華ある鷲は牙を向ける | ナノ

 一体何なのだろう、この状況は。困るおれから見えた火神は退屈そうに欠伸をし、黒子はいつものような何考えてんのかわからないあの瞳でただじっと俺を見つめていた。




「やーもうこう毎朝だと眠いよねー」
「あー…」
「そのわりには全然眠くなさそうですが、君」
「おれじゃなくて火神がね」
「火神くんはいつものことですから」


 うっせーと言う火神は欠伸をしながら言ったためか殆ど言葉にはならなかった。うっすら涙を浮かべる火神に笑って、黒子と話をしながら足を進めた先には見慣れた先輩たちの姿が見えた。

「おー、先輩たち早いね」
「本当ですね。…本来なら僕たちがもっと早く来るべきなんでしょうけど」
「火神が起きられる時間ギリギリだもんなー」
「うっせえよ! 早く行きたいなら先に、」
「毎朝モーニングコールしてあげてんの誰だっけー?」



 おれがやめたら火神は遅刻してばっかだと思うぜ? としたり顔で笑ってやれば、言葉に詰まった火神は感謝してるよと小声でぼそぼそ呟いた。
 まあ朝練に間に合えばいいんじゃないの、と言うと、おう、と気を取り直したかと思ったら大きい欠伸が聞こえてきた。…朝が弱い火神に、まだ暫くはモーニングコールをしなきゃいけないらしい。


「君もよくこんな早くに来れますよね」
「んー、まあ暇だからね。充分寝てるし、見てるのは楽しいし」
「だから混ざれって言ってんだろーが」
「やだよ! おれ体力ねーもん」



 先に断っておくが、おれは別にバスケ部に所属しているわけではない。中学ではバリバリの帰宅部だったし、高校デビューしようかなあ、なんて浅はかな考えは激しい部活勧誘ですっぱり諦めた。
 黒子とは同じ中学で、まあ何て言うか黒子は薄いらしい。影が。そんな黒子に普通に気付けるのはおれぐらいで、打ち解けるのに時間はかからなかった。先生やクラスメートはおろか部内の人間までもが、黒子の姿を探していたのは今も記憶に刻まれている。目の前にいるのにみんなが黒子の名を呼びながらきょろきょろするものだから、最初はいじめられているのかと思ったほどだ。




「まさか君がマネージャーになってくれるとは思いませんでした」
「いやあ、見てるだけっつーのもね。おれにできることなら何でもしますよ」




 誠凛に来たのは偶然だったけどおれは黒子の影響もあってかバスケは好きだった。見るのは。
 とてもじゃないがやるのは無理だ。そりゃ鍛えればできないことはないだろうが、そういうのは性に合わない。
 マネージャーのいない運動部に手伝いとして駆り出されることはたまにあったし、雑用業なら素人の女の子よりは役立てるだろうということで、監督である相田先輩に頼まれて二つ返事で引き受けた。男で力もそこそこあるし。


「おはようございます」
「うーす」
「はよざいまーっす」
「お前何だその中途半端な挨拶」
「えー? 火神も変わんないじゃないですかー」




 先輩たちの元へ行き、黒子、火神に続き挨拶をする。キャプテンのツッコミに笑いながら返して、わいわいと騒がしくなってきたその場で先輩にひとりひとり挨拶をしたところで、ふと気付く。伊月先輩が、一言も言葉を発していないのだ。
 いつもならダジャレを言ってキャプテンに叩かれてるところなのに、タイミングが悪かっただけだろうか。なぜか晴れない表情の伊月先輩に首を傾げながらも、俺はみんなの輪から外れて伊月先輩の元へと向かった。


「はよざいまーす伊月先輩!」
「……………」
「…伊月先輩?」
「…………」
「伊月先輩、どうかしたんです…―っえ、」
「……っ」



 元気いっぱいに挨拶をしてみるも、伊月先輩の表情は変わらない。もう一度顔を覗き込んで今度は普通のトーンで言ってみるも、それは同じことで。
 どうしたもんかな、と顔を近付けたその時―感じたのはふわっと香るいい匂いと優しい温もり。あ、これシャンプーの匂いかな。伊月先輩シャンプー何使ってんだろ。髪さらさらだろうなー。触っていいかな。いやいやそうじゃなくて、なんでおれは伊月先輩に抱き締められてるんだ。身長はそれなりにあるしおれだって男の子ですけど、さすがに運動部のあなたに適うわけないんですからね! ちょっと痛いし!




「え、伊月先輩どうしたんですかこれ」
「知らねーよお前が原因だろ」
「おれ心当たりないんですけど」
「俺が知るか。自分で何とかしろ」
「ひどい! 薄情! キャプテンなのに!」
「ああ?」
「ていうかさー、すげー注目されてっけどいいの?」


 はた、と小金井先輩の言葉に目を向ければ、そこには軽いギャラリーが出来ていた。え、なんか恥ずかしい。
 伊月先輩、ともう一度声を出して軽く胸板を押してみるも、ぎゅう、と更に強い力で抱き締められて、ぐえっ、と潰れた蛙のような何とも情けない声が出た。…のに、なんで歓声が上がるんですか。きゃーってなに、何のきゃーなのよ。なんかシャッター音聞こえるんですけどそれ盗撮だよね? やだもう本格的に恥ずかしい何の羞恥プレイだよ!



