*01 | ナノ

 初めて会ったのは、母に連れられて行った時のことだった。
 おれは母のことを「お母さん」と呼んでいたけど、これから会う人のことは「お父さん」と呼んではいけないのだと言われた。おれは息子だけど、母さんは妻ということにはならないらしい。
 おれはよく意味がわからなかったけど、「約束できる?」と指きりげんまんを交わしたのがうれしくて、大きな返事をして頷いていた。


「よく来た。どれ、もっと近う寄れ」
「わ、!」
「わっはっは、軽いもんじゃな!」
「おっきい…」

 言ってからはっとなって、そのひとに抱えられたままおれは頭を下げた。今思うととても滑稽だっただろう。
 ごめんなさい、と謝って脳裏をよぎったのは母さんの言葉。
 ここでは失礼があってはいけないのだと、ちがうにんげんなのだと。でもそのひとは、大きく笑うだけだった。おなかに響くような大きな声。きょとんとするおれを、近くにいた男のひとが見つめていた。



「のう佐助、この子は何か謝らなければならぬことをしたかのう」
「いーえ、まったく?」
「えっ、でも、しつれい、が、」
「儂はちっとも失礼だとは思っとらんわい」

 だから気にするでない、とおれの髪をがしがしと撫でる力は痛いぐらいだったけれど、それがどこか気持ちよくておれは猫がすり寄るようにその大きな胸板に頭を押しつけた。あったかいにおいがして、へらっと気が抜けたように笑ったんだと思う。


「…だあれ?」
「やーっと俺様に興味もってくれた! 大将一筋みたいだからどうしようかと思ったよ」
「たいしょう?」
「ああ、君のお父さんですよーっと」
「ちがうよ」
「ん?」
「おとうさんじゃないの」

 振り返って母さんに言われた通りのことを言うと、そんなこと気にする必要ないんだよー、とそのひとは笑った。そのひとは、さすけと言って、新しいともだちが増えたみたいでおれは何度もその名前を呼んだ。呼ぶたびに、はあい、って優しく答えてくれるさすけがすきになって、さすけに手をのばして、そのがっしりした身体に抱えられたそのときだった。



「佐助! お館様の息子殿が来ているというのは本当でござるか!」

彼を敬愛する、兄のようなひとと出会ったのは。





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