ほしふるよるに | ナノ

「兄ちゃんって菅原先輩の喜ぶものわかる!?」
「…とりあえず、人の部屋に入る時はノックしような?」

 上半身裸になって今から下を着替えようとしていたであろう兄ちゃんが、ドアが壁にぶつかるぐらい大きく開いた俺を見て静かに言った。



「あっ、ごめん。やり直す」
「いや、いいから。着替えるまで待ってろ」


 はあ、と溜め息を吐いた兄ちゃんにこくりと頷きながら、兄ちゃんのベッドにゆっくり座る。素早く着替えた兄ちゃんは、隣に座ると静かに口を開いた。


「で? スガが何だって?」
「菅原先輩、もうすぐ誕生日でしょ?」
「何だ、知ってたのか」
「日向が喋ってた」
「ああ…てっきり俺は、情報収集でもしたのかと」
「なっ…そ、そんなストーカーみたいなことしないし!」
「へえ?」



 意地悪く笑いながら言ってくる兄ちゃんに反抗するように軽く腕を叩けば、硬い筋肉にこっちが疲れた。
 お、同じ男なのにこんなに違う…! それに引き換え、おれって…。
 自分の腕の肉をつまんでみれば、それはぷにぷにと柔らかい触感で当たり前だけど筋肉なんてものはない。
 そりゃおれは兄ちゃんみたいにバレーなんてハードな部活やってないし、帰宅部だけど! …菅原先輩も、兄ちゃんと同じように、がっしりしてるのか、な。


「今、スガのこと考えてたろ」
「ちっ、ちが、」
「わない。ほら、赤くなった」
「に、兄ちゃんのせいだ…!」
「スガのせいだろー?」

 お前をここまで夢中にさせるんだからなあ、と兄ちゃんに言われては何も言えない。ていうか、おれが兄ちゃんで口で勝てるわけないんだけど。
 それをわかってるのか兄ちゃんも意地悪なことを言ったあとは、必ず今みたいに頭を優しく撫でてくれる。それで機嫌が直るおれもちょろいとは思うが、兄ちゃんには感謝しているのだ。何たって、兄ちゃんのおかげで菅原先輩と出会うことができたといっても過言ではないのだから。



「スガのこと好きなわりには、あんまり練習見に来ないよな。おまえ」
「だ、だってあんまり見に行ったら、欲張っちゃいそうだから…」
「どんな?」
「も、もっと話したい、とか…?」
「張り合いのない欲だよなあ、ほんと」


 苦笑する兄ちゃんと同じようなことを昔から周りの大人に言われてきたけれど、おれは今でもそれがわからなかった。菅原先輩に会ってから、もっと話したい、知りたい、と思うたびにわがままだと思っていたのだけれど兄ちゃんが言うにはそうでもないらしい。
 だから悪いってわけじゃないんだけどな、と兄ちゃんに言われるので、まあいいか、とおれ自身気にせずここまでやってきたところはあるのだけれど。




「それに、月島があんまりいい顔しない…」
「あー…」
「やっぱりおれ部外者だし、じろじろ見られるのもあんまりいい気分じゃないよね」
「いや、ただ単に照れてるだけじゃないか? 俺も、お前が来てくれたら嬉しい」
「ほんと?」
「ん。清水を手伝ってくれると助かるしな」


 スガの誕生日には来いよ、言っておくから。
 そう言われてこくりと頷けば、兄ちゃんも笑みを返してくれる。
 菅原先輩を見るの、久し振りだなあ。楽しみだ。って、菅原先輩の誕生日なのに自分が楽しんでどうするんだ…!
 頭を抱えそうになった時に、そもそもの本題を思い出した。

「あっ、それで、菅原先輩の好きなものとか…」
「んー…好物は激辛麻婆豆腐だけどなあ」
「そ、それはさすがに無理…おいしいお料理はお母さんが作って待ってるだろうし…」
「ていうか、たとえ俺でも誕生日にしょうゆラーメン貰っても正直微妙だぞ」



 そりゃ俺の好物だけど、誕生日にまでそんなもの貰ったらちょっと悲しいだろう。しかもそれがインスタントで、大量に被ったら嫌だろ?
 そんなことを言われて、考えてみればなるほど確かにそうか、と頷いた。
 好物だけが喜ぶとは限らない…か。でも、そしたら何をやれば…? ああ、もうわっかんない…!
 うんうん唸るおれを見て、でも、と兄ちゃんが口を開いたので顔を上げる。




