Lathyrus odoratus | ナノ

「あ、猿飛。今日お前カレー作るの禁止な」
「…えっ?」

 朝食であるコーヒーを口に付けて啜ろうとした今、目の前の彼が放った発言に間抜けな声を出してずるっと滑りそうになったのは俺だった。


「えっ、ええっ? なんでなんで?」
「なんでも。つーかそんぐらい自分で考えろ」
「答えになってないし! ていうか答える気ないでしょっ」
「ま、そういうこった。赤木じゃねーんだからわかんだろ?」

 リーダーじゃない、と言うのは馬鹿だとでも言いたいのだろう。リーダーが。
 お前が今日カレーを作らなきゃいいだけの話だ、とコーヒーを啜る姿は様になってるけど。
 かわいい顔してるのにこういう時は色気を感じるなあって思うけど。いや、そういう話じゃなくてね? 俺は確かに平和を守るヒーローでもあるけど、バー経営してるんだよ。しかもカレーは売りなの。わかる? ていうか俺のカレー好きだよね? と訴えかけてみるも、朝っぱらからカレーなんか食ったら胸焼けするっつーの、と一蹴されてしまった。そりゃリーダーぐらいしか朝からカレー食べたいって言う人いないけど、でもさあ…。


「作るのは俺の勝手だよね?」
「ダメったらダメだ。今日お前出入り禁止だからな」
「え、俺の店なんだけど、」
「…だから、俺がいいと言うまで入っちゃダメだ」



 もし入りやがったら承知しねーからな。
 ギラリと目を光らせて睨み付けてくる彼に、うっと言葉を詰まらせる。普段から愛想がいいほうではないが、怒るとそれはそれは怖いのだ。入ったばかりの頃は今より無口だったし、例えるなら…尖ったナイフ、いや、出刃包丁みたいだったのだ。本当に。
 悪戯心からだろうか、継ちゃんがセクハラしようとした時も仕返しに回し蹴りを喰らわされたらしく、もう二度とあいつには手出さねえ、と珍しく物静かに呟いていた彼の姿は忘れられない。かく言う俺も隙あらばちょっかいを出そうと…あわよくばチューとか。しちゃおうかと思っていた矢先の出来事だったので、俺は手を出したことはない。出せなかったのだ。そう、それが今のように理不尽であったとしても。




「でも、そしたらお店どうするのさ」
「ああ、店は休みにしといてやったから安心しろ」
「はあっ!? ちょ、勝手にっ、」
「お前が何と言おうと決定事項なんだよ。みんな知ってる」


 え、何それみんなグルってこと?
 さあな。…まさか、ヒーローが問い詰めたりなんてしねえよなあ? ましてや仲間を。
 そうわざとらしく言われてしまって、ああ、とうとう諦めるしかないのだと俺は大きく息を吐いた。
 休暇だと思ってゆっくりしとけ、と俺の頭を撫でる彼はやっぱり様になっていて、気持ちいいなあ、と思っていたらその感触はすぐ離れていく。拗ねてもちゃんと連絡は通じるようにしとけよ、と微笑まれ、拗ねてないよー、と少し頬を膨らまして返す。…うそ。でもちょっとだけだもん。
 またな、と笑った彼に俺は無言で手を振った。




「はあああ〜意味わかんない…」
「お、黄平じゃないか! おはよう!」
「ん〜」
「黄平、だめじゃないか! おはようって返さないと!」
「んー、おはよう…」
「ったく、お前は朝から暑苦しいんだよ。地球温暖化に貢献してんじゃねえのか」
「なんだとー!?」


 途端に騒がしくなったその場にむくりと顔をあげると、見慣れたメンバーが揃っていた。まったく騒々しい、と座ってコーヒーカップを傾ける玲ちゃんだけは落ち着いていたけど。どうやら本当に元気がないらしい俺を見て、どうした大丈夫か、と聞いてくるほどなのだからよっぽどなんだろう。一番騒がしかったリーダーも俺が吐いた盛大な溜め息によって、大人しくなったところで経緯を話した。