「伊月先輩、あの、とりあえず離してもらえませんか」
「…っ」

 えー、やだって。首ふるふるって。いや可愛いけど。イケメンの伊月先輩がやったところでギャップ萌えとかいうやつにしかならないんだろうけど! 水戸部先輩じゃないんだから喋ってくれてもいいんじゃないっすかー…。そのぶんスキンシップ激しい気がするし、そういや伊月先輩今日一言も喋ってなくね? あれっ、事態は思ったより深刻なのかも。でもおれが聞いても何も話してくんないしむしろおれを離してくんないしどうしろと。あっ今のダジャレじゃないからね? …って言い出せる雰囲気でもないね、今。


「なあ伊月、とりあえず場所を変えたらどうだ?」
「…っ」
「ここじゃ落ち着いて話もできないだろ。どこか静かなところで、な?」




 木吉先輩普段ボケボケなのに気が利くと思っていた罰なのだろうか、じゃああとは若いもんで、と言う木吉先輩はやっぱりおじいちゃんだった。え、丸投げ? しかも伊月先輩は納得したのかおれから離れたかと思うと、手を取りそのまま引っ張るように歩き出した。女の子の黄色い悲鳴には、うん、もう何も言わないよ。



「い、づきせんぱっ」
「………」
「…寂しかったんですか?」

 人気のない場所に来たはいいものの、また伊月先輩にすかさず抱き締められる。全然変わらないよこれ木吉先輩! ていうか今日おれ伊月先輩の名前呼んで総シカトされてるんですけど。負けない。おれ負けないよ。我ながらどうかと思ったけど、頭を撫でてみたら腕にぎゅっと力が入ったようで。え、まさかのビンゴ? 伊月先輩のこんな姿って珍しいなーでもよく見てる人だしやっぱり疲れるのかもなあ、おれもマネージャーならこれから気を付けないと!


「…お前が、どこか遠くに行っちゃうんじゃないかって」
「え、どこにも行きませんよ?」
「…昨日。告白されてただろ」
「え? あー…」
「昨日だけじゃないみたいだけど」




 やっと喋ってくれたかと思えば、伊月先輩の口から出たのは意外な言葉で。
 …えーと、つまりなんだ。おれが告白されたことによって、そこから関係を持つと思って、おれがバスケ部から離れていく…っていう解釈でいいのかな? いやおれが告白されたのは本当だけど一回だけじゃないけれど、でもそれだったら伊月先輩のほうがもっと告白されてそうなもんだけどなあ。



「別にどこにも行きませんよ」
「…本当か?」
「だっておれマネージャーですしー。恋愛なんぞに現を抜かしてる暇はないっすよー」
「…そっか。」
「ま、少なくとも誰かにマネージャーやめろって言われるまでは―」
「言わない」
「え、」
「ずっとマネージャーやってくれないと、困る」


 マネージャーをやめるつもりはないことを告げればふわりと綺麗に笑って、いつもの伊月先輩に戻ってきたかも、とか思ってたんだけど。マネージャーをやめる可能性を提示したところで、真剣な伊月先輩にぎゅっと手を握られた。え、何これ恥ずかしい。
 抱き締められていた時のほうが顔見えなかったからまだマシだったよ! た、確かに人数少ないけどさー…マネージャーも女の子のほうがいいんじゃないか、と思わなくもないのになあ。



「あ、ありざいます…?」
「ふっ、何だその中途半端な敬語」
「えー火神と変わんないっすよー」
「…火神と仲良いんだな、やっぱり」
「まあ同じクラスなんで…あっ、モーニングコールしないと起きないんすよあいつー」


 もー困ったちゃんなんだから、といつもの調子で話すと、考え込むような形に入る伊月先輩。
 え、おれそんな重大なこと言ってないんですけど。火神が朝弱いってことぐらいしか。



「俺、そういえばお前のアドレス知らないな。あと番号も」
「あー…そういえば」
「教えてもらってもいいか?」
「あ、はい。おれは全然」


 赤外線でいいかな、と聞かれたのでこくりと頷いて受信準備をする。伊月先輩の携帯に送られたおれのプロフィールと、おれのアドレス帳に新しく登録された伊月先輩の連絡先。
 やっぱりマネージャーになった以上連絡事項とかあるんだろうな、キャプテンとは交換してたからいいかなって思ったんだけど今度他の先輩にもアドレス聞いてみよっと。マネージャーだけどおれだってバスケ部の一員だもんな!




「なあ、伊月先輩…がよ」
「ん? ああ、もう元に戻ったみたいだよ」
「いや、なんか今日すごい練習きつかったんだけど」
「えー? 火神疲れてるんじゃない? 無理しちゃだめだぞー」
「いや、そういうわけじゃ…ああ、サンキュ。やけに気合い入ってんな」
「そっりゃーマネージャーですから!」
「できれば相手できるマネージャーになって欲しいもんだけどな」
「だからやんのは無理だってー!」


 そんな会話を繰り広げていたおれと火神を見る伊月先輩の視線に気付くわけもなく、鈍感って罪ですね、と呟く黒子に首を傾げるのだった。





fin.

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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