ごはんでおじゃま | ナノ
「あ、ごめん幸村俺コンビニ寄る。先帰ってていいよ」
「それぐらいなら付き合うが。なんだ、お使いか?」
「いや、今日兄ちゃんいねーんだわ」
いつもの帰り道、兄ちゃんから来たメールを思い出してコンビニへと足を進る。
学校からうちはちょっと離れていて、今通っている高校に入る際に1人暮らししている兄ちゃんのアパートに居候させてもらう形となっているのだが、兄ちゃんの仕事が夜型なせいもあってか一緒に過ごすことは殆どないに等しい。たまに兄ちゃんの仕事の都合上帰ってこれない時があって、そういう時はコンビニで適当に買って済ませるようにしている。こういう時ばかりは自分の少食さに助けられるなあ、と栄養補助食品のゼリーを手に取ったところで、そういうことなら、と幸村が声をかけた。
「うちに来ればいい」
「へ? 幸村のうち?」
「もともとうちは人間が多いからな。ひとりやふたり増えたぐらいでは困らぬ」
「え、いいよ、そんな」
「俺が連れて行くと決めたのだ。文句は言わせぬぞ」
「ええぇー…」
それっぽっちのもので食事を済ませようなどと思っているのなら、佐助が黙ってはおらぬだろうな。との幸村の言葉に、うっと言葉に詰まる。それに佐助のごはんはおいしいぞ、と言われれば、じゃあ行こうかな、と言葉にするのは容易だった。
佐助先輩のごはん久し振りだなあ、あんまり入らないから満足に食べられたためしはないのだけれど。
俺の反応を見て満足そうに頷いた幸村は、佐助に電話をかけ俺がお邪魔する旨を伝えると電話を切った。手に取った栄養補助食品のゼリーはレジに進むことなく、俺たちは何も買わずにコンビニをあとにした。
「ただいま帰ったぞ!」
「お邪魔しま〜す…」
「あら旦那、おかえり。早かったね」
「あ、佐助先輩お久し振りです」
「うん、久し振り。…んー」
「…何してるんですか?」
幸村の家に着いたのも束の間、出迎えられた佐助先輩にぴったり密着するように抱き締められた。意図がわからないままされるがままになっていると、相変わらず碌なもん食べてないでしょ、と指摘されまた言葉に詰まった。今日はいっぱい食べてもらうからねー、と言われて、お手柔らかにお願いします、と呟くと佐助先輩はにこやかに笑った。
話から推測できるだろうが、俺は佐助先輩とは面識がある。幸村と何度か遊んだ時に佐助先輩と会う機会があって、初対面で細いと言われたのは今でもよく覚えている。それから何かとちゃんと食べてるかとか俺のことを色々と気にかけてくれる世話焼きな先輩である。
家事に勤しむその姿はまさにお母さんそのものなのだが、それを言うと目が笑っていない笑顔で聞き返されるので、無闇に言わないようにしている。
「部屋用意しといたから、そこに荷物置いてきなよ。服は旦那のでいいよね」
「え、いや、着替えなくても」
「どうせなら泊まっていきなよ。明日学校休みでしょ?」
言っとくけどここの人たちはなかなか離してくれないと思うよ、と言われて陽のあるうちに帰ることは不可能なのだと察した。
じゃあすいませんお世話になります、と礼を言い通された部屋で着替えを済ます。服のサイズはちょっと大きいが、気になるほどではない。制服をハンガーにかけたところで、障子の向こうから幸村に声をかけられたので返事をして開く。
「なんか和室って新鮮だな。それに広いし」
「そうか? 俺は小さい頃からこうだからわからぬ」
「へえ、うちはもともと洋室しかなかったな。今はマンションだし」
「ふろーりんぐ、とやらか?」
「そうそう、それそれ」
幸村の慣れない発音に笑っていると、畳のこの感触が好きなのだ、と幸村が腰を下ろしながら言うので俺もだよと同意して畳を触る。
ああ、やっぱり和室っていいなあ。落ち着く。これにふかふかの布団が敷かれた時のことを考えると眠りにつくなんてあっという間なんだろうなあ、なんて想いを馳せる俺は当初の目的とはまったく違うことを考えているが、こういうのは楽しんだもん勝ちだ。
幸村の部屋にも興味があったので、夕飯の時間まで幸村の部屋で過ごしながら待つことにした。
「はーい、ごはんできたよー」
部屋までわざわざ呼びに来てくれた佐助先輩にいち早く反応したのは幸村で、さっさと行ってしまった。
さすが普段から大食いなだけあるな、細そうに見えるのに。
俺も立ち上がって佐助先輩を見ると、佐助先輩はエプロンをつけたままの姿で、今何か違うこと考えてたでしょ、と言われていえいえそんなと首を横に振る。
いや、ちょっとだけ割烹着姿を期待しただなんて、そんな。
「はい、ここ座ってね」
「あ、どうも」
「ほう、今日は客人がおるのか」
「!?」
佐助先輩に促されるままに席に座り、近くから聞こえてきた声に慌てて顔を向けると、ものすごく大きくて、かなりがっしりとした体格の男性が現れた。
旦那のご友人だよー、と佐助先輩が俺のことを紹介してくれて、どうもと頭を下げる。顔を上げるとちょうどその人の手が俺に伸びてきていたところで、その人が大きいだけにすごいビビる。
いや初対面で殴られることはないと思うけど、でも!
迫ってきた手に思わず目をぎゅっと瞑ると、浮遊感が俺を襲った。
「へっ、」
「わっはっは、軽い軽い!」
目の前の男性に、抱き上げられたのだ。まるで高い高いをされる子供のように。この男性が相当大きいので、相当の高さがある。ぶっちゃけすごい高い。怖い。だけどそんなことを言えるはずもなくされるがままになっていると、すとんと床におろされた。
内心すごくほっとしている俺に、その人が大将だよー、と言われ、ああ、とやっと納得した。確か幸村がいつもお館様とか言っている人だ。
「食わぬのか」
「えっ」
「佐助の飯はうまいぞ」
「あ、いただきます」
「ん? ほら、もっと食うがよい」
「あ…はい」
目の前に並ぶ料理はそれは豪華なものなのだが、もともと少食な俺はちまちま食っていた。俺の中では普通なのだ、量も速さも。ゆえに腹がいっぱいになるのもすぐで、しかし目の前に料理を追加したその人を見ると、ただ俺のほうを見て笑っている。
これアレか! 俺の飯が食えないのか的な! もう入らない! でも怖くて逆らえない! 助けてくれ幸村…!
祈るような想いで幸村をチラ見すると、幸村は食うのに夢中でこっちに気付く気配すらない。
ああわかってたよ、お前はこういうやつだよな幸村、わかってたけど…!
こうなってしまっては絶望していても何も進まない。俺は勇気を出して発言することにした。
「あ…あの…俺はもう…」
「ん?」
「…いえ…いただきます…」
俺の勇気はあっさり打ち砕かれ、断ることもできず無理に腹に詰め込んだ俺は腹痛を起こして休日の殆どを布団の上で過ごすことになった。看病された佐助先輩に、俺が勇気を出して断ろうとしたあの台詞は小声だったためかただ単に聞こえなかっただけで、それを笑いながら聞かされたのはまた別の話。
fin.