「もし、一生懸命考えてくれてそのプレゼントだったなら嬉しいけどな」
「そういうもん…?」
「そういうもんさ。要は気持ちだよ」
「気持ち…」
「たとえ価値のないものでも、自分のことを考えてくれたんだなあ、ってわかったら嬉しくてたまらないけどな。俺は」



 そう言って立ち上がった兄ちゃんは、机の引き出しを開いてあるものを手に取った。差し出されたそれを見ると、まだおれが小さい頃…小学生になる前かな? 兄ちゃんの誕生日プレゼントとして送った手作りのマッサージ券、だった。まだ取ってくれてたんだ…。
 “まっさーじけん”と、へたくそな文字で書かれたそれが懐かしい。誕生日当日にそれを使ってくれた兄ちゃんに一生懸命マッサージ…のようなものをした記憶はあるけれど、まだ力のなかったおれのマッサージは兄ちゃんにとってくすぐったかったことだろう。


「ただの紙切れ同然だけど、今でもこうして取っておくぐらい嬉しかったからな」
「わー…う、うれしい…」
「だから、たとえ他人から見たらくだらないものだっていいんだよ」
「が、がんばる…!」

 がんばれ、と頭をぽんぽん叩かれる。
 菅原先輩に受け取ってもらえるようなプレゼント考えなきゃ…! と独り言で口に出したつもりだったのだが、もし万が一にでもスガがお前のプレゼントを受け取らないようなことがあれば俺がスガをぶっ飛ばしてやるからな、と目の笑っていない笑顔で言った兄ちゃんにピシッと身体が固まる。
 こ、これは菅原先輩のためにも頑張らなくては…!



「ていうか、これ今でも使えるんじゃない?」
「…ん?」
「マッサージ券。今でいいならやるけど」

 だいぶ余っているマッサージ券を指差せば、あー…と言葉を濁す兄ちゃん。アドバイスしてもらったんだし、連日のハードな部活で疲れは溜まっていることだろう。プロのようにとはいかないけれど、おれだって成長したんだし昔よりマシなマッサージはできるはずだ。

「えっ、やだ…?」
「ってわけじゃないんだが…お前、上に乗るだろ?」
「? うん」
「…じゃあやめとくよ。勿体無いしな」
「ええー…思い出に取っときたい、とか?」
「ま、そういうことでいいかな。今は」



 やけに含みを持たせて言った兄ちゃんに首を傾げれば、困ったように笑って頭を撫でられた。
 な、なんなんだろう…。大きくなったぶん恥ずかしいとか?
 あんまり深く考えすぎんなよ、と言う兄ちゃんに頷いて、おれは兄ちゃんの部屋を後にするのだった。




「ねー、月島って何貰ったら嬉しい?」
「…君はさ、いただきますもできないわけ?」
「あっ、いただきます!」

 翌日、昼休みのこと。いつものように弁当を広げながら話しかけたおれに月島が溜め息を吐いた。はいはい、とあしらうように返した月島も自分の昼飯であろうパンの袋を開ける。
 あ、朝練お疲れ! と言えば、君と話してるほうが疲れるんだけど、と素っ気なく返される。
 最初は落ち込んだりもしたけど、ツッキーは照れてるだけだから、と山口にフォローされてからは気にしないことにした。
 ごめんってー、と返せば月島は眉間に皺を寄せる。


「で? 菅原先輩の誕生日?」
「おお…さすが月島、頭いい…!」
「君がわかりやすいだけでしょ」
「で、ものは相談なんだけど!」
「まだ聞くって言ってないんだけど」
「聞いてくれないの…?」
「…早く済ませろよ」

 ありがとう! と手を握ってぶんぶん振れば、いいから早く、と月島に手を払われる。そうだ、月島が聞いてくれるうちに話してしまわなくては!
 腕組みする月島に一生懸命昨日のことを話せば、聞き終わった月島が息を吐いた。



「で? 僕にどうしろっての」
「んー…アドバイス? がほしい!」
「アドバイスなら、主将ので充分なんじゃないの」
「だって、結局わかんなかったし…月島なら同じ部活だから…」
「…僕が主将よりわかるわけないだろ」
「ううーん…だよね…」


 箸で弁当箱の中のおかずを口に運びながらうんうん唸っていると、うるさい、と言われたので食べることに集中する。
 兄ちゃんは、気持ちが嬉しいって言ってた。その人のことを想うのが大事だと。でも、いざとなったら何を贈ればいいのかわからない。そういえば月島っていつもパンだけど飽きないのかな、健康面とか…。
 そう思って、おれはあることに気が付いた。




