sexual:01 | ナノ

 俺には、秘密にしていることがある。



「そうそう、それでさー、っと」
「…っ、」
「あ、悪いねあんた! 怪我とか、うおっ」
「…気安く触らないでくれる?」


 ぶつかってきた顔には見覚えがあった。いつも笑っていて誰とでも分け隔てなく話す、所謂ムードメーカー。前田、とか言ったと思う。下の名前で呼ばれていることが多いようだし、彼とはまったく正反対で愛想がなく冷たいと言われる、何の接点もない俺が彼の名を呼ぶことはない。
 そんな彼にぶつかられ身体が跳ねるも、心配して触れてきたであろう手を払う。冷たい言葉を投げかけその場を立ち去るために立ち上がると、後ろから俺に対する言葉が聞こえた。




「あそこまで言うか? 普通」
「いやいや、いいって! ぶつかったの俺なんだしさ」
「慶次は優しいよなあ。それに引き換えアイツときたら」
「アイツの目、見たかよ? 絶対見下してるんだぜ、あれ」
「はーいはい、そこまで! これ以上言うなら俺が怒るよ!」




 彼らが俺に対して言っていたのはちょうど俺が彼らの目の前から姿を消してからだったが、会話はしっかり聞こえていた。声大きいし。
 去り際に誰かが俺を見ていたような気がするけど、そんなもの俺に気にする必要などない。否、余裕がなかったのだ。なるべく平静を装ってトイレに向かうと、個室に入って鍵をかけた。



「俺はどうしていっつもこうなんだ…!」

 壁に肘をつき、そのまま頭を抱える。前田くんが俺に優しくしてくれたことは純粋に嬉しかった。それなのに酷い扱いをしてしまった。止めはそんな俺に対して擁護してくれたことである。
 何だよ前田くんってすごくいい人じゃないか、いや知ってたけど! もうオーラから滲み出てたけど! ああ嫌われちゃったかなあ…謝らなきゃだよな…
 落ち込む俺の姿を見て誰が信じるだろうか。そう、もともとこっちが本当の俺なのだ。



「こんな身体じゃなければ…!」

 俺にはある秘密があった。その秘密というのが、一言で言えば敏感なのだ。もっとわかりやすく言うと、感じやすい。小さな頃からこうだったかはわからないが、物心ついた時には既にこうだった。
 さっき前田くんに触られたのも、声が出そうになって正直やばかった。初対面でそういう声を出すぐらいなら、嫌われたほうがまだマシだ。…まあ、そのせいで良く思われてはいないのだが。痴態を晒すよりは全然いい。



「はぁ…」

 溜め息を吐いたところで、扉のノックで顔を上げる。短く返事をしたところで、しょうがないと鍵を開ける。こんなところでうだうだしてたってしょうがない。
 扉を開いて外に出ると、俺と同じようなタイプの男子が立っていた。確か、前田くんと連んでたような記憶はある。
 うわあ、なんか言われそうだな。
 顔には出さないようにして彼を見上げたのだけれど、彼は何を言うわけでもなく、ただ俺をじっと見ている。どく気配すらないのだ。


「…出られないんだけど」
「ふーん?」
「…あの、」
「ちょっと邪魔するぜ」
「はっ!?」

 そのまま彼が迫ってきて、トイレの中に押し戻される。その際に彼の指が俺の身体に触れ、つい声が上擦って慌てて口を抑える。目の前の彼が後ろ手で鍵をかけたらしく、鍵の締まる音がやけに響いた。
 意味がわからない。どうして俺は、狭いトイレ内に知り合いでもない男子と2人っきりで入っているんだ。
 こんな狭い場所じゃ逃げ場もなくて、壁に背が軽くぶつかる。目の前の彼は笑って俺の顔の横に手をついた。



「な、」
「へェ、そんな顔もできんだな」
「…何、なんだよ」
「ああ、自己紹介がまだだったな。長曾我部元親だ」
「は?」


 彼の言葉に思わずいつもより低い声が出た俺を責めないで欲しい。誰が自己紹介をしろと言ったんだよ…!
 みんな下の名前で呼んでるからあんたもそうしてくれや、なんて言ってる彼の意図がわからない。あんたのことは知ってるからいいぜ、と言い放ったがこっちには自己紹介する気なんてない。
 大体何だよ知ってるって俺の何を知ってるんだよ初対面だろう俺はあんたのこと知らない。こいつは一体何を企んでるんだ?
 じと目で彼を見つめると、んな睨むなよ、と言って俺の顎を優しく掴んだ。



「っあ!?」
「随分とまァ、可愛らしい声出すじゃねェか」
「違っ、」
「違わねえだろ。…ここは?」
「っふ…」
「ここもか」


 よっぽど敏感なんだな? と耳元で囁かれてぞくりと鳥肌が立った。
 さっき顎を触られたことによって身体が反応してしまい、つい声が出て慌てて反論した。けれど彼はあろうことか、伸びた爪の先を軽く当ててなぞるように首筋を撫でたのだ。
 ばれてる。完全にばれてる。そんなのは誰が見ても一目瞭然なのだが、問題はこいつが楽しんでいるということだ。まだ気持ち悪がってくれたほうが救いがあったのに!



「っめろ…」
「聞こえねェなァ」
「やめ、っ!」
「お前、髪やわらけェな」
「っあ、…ん、っう」


 漏れそうになる声を我慢しながら懇願してみても、彼は笑って次の手を進めるばかりだ。髪を梳くように手を入れられ、指で耳の後ろを往復するようになぞられると限界だった。抑えられない声にせめてもの抵抗にと下を向いて自分の服を精一杯掴んだけど、耳元で低く笑う彼の声が聞こえただけだった。

「あんた、可愛いな」
「っざけんな…」
「ここでこんだけ感じやすかったら、イッちまうんじゃねェのか?」


 俺がここ触ったらよォ、と股下の間に足を入れられ俺の動きがぴたっと止まる。触れてはいない。この状況には意味がわからないけれど、言ってる意味がわからないほどバカではない。
 んな怯えんなよ、と言う彼に、これが怯えずにいられるか! と叫びたい気持ちを抑えて舌打ちを飲み込む。
 冗談だ、と笑った彼に心から安心できないのはこの状況は何も変わっていないからだ。




「あんた、気に入ったぜ」

 ああ、神様。前田くんに土下座でも何でもして謝るから許してください。せめて、彼が俺にちょっかいをかける前までに時を戻して。
 目の前で口元を歪めて笑う彼を見て、俺は現実逃避するしかないのだった。





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