あかくとけるひ | ナノ

 一目惚れだった。仲間が懸命に戦うその傍らで、敵である彼を心ながらに応援してしまったおれはどうしようもない男です、神様。



「あー…うー…」
「何を唸っているのだよ、おまえは」
「野暮だなー真ちゃん。恋する乙女の悩む姿だろ」
「こいつは男だろう…待て、恋だと?」


 机に顔を伏せたまま唸っていると、上から聞こえてくる声はいつものメンバーだった。
 緑間と高尾が何か喋ってるなあ、と思うぐらいにおれの頭の中はぐちゃぐちゃだった。と思ったら掛け声と共にゆさゆさと身体を揺さぶられたので、むくりと顔を上げると緑間がこっちをじっと見つめていた。いつもなら軽く驚くものの、今のおれは無気力そうに、なに? と呟くだけだ。




「お前は、恋をしているのか」
「ブフッ!」
「えー…んー…こい…なのかなあ…うーん…どうだろ」
「はっきりするのだよ」
「んん、好きなひとはいるけど」


 それが一体何だって言うんだ、とばかりに緑間を見ると、知らなかった、とおれらにしか聞こえない程度の声で緑間が呟く。まっ、俺は気付いてたけどなーと言う高尾にはしょっちゅうそのことでからかわれていたので、今更気にすることでもない。
 ていうかさっき高尾思いっきり緑間に笑ってたけどいいのかなあ、怒ってないならいいのか。
 ほわほわしたおれの頭の中は今日のことでいっぱいだ。なぜなら―



「今日火神の誕生日なんでしょ?」
「…うん、そう」
「なぜここで火神が出てくる」
「真ちゃんってばにっぶいなー。今こいつの好きなひとの話してたんだぜー?」
「好きなひと…お前、まさか…火神のことを」
「…いや、まあ、好きっていうか、ただのファンなんだけど」
「ファン…だと…!?」


 おー驚いてら、と笑う高尾をよそにオーバーリアクションとも言える緑間の反応におれは無言。いつもならよく驚くなあ、ぐらいのことなら思いそうなものだが、今日のことで頭がいっぱいなおれには些か重いものがある。
 マネージャーをやっているおれは誠凛との試合で、初めて彼を見た。この緑間を止めて、真剣な彼を、吠える彼を、笑い喜ぶその姿に胸が高鳴った時にはもう心を奪われていた。

「試合の時からもう火神にメロメロだったもんなー。熱視線で火神のこと見つめちゃってさー」
「そっ、んなことは…」
「ないって言い切れる?」
「…わかんない」
「ふはっ、お前そういうところ可愛いよなー」
「…うれしくないし」
「火神に言われたら?」
「…っ、」


 高尾にこのことでからかわれるのはもう何回目だろうか。悪戯を含んだ声で囁かれ、かあっと赤くなる。やっぱりお前可愛いわ、と頭を撫でる高尾は笑顔のままだ。
 くそう、楽しみやがって…! こっちは真剣に悩んでるってのに!
 緑間は緑間でもう興味がないのか、自分の席についてラッキーアイテム取り出してるし。今日は…パンダのぬいぐるみらしい。それをじっと見つめていたら、やらんぞ。と緑間が言葉を放つ。いや、別に欲しいとか思ってないから。可愛いとは思ったけど! おれの今日のラッキーアイテムも聞いとけば良かったかなあ。いやでもラッキーアイテムを持ったところで火神くんに会えるわけじゃないし…答えの出ない悩みは溜め息となって消えることもない。




「で、なーに悩んでんの? 好きなひとの誕生日なのに」
「…素直に喜べないよなあ、って」
「祝いたいなら祝えばいいだろう」
「勇気がない」
「…なんだと?」
「だ、ってさ」


 いきなり知らない奴にあなたのファンですとか好きですとか言われて誕生日おめでとうございますっていきなりプレゼントとか渡せる? 緑間は無神経だから渡せるかもしれないけどおれは無理。女ならまだしも男だよ。マシンガントークで紡いだ言葉に緑間が溜め息を吐く。



「…聞き捨てならない言葉はあったが、いつまでもそうやって悩んでいたら後悔するだけなのだよ」
「わかってんだけどさー…」
「わかってても行動を起こさないと意味を持たないぞ」
「どうせ部活あるから無理だし」
「んじゃ、部活がなけりゃ行くってことっしょ?」
「は? …ん?」


 何だかんだでちゃんとおれのことを考えてくれる緑間は優しいなあとは思うけれど、部活のことは言い訳であり事実だ。マネージャーと言えども私用でそれを休むわけにはいかないし、終わる頃にはとっくに日も暮れる。そうなってしまっては、会いに行くことすら失礼に当たる。そんなことを思っていると、高尾から意外な言葉が発された。
 そりゃまあ、と控え目に返すも部活がなくなるなんてめったにあるわけがない。そう鷹をくくっていると、教室の扉がノックされておれは振り向いた。



「緑間たちはー…と、一緒にいたのか」
「キャプテンナイスタイミングじゃないっすかー!」
「? なんの話だ」
「こいつ、今日部活休ませてもらえないっすかねー」
「ん?」
「は?」


 まっ、詳しいことは本人からどうぞー。高尾はぐいぐいとおれの背中を押しやり大坪さんの前へと立たせる。大坪さんは何か部活の連絡でもしに来てくれたのだろうか。
 何か大事な用でもあるのか?
 優しく聞いてくれる大坪さんに、おずおずと言葉を紡ぐ。