「月島! これ! たまごやき食べて!」
「は、何」
「いいから! ほら、口開けて!」
「…っそれぐらい自分で」
「はーやーくー、あーん」
「っくそっ…」

 箸で掴んだ玉子焼きを差し出せば、月島は文句を言いながらも口を開いてくれた。渋々といった様子の月島の口に玉子焼きを運んで箸を離せば、もぐもぐと咀嚼する。少し離れたところで女子が騒いでいる声が聞こえたが、今のおれにとっては気にしている余裕はない。
 飲み込んだのを確認して、おいしい? と聞く。
 おいしいけど、と言ってくれた月島にうちの玉子焼きはお気に召したらしい。うん、よかった。


「月島さあ、いつもパンだから不健康じゃないのかなーって」
「余計なお世話」
「だって細いしさあ…」
「君に言われたくないんだけど」
「うっ…と、とにかく! おれは月島が心配になったの」
「…で?」

 痺れを切らしたのか、月島が足音を立てる。
 早く言えってことか…。心配した結果、月島に玉子焼きをあげてみました! うれしかった? と聞けば、月島は嫌そうにこくりと頷いた。
 もう口に出すのも嫌って感じだな…。月島は素直じゃないみたいだからわかりにくいけど、こんなおかずひとつでも喜んでもらえることは実感できた。よし、なんかイメージ浮かんできたかも!



「月島、ありがとう!」
「意味がわからないんだけど」
「月島のおかげでなんとなくわかったから! 玉子焼きも食べてもらえたしっ」
「どうせ親とかが作ったんでしょ」
「いや、弁当はおれが毎日作ってるよ?」
「…は、」
「あっ、そういえばおれが作ったやつ家族以外の人に食べてもらったのって月島が初めてかも!」


 おいしいって言ってもらえたしよかったなー、と月島を見れば固まっていた。
 えっ、なんで? もしかして具合悪くなったとか…!?
 慌てて月島の顔色を見ようと顔を近付ければ、月島が焦ったように顔を遠ざける。口元を手で覆ってから顔を背けたからもしかして吐きそうなのかと思ったけれど、耳が赤い…?



「だ、大丈夫? 本当はおいしくなかったとか…」
「わざわざそんな嘘つかないし」
「あー、よかった! おれのせいかと思っちゃった!」
「…これだから無自覚は苛つくんだよ」
「ん? なんか言った?」
「別に? 君の空耳じゃないの」


 月島がぼそぼそと何かを喋ったけれど、おれにはよく聞こえなかった。
 月島の言う通り空耳かもしれないなあ、とおれも弁当に口を付ける。
 横で舌打ちが聞こえた気がしたけど、頭の中がすっきりしたおれは気にすら留めなかった。

「こんにちはー…」
「あっ、いらっしゃい! 澤村くんから話は聞いて…って君も澤村くんだよね、ごめん」
「あはっ、いいえ。今日はお邪魔します」
「どうぞどうぞ。あっ、椅子出すからちょっと待っててね!」



 とうとう迎えた、菅原先輩の誕生日。兄ちゃんの言う通り、部活に顔を出したおれは笑顔の武田先生に迎えられた。
 椅子を取りに向かおうと立ち上がる武田先生を慌てて止め、今日は清水先輩のお手伝いするつもりで来ましたから! と言えば、そう? と武田先生はやり場のない手を下ろした。
 大して役に立てないかもしれないですけど…
 ごにょごにょ言えば、そんなことないよ! 清水さんもすっごく助かると思う、ありがとう! と笑顔を向けてくれる武田先生は間違いなく癒し系だと思う。
 じゃあちょっと着替えてきますねっ、と荷物を持っておれはトイレに向かった。




「すいません、遅くなりましたっ」
「ううん、全然! じゃあ清水さんのところに行ってもらえるかな」
「はいっ」

 ジャージに着替えて小走りで清水先輩のもとへと向かう途中、兄ちゃんに声をかけられて振り向く。
 頑張れよ、と言われて、兄ちゃんもね! と返せば、ここでは主将だぞ、と額を小突かれる。
 くすくすと聞こえた笑い声に目を向ければ、菅原先輩がこっちを見て笑っていた。
 は、恥ずかしい…!
 ぺこりと頭を下げて今度こそ清水先輩のもとへと走る。



