universal gravitation | ナノ

「ああ、慶次を知らないか」
「なあ、慶次知らねえ?」
「おい、前田はどこだ」
「……俺が知るかーっ!」



 俺が教室に入ってくるやいなや間髪入れず掛けられた台詞は、これが初めてではない。初めてでは、ないのだ。
 でも、俺に何の関係もない慶次の居場所を訪ねてくる頻度にうんざりする気持ちもわかって欲しい。俺は慶次の保護者じゃねーんだぞ!

「何の関係もないってのはあんまりだろ」
「うるせえよ。大体元親のほうが慶次と仲良いだろうが」
「いーや、お前らには負けるわ」
「お前らのほうが長いだろうが」
「長さで決まるもんじゃねえだろ」


 それに慶次はお前のこと大好きだしな、と笑う元親にやめろ気色悪いとだけ言ってのける。
 発端は確か、よくいなくなる慶次を探してくれと頼まれたことだったと思う。その時は慶次とも大して仲が良くないどころか碌に会話を交わしたことさえなかった。困っているようだったので、手伝ったら意外にもあっさりと俺が見つけてしまって、そこからだ。俺のいるところに慶次あり、なんて変な噂が流れたのは。



「とりあえずいつものアレやってみろよ」
「なんで俺にやらせるんだよ。別に俺じゃなくてもいいだろ」
「そのほうが慶次も喜ぶだろ」


 ニヤニヤと笑っている元親は後で殴ると決めて、携帯を取り出してダメ元で慶次の携帯にコール。暫くして慶次の席あたりから慶次特有の着信音が聞こえてきて、俺は携帯を破壊してしまわない程度に携帯を握る手に力を込めてわなわなと震えた。
 傍らでは元親が口元を手で覆って笑いをこらえている。お前これが見たかっただけだろマジで覚えとけよ。



「おや、にぎやかですね」
「あ、けん」
「謙信さま!」

 そんな空間をぶち壊す気配もなくすっと入ってきたのは担任の謙信先生で、謙信先生を熱烈に慕うかすがに俺の声は遮られた。
 …うん、別にいいんだけどね。
 嬉しそうにするかすがを冷めた目で見つめていると、俺と目が合った謙信先生はにっこりと微笑んで手招きをする。
 …嫌な予感しかしないんだけど。


「すこしたのみがあるのですが」
「お断りします」
「おや、ないようについてはまだはなしていないはずですが?」
「こんだけ言われたら聞かなくてもわかりますって」
「それははなしがはやくてたすかりますね」


 いやまだ俺引き受けるなんて言ってなっ、と言う俺なんて気にする様子もなく謙信先生が出したのは白紙の進路調査表。まだ未提出の者が何人か居るのだろう。俺はもう出しましたよ、と言うとわかっているとばかりに縦にうなずく。



「けいじがまだなのです」

 ああ終わった、と頭を抱えたくなった。自然と溜め息をこぼした俺が謙信先生を見たのがそもそもの間違いだった。
 おねがいできませんか? と謙信先生に言われたら、俺だって従うしかないわけでね。ええ、生徒ですもの。先生に頼まれちゃ断れませんよ。




「…今度なんか奢ってくださいよ」
「ありがとうございます。おいしいものをごちそうするとやくそくしましょう」
「け、謙信さまとお食事…!」
「おや、かすがもいきたいのですか?」
「え、ええ…いえ! 謙信さまに奢っていただくなんてとんでもない!」
「もとよりおまえはつれていくつもりでしたよ。おまえにはいつもせわになっていますからね」
「謙信さま…!」


 …そうやってすぐ2人の世界に入るのやめてくれませんかね、俺疎外感感じちゃうから。まあかすがの熱烈な慕情に対してあくまで謙信先生が普通ってのがすごいところだが。
 それではたのみましたよ、と俺の頭をひと撫ですると謙信先生は颯爽と去っていった。かすがが俺の頭を悔しそうに見ていて、いやいや不可抗力だろ、と呟けば手を伸ばされたので叩かれるのかと思いきや頭を撫でられた。
 謙信さまの感触…! と嬉しそうにかすがは手を見つめているが、それでいいのか。そんな俺とかすがを見て悔しそうにする佐助が見えた。…めんどくっせえな!


「で、かすがは協力してくんないわけ?」
「謙信さまのお役に立てるなら…と言いたいところだが、私が手伝っても力にはなれないだろうからな」
「手伝わなくても謙信先生とゴハン行けるからって…」
「何とでも言え。それに、一番あいつの居場所を知っているのは他ならぬお前だろう?」

 意味ありげに微笑まれて、不本意ながらも俺は重たい腰を上げる。行ってこい、と背中を叩くかすがを振り返ることなく、いってきまーすとひらひら手を振って俺は教室をあとにして走り出した。



「お、きたきた」
「うるっ…せえ!」
「どわっ!? いってえなあ」
「毎回探すこっちの身にもなりやがれっ…はぁっ、」


 早く終わらせたい一心で走り回った結果、慶次のもとへ辿り着いた頃にはすっかり息が上がっていた。途中で他の先生に走るなと注意をくらったりもしたが、慶次探しでーす! と叫ぶと、気を付けて行けよーとすんなり言ってくるあたり慶次の失踪癖がどれぐらいの頻度で行われているのか伺える。それと同時に俺の慶次探しもっていうのが癪だが。



「体力落ちたんじゃねえのかい?」
「黙れ馬鹿、大体携帯持ってるくせに持ち歩かねぇたあどういう了見だ。携帯は携帯しなきゃ意味ねえんだよ」
「だって、そうしたらお前が俺を探しに来てくれないだろ?」


 は、と俺が固まったのも無理はない。少なからず慶次に好かれてる自覚はあった、自惚れではなく。つまりだ、こいつは俺に探して欲しいがために失踪し、そのうえ携帯を持ち歩かないと?
 馬鹿らしすぎていっそ笑いが出てきた。周りに誰か居ようものなら怪訝な目で見られそうだが、生憎ここには俺と慶次しかいない。ひとしきり笑ったあと、俺は慶次に向き直った。




「右と左どっちがいい」
「え、チンポジ? 俺は右派かなあ」
「わかった、両方とも殴ってやる。黙って頬出せ」
「なあに怒ってんのさ」
「お前そういうこと言う? この状況でそういうこと言う?」


 むしろ俺が怒らないでいることを考えた慶次は正真正銘の馬鹿ではないだろうか。頼むから一発殴らせろ、とばかりに慶次の胸倉を掴む俺に慶次はあっけらかんとこう言った。




「だって俺、お前と一緒に居てえもん!」

 …ああ、こいつマジモンの馬鹿だったわ。にっこりと笑う慶次は女子が見たらそれこそ赤面しそうな眩しい笑顔なのだけれど、そんなものを俺に向けられたところでどうしろという話で。それでも慶次を足蹴にできない俺も馬鹿同然だ。きっと俺は慶次がいなくなるたびに文句を言いながらも探し続けるんだろう。
 諦めたように笑ってぱっと慶次の胸倉から手を離し、きょとんとする慶次を鼻で笑う。



「…だったら、俺の目の届く範囲に居ろよ」
「…おうよ!」

 さっさと戻るぞ、と慶次に言って俺はこの場をあとにするはずだったのだが、後ろからの衝撃に顔をしかめた。
 慶次が抱き付いてきたのだ。痛いんだよ…!



「おま、引っ付くな! 離れろ!」
「だって傍に居ろって言ったし」
「極端なんだよお前は! 適度に離れろ、歩けねえだろうが!」
「えー」
「えーじゃねえ!」





fin.

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