「ああ、それか」
「やっぱり知ってるんだ…」
「それなら俺も知ってるぞ! 何せ今日はーんぐっ、」
「何べらべら喋ろうとしてんだよこのバカ。バカは死ななきゃ治らねえのか」
「ば、バカって言うほうがバカなんだぞ! 俺は不死身だ!」
「そうか。じゃあお前は一生バカのままだな」




 ぎゃーぎゃー騒いだリーダーによってまた場は騒然となり、止める元気もない俺は頬杖をつきながらその光景を黙って見やる。リーダーの口を塞いでまで止めた継ちゃんの様子からすると、どうやら口止めでもされているらしい。…俺以外、だけど。

「そんな顔をするな。別にあいつだって、お前に意地悪してるわけじゃない」
「わかってるけどさー、納得いかない! 玲ちゃんだって知ってるんでしょ?」
「お前だってわかってるだろう? あいつを怒らせると面倒なんだ」



 玲ちゃんは直接彼の怒りを買ったことはないけれど、彼の怒るところは見たことぐらいあるのだろう。
 直にわかるから心配するな、と珍しく微笑んだ玲ちゃんにこくりと頷く。ではな、と立ち上がる玲ちゃんを見送りながら、リーダーと継ちゃんの会話をBGMに目を閉じた。


「…もしもし、」
『不機嫌そうな声で出てんじゃねーよはっ倒すぞ』
「ヒーローが言うことじゃないでしょ」
『ま、いいや。お前相当気にしてるみたいだしな。青山から聞いた』




 彼から連絡が来たのは、夕方になる頃だった。あれからずっとほっとかれた俺は無気力に過ごし、電話に飛び付く元気すらなかった。…後が怖いから、一応出たけどさ。バーに来いよ、と言われて一方的に電話が切れる。
 これは、来ていいってことだよね? いや、もうこれで拳骨落とされてもいいや。これ以上ここでじっとしてらんないもん!
 考えるより動くが早いか、俺はすぐさま立ち上がった。



「…黄平さん、来た」
「お待ちしておりましたよ、猿飛くん」
「…ふたりも関わってたの? もー」

 バーの入口で俺を待ち構えていたのは、ゼロちゃんと九楽さんだった。
 すみません、と九楽さんに微笑まれては文句なんか言えないし、黄平、うれしくない? と無表情に首を傾げるゼロちゃんには、それはこれから次第かな、と頭を撫でる。
 これだけ待たされたんだ。何を企んでるのか知らないけど、仲間外れにされたみたいで嫌なんだもん。
 どうぞ、と扉をゆっくり開けてくれた九楽さんを横目に飛び込んできたのは煌びやかな世界だった。


「黄平、誕生日おめでとう!」
「…れ?」

 耳をつんざく爆音と共に、火薬のにおいと紙テープが舞う。そして、息を合わせたように紡がれたお決まりの言葉。あ、今日誕生日だ。その事実に気付いたのがやっとな俺は、だらしなく口を開けたまま呆けることしかできなかった。



「赤木ィ…お前、火薬くさくなるからクラッカーはやめろって言っただろーが…」
「だっ、だって! 誕生日には必要だろ? せっかくの誕生日なんだから熱く祝おう!」
「そんなに熱くなりたいなら溶けるまで煮込んでやろうかバカ、ああ?」
「うっ、バカって…!」
「それとも気絶するまで痛め付けてやろうか、あらゆる方法で。おら、好きなほう選べよ」




 ニヤニヤとまるで悪役のように口端を吊り上げて笑う彼に、うわああああ黄平ー! とリーダーに抱き付かれたところではっとなった俺は意識を戻した。
 そんなリーダーにだろうか、短く舌打ちした彼がリーダーを掴み、空調回してこいバカ、それで許してやる。と告げると、ぱあっと明るい表情になったリーダーは首がちぎれるんじゃないかと思うほどこくこくと頷いてから走っていった。
 …今回までは、な。と低い声で囁いた彼の言葉は聞かなかったことにしよう。



