バスにロマンなんてあると思うな | ナノ
久し振りに会った幼なじみは、見違えるほど変貌を遂げていた。
「風呂が壊れた?」
母さんからそんなことを電話で聞かされたのはまさに晩飯を作っている最中で、携帯を肩と耳に挟みながらあーだとかうーだとか曖昧に返事を返す。ちゃんと聞いてるの? と言われて、はいはい聞いてますよーどうせだから泊まってけってことでしょー、と冷蔵庫の食材に手を伸ばし材料を増やす。
『元親くん、かっこよくなってるらしいわよ』
先程の電話での母親の言葉を思い出して、あの元親がねえ、と俺が引っ越す時にわんわん泣いていた小さい頃の元親に想いを馳せる。泣き虫は治ったのだろうか。
小さい頃に別れたから連絡なんて勿論取り合っていないし、今は俺と同じく一人暮らしをしているらしいけど久し振りすぎて実感がわかない。俺の家の場所は教えているらしいので、あとは待つだけだ。二人分に増えた飯の準備を終えて、インターホンが鳴り俺は玄関先に向かったの、だが。
「よう、久し振りだな!」
「…どちら様ですか」
「っはは! んな酷いこと言うなよ! ほら、魚買ってきたからよ」
「あ…うん…」
目の前に立っていたのはヤンキーか、と疑うほどのがっしりとした体格の男性だった。いや、確かに銀髪で眼帯してるところは変わってないんだけども。
ずかずかと俺の家に上がるその男は、もう料理作ってたのか、まあ刺身ぐらいなら大丈夫だろ! とサクサク準備を始める。
「ほら、早く食おうぜ。悪くなっちまう」
「あ、いただきます」
「おう、食え食え」
すっかり変わってしまった風貌と口調に混乱しながらも、元親が買ってきてくれた刺身に手を伸ばす。うん、うまい。
これもうめえな! と笑顔で俺の作った料理を頬張る元親に悪い気はしないのだけれど。
「元親、おまえ…変わったな」
「あー…まあ、こんだけ経ちゃあな。お前は変わんねえな」
「そうか?」
「おう、すぐわかったぜ!」
そりゃお前は俺の家聞いてたからだろ、と心の中で突っ込んで曖昧に返事を返す。
いやあ風呂が壊れちまってよー、まいったまいった! と大きな声で笑う元親に本来の目的を思い出し、準備をしてなかったことを思い出し立ち上がった。風呂掃除してくるから適当に座ってて、と言ってその場を立ち去る。
「今お湯溜めてるからもうちょい待っ…」
「おう、サンキュー」
「んなことしなくてもいいのに」
「これぐらいやらせろって。世話になるんだしな」
「風呂ぐらいで何言ってんの。ついでに泊まってけよ」
「おうよ。そのつもりで用意してきた」
俺が風呂掃除を済ませて風呂場から帰った俺を待っていたのは、皿を洗っていた元親だった。…イケメンがキッチンに立つだけで絵になるよな。
「あ、もうすぐお湯溜まるけど。お先にどうぞ」
「どうせなら一緒に入りゃいいじゃねえか」
「や、普通に考えて狭いだろ」
一応トイレとは別だが、それでも一人暮らしの風呂場なんてたかが知れてるもの。いいから先入ってこいって、と言うと、じゃあ髪洗ってくれよ、待ってるからな! と言うと準備をして元親はすたこらと行ってしまった。小さい頃とは変わってもその無邪気な性格は健在で、俺は微笑みながら風呂場へと向かった。
「おう、どうした?」
「…いや、お湯加減はどうかと」
「ちょうどいいぜ!」
風呂場で俺を待っていたのは、浴槽に張られたお湯に浸かる元親だった。…のはいいんだけど、おま、筋肉ムキムキだな! え、何、どうしたらそうなんの!? 自分の貧相な身体が惨めになったけど、俺はあくまで普通だ。うん、…ちょっと細いだけで。
お前も入れよ、と元親に促されて、やっぱり風呂は別々に入るべきだったと後悔した。一人暮らし用の浴槽に大の男2人が入るのとか無理な話でな…!
「で、頭するんだろ? 俺のシャンプーでいいのか」
「おう、頼んだ!」
「ん、お湯かけるぞー」
「ん」
「うわあ…」
「なんだよ」
「いや、ただの独り言だ。気にすんな」
変な奴、と笑った元親を見てイケメンは何やってもイケメンなんだと思い知らされた。いや、頭を洗うためにお湯かけてオールバックにするじゃない。オールバックでもイケメンってどういうこと…。
俺だったら絶対似合わないし。せいぜい前髪ピンで上げるぐらいだよ。
「なーんか懐かしいよなあ」
「あ?」
「小さい頃、洗いっこしてたじゃん」
「ああ…」
「ま、お前はすっかり成長して変わっちまったけど」
なんかちょっと寂しいような気もするけど、成長したのは俺もだし。…と思いたい。
泡だらけの元親の髪をそろそろお湯で流すか、とシャワーに手をかけたのだけど、急に振り返って元親に腕を掴まれ、俺は変な声を出して転んだ。
「おっま、なにす…うわっ!」
「あーあ、濡れちまったな」
「おまっ、俺まだ服着てんだぞ! 寒いわ!」
「そりゃあ大変だな。脱いで風呂入れよ」
「てめえ…」
ニヤニヤと泡だらけの頭で笑う元親はなかなかシュールなのだが、服を着たままの俺にかけられたお湯なんかとっくに冷めて、しかも貼り付くもんだから寒い。こうなってしまっては元親の言う通りにするしかない。自分で泡を洗い流す元親を恨めしそうに見ていると、流し終わった元親が振り返って俺を見る。
「あったまったら俺も洗ってやっからよ!」
「…じゃあ、よろしく頼むわ」
昔と変わらないその笑顔に、俺も服を脱ぎながら笑った。
fin.