「あの、今日、どうしても会いたいひとがいて」
「うん」
「でも、ここのひとじゃないので、部活が終わってからだとたぶん無理、で」
「うん」
「どうしても、会って直接伝えたいことがあって、今日がいいんです。…だめです、よね」
「いいぞ」
「やっぱり……………えっ?」




 その返事は意外なもので、とっくに諦めていたおれは大坪さんの言葉に思わず顔を上げる。
 大事な用なんだろう? お前にはいつも頑張ってもらってるし、今日ぐらい好きにするといい。
 そう言って大坪さんがおれの頭を撫でるものだから、溢れそうになる涙をこらえてありがとうございますと呟く。
 じゃーそういうことで! あっ地図これなー、そういやキャプテンなんか用があったんじゃないすかー? と高尾はとんとん拍子にことを進めていく。
 おれはもう必要なさそうなので、軽く礼をして緑間のもとへ戻った。



「行くのか」
「…ん」
「これを持って行け。お前の今日のラッキーアイテムだ」
「…ありがとう」
「しっかり伝えてこい。ラッキーアイテムを持っていながら失敗したら承知しないのだよ」


 やっぱり緑間は優しいなあ、おれはほんとうに周りのひとに恵まれて良かった。戻ってきた高尾に良かったなー、とまた頭を撫でられて今度は笑顔でありがとうと返す。
 これは、何が何でも頑張らなくては。緑間から預かったきのこのストラップを握り締め、おれはそう固く決意した。



「…あ、ここだ。」

 放課後、高尾の地図通りに足を進めて辿り着いた誠凛高校。高尾の地図は流石というかわかりやすくて難なく行けたのだけど、それはあくまで学校を示すものだ。体育館ってどっちかなあ…。人に聞こうにも見当たらない。きょろきょろ辺りを見回していると、いきなり肩を叩かれてびくりと跳ねる。


「ひえっ!?」
「あの…」
「す、すいませんっ。あ…えっと…黒子…くん?」
「はい。驚かせてしまったみたいですみません」
「あ、いえ」
「体育館、こっちです」
「あ、どうも…」



 黒子くんの後ろを歩いてついて行く。影が薄いとは聞いてたけど、ほんとうに日常的にそうなんだなあ…。
 でもどうして黒子くんが?
 緑間くんに頼まれたんです、案内してくれって。
 …ほんとに緑間はつくづく優しいと思うんだけど、なんかお母さんのような…
 火神くん、きっと喜んでくれますよ。と言ってくれた黒子くんにはすべて伝わっているらしい。いや、いいんだけど。

「火神くん呼んできますね」

 軽く話をしながらあっという間に体育館に着いて強張るおれをよそに、黒子くんは駆けていく。
 ど、どうしよう緊張してきた。プレゼントはポケットに入れたし、おめでとうって言って渡すだけ、渡したら帰る、男だろう頑張れおれ!
 自分に言い聞かせてふーっと息を吐く。連れてきました、との言葉に顔を上げれば当たり前だけど火神くんが立っていた。じゃあ僕はこれで、と離れる黒子くんを見送って、火神くんに向き直る。



「あれ? お前って確か…」
「えっと、秀徳のバスケ部のマネージャー、です。緑間の、」
「あー思い出したわ。…で、俺に用ってなんだ?」
「あっ、のですね、今日が誕生日とお聞きしまして」
「ん? あー、そうだな」
「誕生日、おめでとうございます」


 実は火神くんのファンで、かっこいいな、って、思ってて。いきなり知らない奴にこんなこと言われて困るかもしれないんですけど、良かったら受け取ってくれると、うれしいです…。
 心臓が口から飛び出そうなぐらい緊張して紡いだ言葉は、震えてはいなかっただろうか。
 差し出したプレゼントがおれの手から消えて、恐る恐る顔を上げると火神くんはもう中身を出してまじまじと見ていた。虎のストラップ。火神くんの下の名前が大我なので、タイガー繋がりで虎という安直な発想。でも一生懸命選んだつもりだ。



「これ、くれんのか?」
「あっ、は、い」
「ありがとな。嬉しいぜ」
「…い、いえ…」
「あとさ、敬語やめろよ。緑間と知り合いってことはタメだろ?」
「えっ、あの、でも」
「敬語使われんの苦手なんだよ。…な?」
「わ、かっ、た…」
「ん、よし」


 ちょうど携帯に付けるストラップ欲しくてさー、と話す火神くんの声も飛んで行きそうだ。
 だって、こんな近くで、囁かれただけでもだめなのに、おれの頭を優しく叩いて眩しい笑顔で笑うものだから。



「部活見てくか?」
「あ、邪魔になるからもう、」
「別に邪魔じゃねーって。どうしても心配ってんなら先輩たちに聞いてくるし」
「あ、先輩方がいいなら、じゃあ、」
「よし、んじゃ聞きに行くか!」
「っ! …う、ん」


 他意はない。きっと、他意なんてない。火神くんがおれにしたことは、きっとなんでもないこと。それでも、手を繋がれて早まる鼓動が感情を告げる。
 はやく、この熱くなった頬をどうにかしなきゃ。なんて心ではわかっていても、それも実行に移せそうにはない。―ああ、

(好きすぎて、どうにかなってしまいそうだ。)





fin.

Happy birthday to Taiga !
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