糸羅 | ナノ

「明日笠松先輩の誕生日なんスよ!」
「…えっと、とりあえずおはよう?」

 教室に入るなり掴みかかってくる黄瀬くんに、そう返すのが精一杯だった。


「おはよッス! じゃなくて、なに呑気に挨拶してるんスか!」
「えっと…ごめん?」
「最近笠松先輩と仲良いのに俺には全然教えてくれないし。なんか進展あったんでしょ? 俺に教えてくれてもいいと思うんスけど」
「…黄瀬くんは何を求めてるの?」
「そりゃあキューピッドとして経過報告を…」
「きゅっ…だからそういうのじゃなくて」



 憧れてる先輩を勝手に庇い、半ば事故で足を負傷して数日。あれから先輩はおれと一緒に帰ってくれる。
 バスケ部でもないのに家まで送ってもらって悪いなあ、と思うのはたかが捻挫だからだ。もう治りかけているし、それを口にしたところで先輩はやめようとはしない。
 日頃のお礼も兼ねて誕生日に何かあげるのもいいかもしれないなあ、とは思うのだけども黄瀬くんは何を勘違いしているのか、おれがそういう…その、一線を越えた感情を先輩に抱いていると思ってるようで。ただの憧れだと言うおれにまたまたー、と爽やかな笑顔で言ってくる黄瀬くんはいつまで経っても主張を変えるつもりはないらしい。


「で、なんか用意してるんスか?」
「今知ったからなあ…」
「駄目ッスよ! これを機に関係を深めないと!」
「動機が不純じゃない?」
「ま、これは俺の願望ッスけど」

 でも、喜んでくれると思うッスよ。
 そう言われてしまっては、俺もううんと首を捻るしかない。黄瀬くんは先輩の好きなものをおれに教えてくれた。
 好きな食べ物は肉じゃが。家庭的だ…。胃袋掴んで心臓奪っちゃえばいいんスよ! と言う黄瀬くんの言い方はどこか怖い。といっても肉じゃがは冷めたらおいしくないし、食卓で出るだろう。極めつけは汁物ということだ。
 そんなわけでプレゼントの案としてはボツ。あとはギターが趣味らしいので、それ関係のものなら店を巡ればあるかもしれないということで話はついた。



「俺も付き合うッスよ」
「あれ? 黄瀬くん部活は?」
「今日仕事なんスよ。部活は休みッス」
「え、えええ…いいのかなあ…」
「いいからいいから! それとも俺と一緒じゃ嫌ッスか?」
「それはないよ。黄瀬くんと出掛けるの楽しいし」
「…今の聞いたら先輩に殺されそうッス」
「え?」
「いーや、なんでも」


 ぼそぼそと呟いた黄瀬くんの言葉が聞き取れなくて首を傾げて聞き返したら、それはもう綺麗な笑顔で返された。よくわからないけど、この黄瀬くんの笑顔はもう不要な問い掛けは無用だということだ。
 仕事終わったら連絡するッス、と言う黄瀬くんを待って、今日は用事があるので先に帰ります、とだけ文章を打って先輩にメール送信。別に正直に言ってもいいのだけれど、黄瀬くんのことを考えると内緒にしたほうがいいのかなあと思った結果だ。
 遅くなる前に気を付けて帰れよ、と返ってきたメールの優しさに笑って携帯を閉じた。



「すいません遅くなったッス!」
「大丈夫だよ、そんなに待ってないから。お仕事お疲れ様です」
「どーもッス。んじゃ行きましょっか」


 黄瀬くんと話しながらプレゼントのイメージを固める。本当なら先輩の一番喜ぶものをあげたいのだけれど、俺はそんなに先輩と仲が良いわけではないし好みを熟知しているわけでもないので、考えられる範囲でストラップみたいな邪魔にならないものにと決めた。
 プレゼントはモノより気持ちッスから、と笑う黄瀬くんと共にその手のお店に入る。目にとまったのは、ギターのチャームがついたストラップだった。



「あ、これいいかも」
「いいんじゃないッスか? あ、これ色々追加でチャーム付けられるみたいッスよ」
「あ、ほんとだ」
「イニシャルもつけられるみたいッスよ! えーと先輩はゆ、き、お…Yっすね」
「じゃあこれにしようかな」