「お疲れ様です! 清水先輩っ、今日はよろしくお願いします」
「うん、久しぶり。助かる」
「はいっ、雑用でも何でもやるので何なりと申しつけてください!」
「うん、心強い。ありがとう」

 清水先輩が微笑んだ途端に田中先輩と西谷先輩の叫び声と視線を感じたけど、こっち、と清水先輩に言われておれは走った。
 あああ先輩たちごめんなさい…! あ、あとで謝っておこう…。


「じゃあ、ドリンク頼める?」
「あ、はいっ」
「できたら言って。味見るから」
「了解です!」
「ああ、菅原はちょっと薄めが好きだから」
「え…っ、あ、はい」

 くすり、とまた笑われておれは頬が熱くなるのを感じた。お、落ち着け。今は部活中なんだから…!
 まあ察しの通りというか、おれが菅原先輩に好意を寄せていることはバレバレだ。少なくとも、兄ちゃんと清水先輩には。
 こう言ってくれるのはありがたいけど、嬉しいやら恥ずかしいやら…。
 できたドリンクを清水先輩に味見してもらって、合格をもらったおれは安堵する。



「菅原のタオルとドリンクは任せたから」
「あっ、ありがとうございます…?」
「…顔、赤い」
「うっ、み、見ないでください…」
「今からそんな赤くて大丈夫? …ん、熱い」
「だっだだ大丈夫ですから…!」


 清水先輩にそっと熱くなった頬を触られて、おれはやんわりと離れる。また田中先輩と西谷先輩の絶叫が聞こえた気がしたけど、兄ちゃ…主将に言われて静かになった。
 あああ、ごめんなさい清水先輩はおれのこと弟みたいに思ってるだけですから…! な、殴られる前に謝っておこう…。
 俯いてそんなことを思っていると、名前を呼ばれて慌てて顔を上げる。



「菅原に何あげるか決めた?」
「あっ、はい、なんとか…喜んでもらえるかわからないんですけど、」
「大丈夫、きっと喜ぶ。自信持って」
「清水先輩…」
「もし万が一にでも喜ばなかったら、私が殴ってあげる」
「えっ、いや…は、はひ…」

 にっこり笑って拳を作った清水先輩に、兄ちゃんの時同様おれは固まった。どっちも万が一と付けてくれるのは、心遣い故なんだろうか…。
 お気持ちは嬉しいですけど、同時におれのハードルが上がってる…!
 菅原先輩のためにも頑張らなければ、ぐっと握り拳を作っておれは残りの作業に掛かった。




「はい、終了ー!」
「えっ、もう終わりっ、」
「今日はスガの誕生日だから早めに切り上げるぞー。ほら片付けて準備準備ー」
「前から言ってただろボゲ」
「うっ、うるさいな! ちょっと忘れてただけだしっ」


 影山と日向がぎゃあぎゃあ騒いでいるのを見て、いつも通りだなあ、と眺める。
 準備、しような? と笑顔の兄ちゃ…もう兄ちゃんでいいや。そう言われて無表情のまますぐ準備に取り掛かっていた。おれも手伝おうとしたところ、休んでて、と清水先輩に言われたのでおれは伸ばしかけた手を下ろすしかなかった。
 ど、どうしようこれ。



「っていうか、サプライズとかしないんだ…」
「去年は頑張ってくれたんだけどなー」
「! おっ、お疲れ様ですっ菅原先輩っ」
「うん。あ、ドリンクありがとなー。タオルも」
「と、当然のことをしたまでで…」

 いつの間にか隣にいた菅原先輩に心臓が飛び出そうになりながら、おれはなんとか菅原先輩と会話した。
 去年はサプライズを計画していたらしいのだが、田中先輩と西谷先輩がサプライズについて話していた時、後ろに菅原先輩がいたのに気付かなかったんだとか。もともと菅原先輩は鋭いところがあるし、それ以来サプライズはしないことになったらしい。


「久しぶりだべ? 来るの」
「あっ、はいっ」
「元気そうでよかった。澤村からよく話は聞いてたんだけど」
「えっ、どういう…」
「んー? 内緒」

 にしし、と歯を見せて笑う菅原先輩にどきりとしたその瞬間、準備ができたらしく兄ちゃんが集合の合図を掛ける。行こっか、と菅原先輩に微笑まれ、慌てて菅原先輩の後を追った。



