'02 | ナノ

「大輝、ちょっと!」
「…あー? んだよ、まだ早い…」
「今日来てくれるから、対面する前に整えときなさい」
「…俺、今日部活なんだけど」
「簡単な挨拶だけだから。みっともない姿で出ないでよ」
「おー」



 けたたましい声と共に、母親に起こされたのはいつもより少し早い時間だった。例の、新しい家族ってやつが来るらしい。本音を言えば眠かったが、カーテンを開けられてしまっては眩しい光に耐えられなかった。
 今日は土曜日だから学校はないが、部活は当然ある。まあちょっと早く起きるだけか。のそのそと起き上がり、顔を洗いに部屋を出た。




「つーか来んの早くね?」
「平日は私も大輝も仕事と学校でしょ。それは向こうも一緒だし」
「へー。でももう俺食い終わるけど」
「それぐらいゆっくり食べなさいよ」
「いつもより早く起こすからだろ」


 顔を洗って目も覚めた俺は、用意されていたパンにかじりついていた。いつ来るかもわからないとのことだったので、もう用意は万端だ。まあ部活着っていうかジャージだけど。



「コーヒーでも飲んでゆっくりしなさいよ」
「ん」
「おかわりぐらい言いなさい」

 そう言いながらも、空になったマグカップを突き付けると母親はそれを受け取り、コーヒーメーカーから新しいコーヒーを注いでくれる。
 少しの砂糖、それからたっぷりの牛乳を注いで。あとは自分でやりなさい、とティースプーンを突っ込んだままの状態でマグカップが返ってきた。昔から変わらない我が家でのカフェオレは、俺の中で定番となっていた。
 混ぜきって不要になったティースプーンを避けて一口啜ったところで、玄関のチャイムが鳴る。慌てて立ち上がり玄関へ向かう母親の反応を見るあたり、ビンゴだったらしい。




「ちゃんとしときなさいよー」
「おー」



 玄関先から聞こえた母親の声にカフェオレを飲んでから返事をして、つーかそんなでかい声で言っていいのかよ、と笑ったりして。これから家族になる人間との対面だというのに、緊張なんてしてない俺はやっぱり図太いんだと思う。
 つーかぶっちゃけこれから部活でやるであろうバスケのほうがわくわくしてる。練習はきついけど、ゲームはやっぱり楽しい。張り合える仲間もいるし。
 やっべ、うずうずしてきた。そう思って身体をゆらゆらと揺らしていると、足音が近付いてきたのでぴたりと止める。母親にまたなんかうるさく言われそうだし。



「はじめまして、大輝くん…で、良かったかな?」
「ああ、はい」
「大輝、あんたまたそんな適当な返事で…」
「いいんですよ。私もゆっくり仲良くなっていきたいと思っていますから」
「だってよ」
「あんたねえ…」
「ははっ。これからお世話になります、大輝くん」
「…ども」


 姿を表したのは、物腰の柔らかい優しそうな人だった。すげーおじさんってわけでもないし、年相応のかっこよさを兼ね備えてる感じの、だ。母親ともお似合いだと思う。が、親のいちゃつく部分を見るのはさすがに照れくさかった。顔を見合わせては互いにはにかんだりして、新婚さんか! と突っ込む気力も湧いてこない。
 それぐらい、恥ずかしいのだ。自分の中で気まずくなって目を逸らすと、また違う姿が目に入ってきた。



「あのー、その子は…」
「ああ、すまない。紹介がまだだったね、私の息子です。大輝くんとは確か2歳違いだったかな? ほら、挨拶しなさい」
「きょうから、おせわになります。よろしくおねがいします」



 おずおずと姿を表したその小さな子供は、俺の父親となる人…ああもうめんどくせーから親父でいいや。親父に背を優しく押されると、何ともまあ行儀の良い挨拶をした後にぺこりと頭を下げた。
 よくできました、と親父に頭を撫でられているものの照れている様子はない。ましてや、喜ぶなんて。見た目で言えば充分可愛い男の子なんだろうが、表情に変化が見られないのだ。
 無表情というわけじゃない。かと言って目を逸らすこともない。


「あんたも見習いなさいよ」
「うっせーよ。つーかもう俺行くぞ。部活だし」
「ああ、引き止めてしまってすまなかったね」
「いいんですよ、ただのバスケバカですから!」
「おい…」
「はは、元気で良いじゃないですか。…それじゃ、いってらっしゃい。大輝くん」
「…いって、らっしゃい」
「…あー、いってきます」




 行ってらっしゃーい、と最後に間延びした声は母親のものだ。笑顔でひらひらと手を振る親父、それに続いておどおどした様子ではあるが、俺に挨拶を言った後にまたぺこりと頭を下げる。
 靴紐をしっかりと結んで玄関から出ると、隣からちょうど見知った姿が歩いてくるところだった。


「あれっ、大ちゃんおはよう! 今日は早いね」
「おー。叩き起こされた」
「今日何かあったの?」
「来たんだよ。新しい家族」
「えっ! ってことは大ちゃんの弟くんも? 会ったの!?」
「そのために起こされたんだからな」
「えーっいいなあ! 私も会いたかった!」



 何で言ってくれなかったのー、と俺の隣で言うさつきに、だから俺も詳しいことは知らされてなかったんだよ、とすかさず返す。それでもさつきは納得がいかないみたいで、そんなさつきに溜め息をひとつ。
 別に今日じゃなくても会えるだろ、と呟けば、うん! と笑顔になる。単純な奴だ。まあ、初っ端からこれだけ楽しみにしているさつきと対面させたところで混乱を招かないとも言えないだろうし。
 …もっとも、あの表情が崩れることはないんだろうが。


「で、どうだった?」
「親父? はいい人っぽい。優しそうだし、すぐに慣れるだろ」
「そっかー! 弟くんは?」
「あー…」
「えっ、何かあったの?」
「そういうわけじゃねーんだけどな。なんかこう、可愛くないっつーか」



 そう言った途端、間抜けと表現できるであろうな唖然とした表情で俺を見る。その反応は謎だったが、半開きの口から放たれるであろう言葉を待っていたら、だだだ大ちゃん! と大声で叫び俺の腕を強く掴む。そんなさつきに今度は俺が驚く番だった。

「いってえな! なんだよ!」
「大ちゃん何やらかしたの!?」
「だから何もやってねえって、」
「じゃあ何かされたの?」
「はあ?」
「だって、これから家族になる子に、可愛くないなんて…」


 しかも初日から! とやけに力説するさつきに、違うっての、とさつきの腕を掴んでやんわり離す。なぜか不安そうに瞳を揺らすさつきの頭に手を乗せ、いいから落ち着け、と囁き緩く叩いてやった。さつきが落ち着いたところで、頃合いを見計らって口を開く。



「別に何かあったわけじゃねーよ。ただ、無愛想っつーか」
「…ぶあい、そ?」
「そ。表情堅いっつーか、少なくとも年相応じゃねーな」
「………」
「だからお前が心配するようなことは何も…って聞いてんのか」
「…び、」
「び?」
「びっくりさせないでよばかーっ!」
「うおおおおっ!?」



 さつきの止まったような動きに顔の前で手を振って見せても無言だったため、屈んで耳を近付ける。するとその状態で、甲高い叫び声が耳元で響いた。驚いて声を上げながら反響してキーンと鳴る耳を衝動的に塞ぐ。ある程度落ち着いてから心臓に手を当てると、それはいつもより早いリズムを刻んでいた。




「うっるせえな! びっくりすんだろーが! 心臓止まるかと思ったわ!」
「だって大ちゃんが心配させるようなこと言うから!」
「どこがだ! お前が過剰に受け取り過ぎなんだよ!」
「大ちゃんの言い方が悪いんですー」
「てめえ…」

 悪びれる様子のないさつきに握り締めた拳は、溜め息と共にほどけた。その代わり、名前を呼んでこっちを見たさつきにでこぴんをお見舞いしてやる。いったーい! と額をおさえて抗議するさつきに、仕返しだ、と言って歩を進める。勿論手加減はしてあるのだから、これぐらい許されるだろう。すげーびっくりしたし。
 そんな俺を追いかけるように、小走りで追いついたさつきが隣に並ぶ。


「でもさー、初日だしまだ緊張してるだけかもしれないよ?」
「…ま、それならいいんだけどな」
「大ちゃん大ちゃん、」
「ん?」
「仲良くなれるといいね!」
「…そうだな」



 満面の笑みを向けるさつきの髪をくしゃりと撫で、上を見上げた。空はまだ、青い。




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