 追加のチャームはイニシャルのYとバスケットボールにした。先輩が好きなだけバスケをできますようにと願いを込めて。
 そのまま別れても良かったのだけれど、今日は黄瀬くんが代わりに送ってくれた。一度断ろうとはしたのだが、ひとりで帰らせたら先輩に顔向けできないッスから、と言われそれに甘えてしまった。ふたりとも心配性…なのかな?
 明日プレゼント忘れちゃだめッスよー、と言う黄瀬くんに手を振って見送った。




「あ、黄瀬くんおは、」
「プレゼント持ってきたッスね!?」
「ちゃんと持ってきたよ」
「なら良かったッス! いやー気になってもー…」


 翌日一番におれに声を掛けてきたのはやっぱり黄瀬くんで。挨拶を全部言わせてくれないほどの心配事だったのか、おれがプレゼントの袋を出してみせると脱力感をあらわにした。そして何か思い出したようにおれに向き直り、今日の昼は先輩と黄瀬くんとおれで一緒する約束を取り付けてあるのでその時に渡す、ということになりそうだ。用意がいいというか何と言うか…。



「じゃ、もう行く? 屋上で食う約束してるんッスけど」
「あっ、うん」
「たぶん先に来てるとは思うんスけど〜…あっ」
「お、黄瀬じゃん。ねー女の子紹介してー」
「ちょ、今そんな場合じゃないんスよ」
「…あれ? この子って確か笠松の―」
「あーっちょっと先輩話しましょう! ねっ!」
「えっ、あの、黄瀬くん?」


 昼休みになったと共に黄瀬くんと待ち合わせ場所に向かっていた…のだけれど、たまたま歩いていたバスケ部の先輩…ええと、森山先輩、だったっけ。目が合ったので軽くお辞儀すると、俺を見ながら何か言いかけたその先輩を慌てて引き摺るように黄瀬くんは行ってしまう。
 声を掛けるも、先行ってて! と申し訳なさそうに言う黄瀬くんを見送るしかないのだった。



「すいません、遅くなりましたー…」
「ああ、来たか。そんなに待ってねーからいいよ」
「どうも…あ、黄瀬くんはちょっと森山先輩と行ってしまって遅れるみたいです。なので先に来ました」
「ったく、何やってんだあのバカ共は…。まあいい、座れよ」
「あ、失礼します」


 すとん、と横に座って先輩を見る。そういえば、帰り以外で先輩と関わるの新鮮だなあ…。
 弁当を広げながらそんなことを思っていると、なんかお前とこーやって食うの初めてだな、と口を開く先輩に笑いそうになるのを必死に堪えた。
 だって、先輩がおれと同じことを考えていたなんて、嬉しいじゃないか。呑気にそう思っていたところで当初の目的を思い出し、先輩に向き直る。




「あっ、あのですね、食べながらでいいんですけど」
「ん、どーした」
「お、お誕生日おめでとうございます。黄瀬くんから聞いて」
「あー…ありがと、な」
「あの、それでですね、一応プレゼント、を」
「…わざわざか? 悪いな」
「気に入ってもらえるかどうかわからないんですけど…あっ、」


 俺が言い終わる前に、先輩はプレゼントの袋を引ったくった。いや、それ先輩宛てのプレゼントだからいいんですけど。もう先輩のものだからいいんですけど。
 ドキドキするおれをよそに、先輩は袋を開けてストラップをまじまじと見ている。気に入ってもらえるかなあ、という不安はおれの目の前で携帯にストラップを付け始めた先輩の行動に寄って打ち消された。
 ちょうどストラップ欲しかったんだよ、ありがとな。そう笑う先輩はほんとにおれが憧れてやまない人間像なのだなあと、心から思った。




「あ、今日は用事ねえな?」
「? ないですけど」
「よし。んじゃ今日は送らせろよ」
「えっ、でも先輩今日誕生日ですし」
「んじゃ、誕生日のワガママとして送らせてくんね?」
「えええ…」
「…お前を送り届けないと、不安でしょうがねーんだよ」

 昨日だって心配したんだからな、と言う先輩にそういえばメールの返信をしていなかったことを思い出す。呟くようにぼそぼそと口に出したお願いしますを聞いた先輩は、おう、と上機嫌そうに弁当に口を付けた。
 別に怪我をしているわけでもないのに、心臓が得体の知れない熱で疼いた気がした。





fin.

Happy birthday to Yukio !
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テーマ「人外ファンタジー」
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