから少しだけ覗いている。綺麗にまとめられた髪は白く汗ばむ首筋を、意図しているのかしていないのか、効果的に見せていることは確かだった。


「何見とん。ずっとそんなとこ突っ立とらんで座りいや」


姓は初めてこちらを見て、ただそれだけを自分に告げた。
見ていた、と指摘された途端に言いようのない羞恥を覚えて顔が紅潮した。姓が言うように、やっと入り口の傍から離れ、窓辺と姓から少し離れたところに腰を下ろす。部活用の鞄からタオルを取り出して、汗を拭うと少し風を感じた。それにしても、暑い。
くすりと笑った姓が見えた。うちわで口元を隠すその仕草が、気だるげに挑発するかのような黒い目が、何だか自分を狂わせる。
下から見上げる形になる姓は、今さらだがとても絵になる。
切り取った芸術作品のようだった。そこに自分がいることが、場違いだと素直に思える程に。


足を組みかえようとした姓は、何を思ったかそのまま立ち上がり、自分の目の前に座る。手に持つうちわでゆらゆらと自分を扇ぎながら、こちらをじっと見つめている。

遠くで蝉が鳴いている。
目の前にいる彼女の背後に、真っ青な空が見えた。





「忍足くんは、」

まっかなくちびるが、自分の名前を紡ぐ。


「ようあたしのこと見とる」

まっくろなめが、こちらを見やる。


「今もずっと見よった」

まっしろなてが、目の前に伸びてくる。


「あたしも見よるんやで」

まっくろなかみが、風で揺蕩う。


「気づかへんかったやろ」

まっしろなくびに、汗が伝う。


「知っとったで」

目を閉じると、真っ青な空が思い出された。







10/0728


夏ってほんと頭おかしくなりますよね。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -