障壁を打破して衝く | ナノ

「よっ、おはよう! いい朝だね!」
「あ、うん。おはよう慶次くん」
「慶次! おはよ!」
「おはよう!」


 慶次くんは、友達との元親の紹介で知り合った。そもそも元親と慶次くんが友達だったらしいのだけれど、すごく気さくで人気者だということはすぐにわかった。
 最初は前田くんと呼んでいたけれど、慶次でいいよ! と太陽のような笑顔で言われ、慶次くんと呼ぶと、いつか呼び捨てで呼んでくれるのを待ってるよ、と困ったような笑顔で言われたのは鮮明に残っている。



「あいつは朝っぱらから元気だな」
「あ、元親。おはよう。人気者だもんね、慶次くん」
「おう。人気者っつーか優男っつーかな」



 少し遅れてやって来た元親と挨拶を交わし、ちらりと向こうを見やる。彼は女の子に囲まれていて、嬉しそうに笑顔で騒ぐ彼女たちを笑いながら会話を交わしている。
 なんていうか、様になるよなあ。華がある。こりゃ女の子にモテないわけがないよね。
 そう思ってたら胸に衝撃が走って、思わず胸をぎゅっと抑える。

「どうした」
「や、ちょっと痛くて」
「…胸がか?」
「うん。なんか慶次くん見てるといたっ…あ、別に慶次くんのせいとかいうわけでは」



 慌てて元親に言い訳がましい返事をしてから慶次くんを見たけど、彼は彼女たちとの会話に夢中で聞こえていないようだ。よかった。ほっと胸を撫で下ろして息を吐くと、元親の低い笑い声が聞こえた。
 …え、何。ちょっと怖いんだけど。


「慶次のこと好きなんじゃね?」
「…へ?」
「おまえ、慶次に恋してんだよ」


 恋。こい。コイ。彼がよく口にしている言葉で、その意味がわからないほど俺もバカではない。
 まさかあ、と笑っていると、だってお前、慶次が女子と話してんの見て胸が痛くなったんだろ? 要するにヤキモチじゃねえか。と返されて、ヤキモチなんてっまっまだ付き合ってないし! と反論したのも束の間、まだ、ねェ? とニヤニヤした元親に言われ俺は返す言葉がなくなった。
 …じゃあ、何だ。もしかして、本当に俺、



「慶次くんのこと、好き…なの?」

 春だねェ、と微笑む元親の声が俺の身体すり抜けていった。




「あっ、おは―」
「…っ!」
「よ…あれ?」


 翌日のこと。元親に言われたことによって変に意識してしまったのか、慶次くんが挨拶し終わる前に俺は逃げるように歩を進めた。
 せっかく慶次くんから挨拶してくれたのに…! でも俺が慶次くんを、す、す、好きかもしれないなんて知ってしまったからには普通に接するなんて到底無理だ。
 その後も俺の姿を見かけては慶次くんがよく話しかけてくれたのだけど、最終的には目が合っただけで逃げるぐらいに俺は露骨に慶次くんを避けていた。だから、気付かなかったのだ。慶次くんが不機嫌そうにむくれているのを。怒ってんなァ、とそんな慶次くんをニヤニヤしながら見てる元親を。



「はあっ…」

 いつものように慶次くんから逃げて、壁によりかかって一息をつく。
 今日はもう大丈夫かな…。でも念の為にもうちょっと時間を空けてから戻ろうか。
 そんなことを思っていたら、ふっと影を感じて何だろうと顔を上げようとしたその時だった。




「つーかまーえた」

 聞き覚えのあるその声に、えっと声をあげて顔を上げるとそこには慶次くんが笑顔で立っていた。しかも、壁に右手をついて俺が逃げられないようにして、だ。思わず反対側から逃げようとするも、すかさず左手も壁につかれて、逃がさないよ、と笑顔つきで言われたら俺の逃げ道など断たれたのだった。顔を合わせられるわけもなく、俯いて無言を貫く。


「俺のこと嫌いになった?」
「違う!」

 反射的に顔を上げると、詰まっていた距離に思わず固まる。近い。ものすごく近い。一気に頬に熱が集まるのがわかって、顔を見られたくなくて俺は再び俯いた。



「俺のこと嫌いじゃないんだよね?」
「き、らい、じゃ、ない」
「…あのさあ、なんで俺を見てくんないの?」

 俺は、あんたが今どう思ってんのか知らないけど。あんたの目を見て、話したいよ。だから、顔上げちゃくれねえかい?
 そう言葉を紡ぐ慶次くん。どこまで思わせぶりなこと言うんだ…! という俺の心情を表すかのように、頬の熱は勢いを増す。意を決しておそるおそる顔を上げるとやっぱり近くて、また赤面した気がする。
 ああ、俺今日赤くなってばっかりだ。情けない。



「…ん、なんか顔赤くない? 大丈夫?」
「だ、いじょ、」
「ん、ちょっと熱いか?」
「……っ!」


 気付くのはしょうがないとしてあまり見ないでくれ、縋るような俺の願いはあっさり打ちのめされたらしく、慶次くんがしきりに俺を心配そうに見つめてくる。自分に言い聞かせるためにも大丈夫と言おうとしたそれは紡げなかった。
 慶次くんが、俺の額と彼の額を軽くぶつけたのだ。よく、親が子供の熱をはかる時にやるアレだ。俺にも経験はある。当然それだけ距離も近付く。
 言葉にならない悲鳴をあげて俺はそのまま脱力するように座り込んだ。後を追うようにしゃがみ込んでくれた慶次くんの声は慌てている。




「えっ、どうしたんだい!? もしかして具合が悪いのか!? だったら早く言ってくれれば―」
「や、ちが、」
「…ほんとに?」


 申し訳なさそうな慶次くんの顔にふっと力が抜けて、ほんと。って笑って答えたら慶次くんがよかったと呟いた。
 何が良かったのだろう? わからなくて首を傾げると、慶次くんはそんな俺に笑いながら言った。



「やっと笑ってくれた」

 あんた笑ったほうが可愛いんだからさあ! 勿論誰にでも笑ってて欲しいけど、あんたの笑顔はかなり好きだ! と何でもないことのように言ってのける慶次くんの素直さが羨ましいなあと思いながら、俺はまたほんのり頬に熱が集まるのを感じるのだった。



「そういやなんで俺のこと避けてたの?」
「へっ」
「なあ、なんで?」
「…き、緊張して…」
「…緊張? 俺相手に?」
「う、うん」

 まさか好きだなんて言えるはずもなくて咄嗟に誤魔化した。まあ間違ってはいないのだ、現に自分の気持ちを自覚してから緊張していたのには変わりないのだから。
 何となく気まずくて顔を逸らしていると、よし! と慶次くんに肩を叩かれてびくっと跳ねる。



「じゃあ、緊張なんてしないぐらい仲良くなろう!」
「えっ」
「とりあえず今日の放課後は俺にくれよ! ちなみに拒否権はなし! どこ行くかなー」




 手を握られたかと思ったらそのまま引っ張られて、楽しそうに慶次くんが話すものだから自然と笑みが漏れていた。
 どっか行きたいとこある? と後ろを振り返って聞いてきた慶次くんの瞳がキラキラ輝いていて、ううん、と笑って首を振る。
 どうしよう、今とても楽しい。



「け、慶次くん、あの、手」
「んー? だーめ」
「も、もう逃げないから」
「俺が繋ぎたいんだよ。嫌かい?」
「…いやじゃ、ない」


 良かった! と歯を見せて笑う慶次くんに手を繋いでいないほうの手で口元を抑える。
 …とりあえず、慶次くんの思わせぶりな言動に慣れるのが俺の当面の課題のようだ。





fin.

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