「おら、お前もいつまで突っ立ってんだ。こっち来て座れ」
「そうよー、今日の主役なんだから!」
「あ、うん、」
「全員揃ったな? 座れ。はーい手を合わせてせーのー、」


 いただきまーす、という元気な掛け声に食器を持つ音が響く。
 え、何これ。今のところ誕生日サプライズしてくれたのはわかるけど、それ以外何もわからないよ。
 目の前に置かれた美味しそうなカルボナーラをじっと見つめていると、食えないとか言ったら刺すぞ、とすぐ近くから低い声が響いてきたので慌ててぶんぶんと首を横に振ってフォークを持った。それをくるくると巻き付けて口に運ぶと、おいしい、と無意識に口を開いていた。それにふっと短く笑った彼も、静かに口に運ぶ。




「んー、相変わらず美味しいわね〜」
「ま、たまにゃカレー以外も悪くねえな」
「うっ、うまい! うまいぞおおお!」
「赤木、うるさいぞ。静かに味わえ」
「むむっ、これは美味しい! 是非ともメニューに加えたいな!」
「上品ですねえ」
「…ボク、美味しいってわからないけど、胸がぽかぽかして、あったかい」


 これが美味しいってことなのかな。と呟くゼロちゃんに、そうだぞー俺の料理は美味いからどんどん食えよ、と教えてあげる彼は満足そうだった。
 横に置かれたグラスには、カットされたオレンジが目を引く黄色の液体が入っている。カクテルだろうか。口を付けると、シャルトリューズのハーブとオレンジジュースの爽やかな味わいが口いっぱいに広がる。



「ティップントップだ。誰かの飲むのなんて久し振りだろ」
「あ、うん」
「俺としてはもっと強いほうがいいけどな」
「アルコール普通だってんだよ、お前は黙ってウイスキー飲んどけ。キープあるだろ」

 自分で取ってこい、と彼が告げるとへーへーと言った継ちゃんが席を立った。
 ったくあの野郎は、と彼が溜め息を吐いたところで俺は口を開く。


「…これ、もしかして黄色って、」
「あー? お前一応イエローだからな。合わせてやった」
「今日カレー作るなって言ったのも?」
「あー、まあそれもあるが…っと、これを忘れてた」


 そう言うなり、ずいっと前に差し出されたのは花瓶。
 やる、と言われてその花瓶ごと少し持ち上げながら、これごと?と聞けば無言の肯定が返ってくる。飾らなかったら殺す、と言われて俺は勿論飾るよ、と恐怖半分で即答したけど。残りの半分は本心。



「今日の誕生花なんだよ。スイートピー」
「えっ、わざわざ用意してくれたの?」
「たまたま咲いてただけだ。嗅いでみろよ」

 名前の通り甘い匂いがするから、と言われて近付けるとなるほどいいにおいだ。
 お前にカレーなんて作られたらこの匂いが消えちまうからな、と言われてすべてを理解した。
 この花の匂いを消さないためにも、俺にカレーを作らせなかったのだと。…まあ、リーダーいわくどうしても外せないクラッカーという予想外の事態が起きたために予定は狂ったらしいけど。



「ありがとね」
「ん。今度カレー作れよ」
「はいはい、チキンカレー?」
「それ以外ねーよ、あとうまい酒な。…まあ今日はとりあえず、」

 黙って祝われとけ。
 そう言って持ち上げたグラスを差し出され、俺も笑ってグラスを持ち上げる。ぶつかったグラスが軽快な音を奏でた。それに目ざとく気付いたのか、俺もやりたい! とリーダーが立ち上がる。しょうがねえな、と笑う彼は少し上機嫌になったようだ。
 それでもリーダーがあんまりうるさくなるとまた機嫌が悪くなりかねないので、俺からリーダーに近付こうと立ち上がったところ。


「誕生日おめでとう、猿飛」
「…ありがとうっ」

 口説かれるように甘い言葉が落ちてきて、俺は笑った。彼も笑った。みんな笑っていた。
 ありがとう。そんな思いを込めながら、俺のグラスはまた軽快な音を立てるのだった。夜はまだ終わらない。





fin.

Happy birthday to Kouhei !
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