「あー、楽しかった!」
「飯入るかなあ、これ」
「俺余裕で入る! おかわりするし!」
「俺はおかわり2杯だ」
「むっ!? じゃあ俺は3杯だ!」


 ささやかな誕生日パーティーを終えた後、帰る準備を済ませた影山と日向が前でまた言い争っていた。
 このふたり、ほんと仲良いよね。本人たちは言うと怒るけど。
 そんなふたりに反して、おれはちょっと落胆気味。というのも、誕生日おめでとうございます、との言葉は言えたのだけれどさすが今日の主役と言うべきか。プレゼントを渡す暇がなかったのだ。おれのばか…!
 ありがとう、って笑ってくれた菅原先輩が見れただけでもよかったのかも。
 ポケットで、ぎゅっとプレゼントを握り締めたその時だった。




「何、変な顔してんの」
「っわ、月島か! びっくりした。お疲れ」
「質問の意味、わかってる? 何してるのって聞いたんだけど」
「あっ、あー…プレゼント、渡しそびれ、て」
「……は?」


 何やってんだこのバカ、という表情で月島がおれを見る。
 ううう、自分でもそう思ってるんです…!
 はあ、という溜め息が聞こえたあと、月島はおれから離れて兄ちゃんに何かを話している。
 こ、ここからじゃ聞こえない…。
 おれのもとにやってきたのは、兄ちゃんだった。



「今日、俺たち寄るところあるんだ」
「えっ、そうなの?」
「ん。時間かかりそうだから、菅原に送ってもらえ」
「えっ!?」
「あ、拒否は受け付けないからなー。もう話通してきたから」

 家の前までだぞー、と兄ちゃんはひらひら手を振って離れる。
 そ、そんな殺生な…!
 ちらりと前を見ると、月島と目が合う。…たぶん、月島が言ってくれたんだろうな。だったらおれも勇気を出して、頑張らなきゃ!
 ありがとう! と月島に向けて叫んだけれど、月島は黙って歩いていくだけだった。


「悪いな、気遣わせて」
「…何のことだかわかりません」
「ああ、俺はお前が奪ってくれてもいいと思ってるからな?」
「…は、」
「ま、頑張れってこと」

 あいつが幸せになるなら、俺は何も言わないさ。
 そんな会話がされていたのは、遠く離れていたおれには聞こえるはずもなかった。




「す、すみませんなんか…」
「いや、いいよ。俺も久しぶりに話したかったし」
「あっ、おれも…です」
「ほんと? よかった」

 ははっ、と笑う菅原先輩の隣を歩けていることが不思議でたまらないけれど、おれはやるべきことをやらなくては…!
 あのっ、と立ち止まれば、ん? と菅原先輩も同様に止まってくれる。おれはポケットから取り出したプレゼントをすっと差し出した。


「た、誕生日プレゼント、なんですけど…」
「えっ、わざわざ悪いな。開けていい?」
「えっ、大丈夫です…けど、」
「…へー、かわいい。ストラップ?」



 あっという間に手渡したプレゼントのラッピングを開ける菅原先輩に驚きながらも、菅原先輩の取り出したプレゼントについておれは口を開いた。
 おれが菅原先輩に選んだのはストラップで…といっても、お守りである。手作りの人形のようなそれは、付ける時に願いを込めるものらしい。そのストラップから人形が切れてなくなった時、願いが叶うんだとか。
 嬉しいよ、ありがとうな。
 そんな菅原先輩の反応にそっと胸を撫で下ろす。菅原先輩が兄ちゃんにも清水先輩にも殴られなくてよかった…!




「あ、誕生日ついでにお願いしてもいい?」
「えっ、はい、どうぞ!」
「アドレス交換、したいんだけど」
「えっ…あっ、はい、大丈夫です…!」
「ほんと? よかったー。前々から言おうと思ってたんだけどさ」


 なかなか来なかったから、タイミング逃してたんだよなー。大地から聞くのも何だし、と言う菅原先輩に必死に頷きながら赤外線通信をする。
 菅原先輩の誕生日なのに、自分がこんなに幸せでいいものか…。
 アドレス帳に登録された名前を見て、どうしようもなく笑顔がこぼれた。



「いつでもメールしてきてくれていいよ。俺からもするし」
「はっ、はい…! 菅原先輩っ」
「ん?」
「…誕生日、おめでとうございます」
「ん、ありがと!」

 笑顔の菅原先輩と並んで、さっきより近くなった隣を歩く。何でもない夜空の星が、今日は一際綺麗だと思った。





fin.

Happy birthday to Ko-shi !
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -