:01 | ナノ

「俺の敦に手出してんのはどこのどいつだー!」

 仲睦まじく紫髪の男子と話していたイケメン帰国子女に不運にも飛び蹴りが入ったのは、ある晴れた早朝のことであった。


「氷室ー!?」
「あ、兄ちゃん」
「敦! 久し振りだな! またおっきくなったか!?」
「うん、昨日ぶりー。兄ちゃんは変わんないねー」
「ははは、人が気にしてることをもう! でも敦だから許しちゃうっ」


 ざわざわと騒がしくなるギャラリーとは裏腹に、突如として表れた俺に驚くことなく紫髪の長身男子こと愛するマイブラザー敦はいつものように呑気な喋り方で気軽に挨拶を返した。
 うん、さすが俺の弟だ! 俺より遥か高くなった身長は見上げるのにちょっと首が痛いが、それでも可愛い弟には変わりない。昨日会ったのにそれって久し振りのうちに入るの? という問いはナンセンスだぜ! 愛する弟には毎日、いや常に時間を共にしていたいってのが兄ってもんだからな!



「お前氷室についてはスルーなのか」
「あー? 誰それ福井さん」
「お前がたった今蹴り飛ばしたイケメンアル」
「へー。岡村さんと並んで引き立ってるだけじゃねーの?」
「ワシなんか貶されてない!?」
「まっさかー。岡村さんは敦に良くしてくれるから好き」


 お前は相変わらず敦基準アルな、と呟く劉を余所に、岡村さんはそのイケメンもとい俺がたった今飛び蹴りを喰らわした奴に手を貸して立たせていた。
 さっすがゴリラの鏡! 優しい! とか言ったらあの大きい図体でめそめそと泣き出しそうだから言わないけど。



「しっかし派手にいったなお前」
「敦に手を出そうとしているよからぬ輩がいるという噂を聞きつけちゃあほっとけないのが兄の性分ってもんだよ」
「そんなのお前だけアルねブラコン」
「そもそもただの噂だしな、それ」

 まあイケメンに蹴りかましてくれてすっきりしたけどな、と言う福井さんはイケメン嫌いで有名だ。自分もイケメンなのに。つり目気味だけど。ちなみに俺のことは中身が残念だからいいらしい。ひどい俺だって結構もてるのに! 俺が好きなのは敦だからいいけど。




「だって新入りが敦に馴れ馴れしくしてると聞いちゃ兄としてほっとけないでしょ!?」
「お前の兄貴論は明らかに異常だ」
「途中から入ってきた奴なんかに敦をとられてたまるもんか!」
「子供アル」


 だってだって、まさか俺と同じ高校に来てくれるなんて思わなくて、敦と離れる時だってこっち来てからも泣いてたりしたのに、推薦だけど敦が来るって知ってから俺のエンジョイスクールライフが輝きを増したというのにそれをどこの馬の骨ともわからない奴に打ち壊されるなんて俺は納得できないもん!
 もんとか男が言うんじゃねーよ気持ち悪い。辛辣な言葉を向けながら俺の額を突く福井さんも、いつものことだ。



「にしても、お前一言ぐらい謝っといたほうがいいんじゃねーの」
「は? ありえない」
「あいつ元ヤンだからめんどくせーぞたぶん」
「はははー、余計屈してたまるか」


 先程俺が蹴り飛ばした奴は、立ち上がってすっかり回復したらしい。ぱんぱんと汚れたであろう服を叩いて、相変わらずの澄まし顔だ。ちらっとこっちを見てきたので、俺も負けじと見返す。
 俺の敦に手を出そうとしやがって…! 俺は悪くない、悪くないぞ! 俺はこいつから敦を守ってやるんだ、今だって敦ってば呑気にお菓子食べてるし! 可愛いけど! 人の良さそうな顔して色んな女騙してきたんだろうけど、俺は男だし騙されねえぞ!




「俺は絶対に謝らねえからな! 敦に馴れ馴れしく近付きやがって! 俺より敦と仲良くなるとか許さない!」
「醜い男の嫉妬アル」
「好きな対象が弟だけどな」
「お前が何者だか知らねーけど敦とちょっと仲良くなったからって調子に乗るなよ、このエレガントヤンキーめ!」


 ビシッと指差して言ってやったら、福井さんが勢い良く噴き出した。どうやらエレガントヤンキーという言葉にツボったらしい。
 目の前の男はきょとんとしていたが、しばらくすると口元に手を当ててクスクスと笑い出した。それはまあ優雅に。
 なんだこいつバカにしてんのか。そう思ったまさに今、笑い声がぴたりと止んで俯きがちだった表情がこちらを向いた。
 …えっ、すげーにっこり微笑んでるんだけどちょっと怖い。なんでそんなに笑顔なの。ていうかもうこの手引っ込めていいかな、いいよな!
 そう思っていたらいきなりその手を掴まれて大袈裟なぐらい肩が跳ね上がった。




「な、んだよ」
「君、可愛いね」
「…は?」

 紡がれた言葉に一瞬耳がおかしくなったのかと思った。いや、違う。俺はおかしくない。こいつがおかしいんだ。あたまおかしい。つーかなんだこいつこんなこと言って油断した隙にぶち込もうっつーあれか? それなら俺は女じゃないからたとえお前みたいなイケメンには靡かないし俺が好きなのは敦だけだ残念だったな! すべてがお前みたいなイケメンの思い通りに行くとは限らねーことを思い知ればいい!
 そうほくそ笑んで相手を見ると、ぐいっと腕を引かれる衝動。ふわりシャンプーの匂いがしたかと思うと現状を把握する暇すらないまま、頬に柔らかい感触が落ちた。それはリップ音を立てたまま、ゆっくりと離れていく。



「ごめんね、気に入っちゃったみたい。君のこと」

 女子たちの悲鳴とも言える叫び声が響く中、耳元でそう囁く目の前の男は笑っていた。





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