私はただの第三者 | ナノ

 私は、彼のことが好きだった。
 私の心は荒んでいて、人間そのものという人種が嫌いだった。女は派手な化粧に耳障りな高い声で男子に擦り寄り、友達という言葉で縛った関係を偽り本人がいない間に悪口を吐き、何よりひとりで行動できないその浅ましさが。
 男だってそうだ。髪を染め、制服を着崩したみっともない格好で、先で述べたような汚い女たちと群れ合うだけの必要性の欠片も感じられないことに没頭する。
 かと言って、私も結局その下らない人種の一人なのだ。彼女たちのように派手な化粧はしないし、嘲笑ってしまいたくなるような作り上げた高い声を出すこともないけれど、平々凡々と生きている。人並みに。
 モテるというほど友達に恵まれているわけでもないけれど、苛めの対象になるほど暗く独りぼっちなわけでもない。他人のことを馬鹿にしても、結局は異人であることに怯えるのだ。
 良く言えば誰とでも仲良くなれる、悪く言えば個性がない。でも、彼は違った。



「大丈夫?」


 きっかけは、私が集めていたノートの束を落としてしまった時に彼が拾ってくれたものだったと思う。これまたベタな展開だが、優しく微笑んで手伝ってくれる彼に惚れたのだ。私もまた、単純であった。
 彼はそれだけに留まらず、ノートの実に半分以上を持って、職員室でいいんでしょ? と歩き出した。慌ててその後を追い、私がやるからいいよ、と話しかける。本気が半分、もう半分は期待。
 一人じゃ大変でしょ、と笑う彼は非のうちどころがないほど完璧であった。




「あっ、お隣さんだ!」
「…どうも、」
「短い間だろうけど、よろしくね」



 そんな折、奇跡が起きた。クラスの席替えで彼と隣の席になったのだ。席替えは定期的に行われるため、彼が言ったように長い間ではないのだが―笑顔で差し出してきた手を私は確かに握り返した。女のように柔らかい手でもなければ、男のように固くもない。すらりと長く綺麗なその手は女の私が嫉妬するほどだった。
 ここまで完璧な人間がいるものだろうか。いや、いるのだ。私の目の前に。
 彼が完璧なのは、容姿だけではなかった。勿論容姿がまったく関係していないとは言えないが、彼は誰にでも好かれている存在であった。女子は勿論、男子にも好かれていて、普通人気者というのはひとりやふたり嫌われているものだが、彼を嫌う人はただの一人としていなかった。彼の笑顔は、それほどに魅力的だったのだろう。


「慶次がさあ、」

 彼と隣の席になって、よく話すようになった。親しくなってわかったことは、彼の口から出る“慶次”は彼のお気に入りだということ。まあそれは前田くんのことなのだが、彼もまた所謂人気者だった。前田くんのことを話す彼は楽しそうで、本当に前田くんのことを好いているのが伝わってきた。他意はなく。もし彼が本気だったとしても、不思議に思うことすらない。
 彼はやっぱり人気者で、慕われることも少なくなかった。男女問わず。後輩の男の子に呼び出されて告白されているのは何度か見かけたことがあったし、断る時でも彼は決して嫌いにさせないのだ。
 忘れられないように、優しく言葉を刻む。ある意味残酷な彼の思想は、それでも私の好く彼であった。



「だから、違うんだって! 別にあの子はっ、」
「何だよ…なに必死になってんの? 俺は別にお前が誰と仲良くしようと―」
「…平気だって言うのか?」


 そんなある日、忘れ物をしてしまった私は友達に先に帰っててと言うと、教室に戻ってきた。別に急ぎでいるものではなかったのだが、学校を出る前に思い出したので取りに来てみたら―青春よろしく喧嘩の真っ最中だったらしい。
 しかもよく聞くと張本人たちは彼と前田くんではないか。何てこった。こういうベタな展開にはアホみたいにそのまま突っ立って後でバレるというのがつきもので、それを聞くたびにさっさと立ち去ればいいのに―とも思っていたのだが、自分がいざこの状況に立ってみて初めてわかった。
 立ち去れない雰囲気が、漂っているのだ。魔力のような。



「俺はあんたが好きなんだよ!」


 次に聞こえたのは衝撃的な言葉だった。予想の範囲内とは言っても、実際に聞くと私は動けないまま固まってしまった。叫んだのは前田くんだ。
 キスのひとつでもしたのだろうかとも思ったが、前田くんは叫ぶなり私の姿を確認しないまま急ぎ足で行ってしまったので、そんな余裕もなかっただろう。
 次に扉が開かれる音で顔を見上げたら、びっくりしたような表情の彼と目が合った。



「…送るよ」

 ああ、こんな時でも、彼は優しいのだ。


「俺さあ、わかんなくなっちゃった」
「…さっきの?」
「…嫌いじゃ、ないんだよ。俺だって好きなんだ」
「…うん、」
「でも、友達なんだ。友達なのに」




 慶次は俺のことをそういう風に好きで、じゃあ俺は? この好きは、慶次の望むものなのか、言っていいのか、わからないんだ。わからないんだよ。俺は、どうしたらいいんだろう。
 淡々と喋る彼に、私は少なからず驚いていた。私に対しての彼のイメージは、憎めない鈍感で思わせぶりな態度なのかと思っていたからだ。しかし実際は違う。
 今みたいに好きの在り方で悩んで、きっと告白を断る時も真剣に悩んで相手を傷つけない方法をと思い遣っていたのだろう、彼なりに。
 同時に私は、彼の新しい一面が知れたことに喜びを感じていた。彼の気持ちが私から遠ざかるどころか、気持ちすらないというのに。



「それで、いいんじゃない?」
「え?」
「好きの種類なんて、関係ないよ」
「あ…」
「前田くんを好きなら、それを言ってあげればいいんじゃないかな」

 まあ、あくまで私個人の意見だけどね。
 そう言ってみると、彼は黙ってしまった。余計なおせっかいだっただろうか。
 少し不安になったけど、結局私の家まで送ってくれた彼が、また明日、と笑ってくれたのでそれだけで私はほっとした。惚れた弱みというやつだ。
 でもきっと、それも明日には終わるはず。


「おはよ」
「…おはよう。顔色いいね」
「おかげさまで?」

 翌日、教室に入った私に一番に挨拶をしてくれたのは彼だった。疑問形で返してきた彼に笑って、あ、と思い出したように呟くと、ん? と首を傾げて顔を近付けてくる。昨日悩んだ痕跡すら見当たらないその様子にまた笑ってしまいそうになるのを堪えて、息を吸う。


「おめでとう」



 きょとんとした彼は少し驚いた顔をして、しかしその後綺麗にありがとうと笑った。最後に私の名前を呼んで。好きな人に名前を呼ばれた、それだけで私の恋は充分だったのだ。
 少し遠くで前田くんが彼を呼ぶ声がして、はーい! と元気よく返事をしたのは彼であった。ごめんね、と申し訳なさそうに謝る彼に、気にしないで、と笑ってひらひらと手を振れば、また後で! と笑って彼は前田くんのいるほうへと駆けて行った。
 さようなら、私の好きな人。





fin.

mutti
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