ほろとろ | ナノ

「ホットチョコレート作ろう! 作って! ていうか作れ!」

 開口一番、がさりと音を立てて牛乳と板チョコが入ったビニール袋を前に突き出すと、目の前の大きな男は大きく目を見開いた。


「…あー、とりあえず上がれよ」
「上がってる! おじゃま! ホットチョコレート!」
「ちょっと待った。帰ってきたらすることあんだろ?」
「おれの家じゃないもーん」
「じゃあコレいらねーんだな」
「あっ、うそうそ! やる! 手洗いとうがい!」
「ん、よし」



 材料…と言えるほどのもんでもないけど、それが入った袋をおれの手が届くはずもない遥か高い位置に掲げられ、慌ててやりますアピールをする。そんなおれに満足そうに頭を撫でて笑った火神を合図に、おれはドタドタと洗面所に走った。今頃は火神が、脱ぎ散らかしたおれの靴を揃えてくれていることだろう。
 みんな火神のことをバカって言うけど、おれはそうは思えない。だって、こんな完璧な男は他に見たことないのだ。


「火神ー、おわったーホットチョコレートー」
「わかったって、今作ってやっから」
「やっりー! ありがとう火神!」
「別にいいって。それにしても、どういう風の吹き回しだ?」

 普段、お前牛乳も飲まなけりゃ板チョコは甘すぎて食えない、とか言ってなかったか? と言う火神に、あーそれねー、と返す。確かにおれは牛乳単体では飲むことがめったにない。なんかおなかごろごろするし。板チョコまんまかじる奴とか頭おかしいんじゃないのってぐらいには甘いの嫌いだし。プリンとかなら好きだけど。
 中途半端だって? うるさい。まあそんなわけでおれは滅多に摂取することのない、このふたつを組み合わせた飲み物を火神に要求しているのである。



「最初はさあ、めちゃくちゃ腹減ってコンビニ寄ったんだよ」
「おう」
「で、牛乳に溶かす用のチョコレートっつーの見つけて」
「そんなもんあるのか」
「なんか爪楊枝みたいなのが刺さってんの。ちーっちゃいチョコ」


 あーあれだ、あのとろける口どけ? みたいな四角いちっちゃいチョコぐらいの大きさ。牛乳に溶かしやすいチョコらしいんだけどさー、でもそんなちーっちゃいチョコなのに板チョコ一枚よりたけーんだよ。バカらしくね? でもおれ普通の板チョコをうまく溶かせる自信もないし、配分もわかんないし。甘くなりすぎたらやだし!



「そんなわけで火神にホットチョコレート恵んでもらおうと思って」
「要するに飲みたくなったけど自分じゃ作れねーから、俺のところへ来た、と」
「火神なら絶対間違いないからな!」
「はいはい。飯も食ってくだろ?」
「ごちになりまーす」
「ま、何にせよ先にこっちで休憩入れるか」


 そう言って火神は湯を沸かしていたポットを見た。火神はいつもコーヒーしか飲まない。それもブラックと決まっている。おれはノンシュガーインミルクのカフェオレ。
 火神と仲良くなってからというもの、火神の手料理をいただくのはもはやおれの日常となっていた。こんなこと言ったら睨まれそうだけど、今まで付き合ってきたどの彼女よりも料理がうまいのだ。ていうかぶっちゃけおれの親よりも料理がうまいと思う。
 あまりにもおれが火神の飯をいただくものだから、あんたもう新しい彼女できたの、と親に言われるぐらい。否定しても良かったんだけど、なんとなく男飯だとは言いづらくて曖昧に濁したまま終わってしまって今に至る。うん、正直火神ごめん。




「はい、マグカップ!」
「ん、サンキュ。もうすぐ沸きそうだからそっち座って待ってろ」
「はーい!」

 火神に言われた通りテーブルのほうへ向かい、テレビの正面を陣取った。おれの、ここでの特等席である。
 せっかく火神がホットチョコレート作ってくれるんだから、じゃあおれが火神のコーヒー淹れる! と言いたいところなのだが、コーヒーひとつにしたって火神のそれはうまいのだ。インスタントコーヒーなんて誰が淹れても一緒だろ、と思っていたあの頃の自分を殴りたくなるぐらいには。
 ブラックコーヒーなんてんな泥水みたいなもん、と思っていた矢先に、飲んでみるか? と火神自身が淹れたコーヒーを飲んで衝撃を受けた。結局おれはブラックが苦手なので、先程言った通り火神ブレンドカフェオレに落ち着いたんだけど。



「ほら、熱いから気を付けろよ」
「わーい火神ありがとー! いっただっきまーす!」
「ん。飲めよ」

 マグカップをふたつ持った火神が此方にやって来たので、待ってました! とばかりにおれのぶんを受け取る。漂う甘い香りにテンションが上がり、スプーンが入ったままのマグカップを受け取って冷ますように息を吹きかける。恐る恐るというようにゆっくり口に含むそれは、ほんわりと体内にしみる。
 うまい。飲み込んでからそう言えば、そうか、と笑ってコーヒーが入った自分のマグカップに口を付ける火神は様になりすぎだと思う。


「なんでこんなにうまいの? 熱さもちょうどいいし!」
「だってお前猫舌だろ?」
「そうだけど! そうだけどさあ!」
「何怒ってんだよ。美味くなかったのか?」
「うめーよ! 超うめーよ!」



 これ。これですよ。おれが猫舌なことを配慮してちょっと温めにしてくれてんの。チョコの配分も甘すぎない甘さでこれホットミルクよりよっぽどうめーわ。やべーわ。何がやばいってこれをさらっと作っちゃう火神がやべーよ。勝てない! 同じ土俵にすら立ってないけど! 同じ男としてどうなのよこれ?
 苦し紛れに火神をちらっと睨んでみたけど、おかわり欲しかったら言えよ、と形の良い唇を動かしただけだった。女子すら勝てない女子力、いや男子だから男子力? 違うな、男子すら勝てない旦那力だ!




「おれさー、昔彼女と一緒にイルミネーション見に行ったことあんだけど」
「おー」
「そこで初めて飲んだんだよ、ホットチョコレート。それがすげーうまくて、寒いのもあったと思うんだけど」


 正直、そのホットチョコレートよりうまく感じるわ。そういやあれ熱くて結局火傷したんだっけ、寒くて結局すぐ冷めちゃったんだけどなー。結局彼女とは別れちゃったけどさー!
 火神がコーヒーを飲んでいるのをいいことに、おれは淡々と喋り続けた。いや、だって胃袋掴まれちゃったんだもん。食べるの好きだしおれ、火神の作るごはんは楽しみだなーっていうより、早く食べたい! って待ちきれないの。男の心を掴むには胃袋からって言うけど、火神なら男女問わず鷲掴みだよな。



「そういや火神って女の噂とか聞かねーよな」
「俺はそういうのじゃねえよ」
「へー、もてそうなのに。やっぱりバスケ一筋?」
「…まあ、そういうことにしとくわ」
「? もったいねえなー。男子が泣くぞ」


 やけにはっきりしない火神を不思議に思いながらも笑い飛ばすと、いきなり腕を掴まれた。火神はこっちを見るわけでもなく俯いてるし、掴まれた腕が熱い。
 火神ってあったかいよなー、そう思いながらも、何かの拍子に零してしまったら困るのでマグカップを置いた。せっかく作ってくれたのに無駄になったらやだし。



「おまえは、」
「ん?」
「お前はどうなんだよ」
「おれ? 最近はぜーんぜん! 昔は彼女いた頃もあったけど…あっ、」
「なんだよ」
「そういえば彼女作らなくなったのって、火神と連んでからだなー」


 思ったことを口にしてみただけなのに、今度は火神がびっくりしたような表情になった。
 だって火神飯うまいしかっこいいし面白いんだもん。…でもこの言い方だと、火神のせいで彼女がいなくなったみたいだな。別に火神のせいってんじゃないんだからな! と火神を見ると、おれの腕を掴んでいる手と逆の手を口元で覆って俯いていた。
 …れ?なんで耳赤いの?




「火神ー、どうかした?」
「…なんでもねー」
「そ? ならいいけど。あ、飲んでいい?」
「おう。いきなり悪かったな」
「んーん。あー、お前の作るもんがうますぎてもう彼女がいた頃に戻れない!」

 火神の腕が離れてから思ったことを言って、またマグカップに口を付けた。うん、ちょっと寒くなってきたけどとろっとしててうまい。こくんと飲み込んでから、もう一口! とマグカップを持ち上げると、やんわりと火神にそのマグカップを奪われた。飲んでいいって言ったのにー!



「おれの…」
「わり、ちょっと言っときたいことがあってな」
「は? なに?」
「彼女がいた頃に戻す気もねえし。離してやんねーから」
「ん?」


 それってどういう意味だろう。そんなことわざわざ言わなくても、おれは火神ほど顔も良くないし最近は火神にべったりだから、今更彼女ができるなんて告白でもされなきゃ有り得ないのに。



「…つまり、これからも火神の作るごはん食べれるってこと?」
「あー、今はそれでいい」
「えー、なにその意味深な答え」
「はは。おかわりいるか?」
「いる! おかわり!」
「わかった。いい子にして待ってろよ」


 眉にかからないほどの前髪を掻き分けられ、ちゅっ、という音が響いたかと思えばふわりと火神のにおいがした。
 ん? でこちゅー? 火神って帰国子女だしな、あっちじゃキスとか普通って聞くし。でもこういうのって挨拶じゃなかったっけか。あー、だめだ。おれ日本人だからわっかんねーよ!




「…ま、いいや」

 難しいことを考えるのは嫌いだ。残されたコーヒーの入った火神のマグカップを見ながら、ちょっと温めのホットチョコレートを楽しみに目を閉じた。





fin.

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