第二次世界雄戦 | ナノ

「おねぼうさんですね」
「…オハヨーゴザイマース」

 布団から顔を出した俺を眺めるその顔は、これが初めてではなかった。


「若様、失礼します…け、謙信様!」
「おや、かすが。おはようございます」
「申し訳ありませんっ、確認もせず…!」
「ふふ、よいのですよ。きょうもおこしにきてくれたのでしょう? たすかります」
「謙信様…!」

 花すら舞いそうな、目の前のふたりのやり取りを見て起きるのが俺の日課になりつつあった。
 花びらレベルじゃねーんだよ、満開の花でそこら中埋め尽くされるような。うるさい目覚ましよりよっぽど効果的かもしれない。
 そう思いのそのそと起き上がって、大きな欠伸をひとつ。




「ていうかさ、その若様ってのやっぱりやめない?」
「何をおっしゃるのですか…! 若様は、謙信様の弟君なのですから!」

 どういうわけだか、俺はあの上杉謙信の弟になっていたらしい。というのも、もともと俺は大学生だった。で、バーのバイトしてた帰り。チャリこいでたら車が向かってきて、まぶしいと思ってそれで終わり。たぶん死んだと思うんだけど、何せそこまでしか記憶がないのだ。次に目が覚めた時には、布団の上だった。俺が上杉謙信の弟になっていたと知ったのは、そこからである。
 何を言ってるのかわからねーと思うが、ってアレ?このネタ通じる?



「そろそろ着替えたいんだけど…」
「では、さきにおちゃでものんでまつとしましょうか」
「そーして。先に食べていいし」
「いけません! このかすが、たとえ日が暮れようとも若様をお待ちします!」
「…うん、なるべく急ぐよ」


 部屋を出て行ったふたりを見送って、ふう、と溜め息を吐く。ただの上杉謙信ならまだしも、あれだ。スタイリッシュ英雄ゲームの上杉謙信だったのだ。妹がやってたから知ってるし、レベル上げやらされたもん。
 まあ、当然彼女がそばにいるわけで。かすがね。目が覚めてふたつの綺麗な顔に覗き込まれて、夢かと思ったよね。だってゲームで見たことある顔なんだもん。




「でもさ、なんでよりによって現代?」

 そう。ここは戦国とは無縁の、前の俺が生きてきた同じ現代だったのである。
 しかも俺、高校生。まあ戦国より安全だからいいんですけどね。
 上杉謙信…兄さんは、そこの教師。かすがは同じクラスで、他にもよく知ったキャラクターたちが勢揃いだったが俺の知る人物はひとりもいなかった。いや、有名すぎるぐらい知ってるんだけど。前いた俺の世界の、身近な人間は誰ひとりとして存在しなかった。
 つまり、俺が生きた世界とはまったく別物なのであーる。


「死んでも天国に行けるわけじゃねーんだなあ」

 トリップ? 転生? 成り代わり? よくわからんが、その類のものが今であると俺は理解している。
 顔だけは可愛い妹が、よく好んでいたので知識だけは入っていた。ちなみに顔だけは可愛いというのは妹は腐っていて、男同士をくっつけて妄想しては泣いたり悶えたりしている女の子だった。可愛いけど。可愛いのに。



「やべっ、早く行かないと」



 独り言が多すぎた。あんまり遅くなるとかすがにまた心配される。
 おそらく呆気なく死んだ俺が何の因果かは知らないが、せっかく生きているのだ。しかもゲームのキャラと同じ世界に生きてるなんて不思議体験してるんだもの、楽しまなきゃ罰が当たるってもんだよね!



「本当にいいのですか…?」
「いいって、たまにはゆっくりしてきなよ」
「何かあったら、すぐに連絡してくださいませ…! かすがは、かすがは…!」
「うん、おみやげ楽しみにしてるから」
「最高の品を手に入れてきます…必ずや…!」

 そんなに畏まらなくていいのになあ、と思いながら兄さんと少し距離を空けて歩くかすがを見送る。
 彼女が兄さんのことを敬愛してやまないのは周知の事実で、たまにはふたりで出掛けてきたらどうか、と提案したのは俺だった。
 いつもかすがにはお世話になってるし、お礼のつもりで言い出せば兄さんもすんなり頷いてくれたからね。


「妹みたいで可愛いんだよなあ」

 前の妹とは似ても似つかないが、前の妹も、そして勝手に妹と思っているかすがも可愛い存在には違いない。
 最初は申し訳ないと言って俺も誘われたのだが、それでは意味がない。特に予定もなかったのだが、数秒悩んだ挙げ句俺は予定を作ることにした。



「邪魔するよー!」
「待って、今行くー…ってもう上がってるじゃん」
「邪魔するよって言っただろ?」
「いや、せめてもうちょっと待つとかさあ…まあいいや」

 来客を告げる呼び鈴が鳴ることもなく、姿を表したのは慶次だった。俺が呼んだんだけどね。
 作った予定というのは、慶次と遊ぶことである。明るいムードメーカー気質の彼と仲良くなるのに時間はかからなくて、明日ひとりなんだけどうちに来ないかと誘ったら即答で返事された。
 もう靴を脱いでいた慶次に、座って待ってて、と言いお茶の準備をする。



「あっ、これまつねえちゃんから! 饅頭だってさ」
「ん、悪いね。あとでおみやげ持って帰ってよ」
「今日は何作ったんだい?」
「シュークリーム。今食べる?」
「食べる! おみやげ俺のぶんも入れて!」
「はいはい。お茶? コーヒー?」
「緑茶!」



 慶次から受け取ったお菓子を受け取りながら、お茶の準備をする。俺はいつもならコーヒーなんだけど、めんどくさいからお茶でいっか。
 シュークリームにお茶は果たして合うのだろうか、と思いながら冷蔵庫を開く。前の世界の時からお菓子作りは俺の趣味で、まあこっちに来てからもやってます。だって自分で作ったほうがおいしいんだもん。慶次は毎回おいしそうに食べてくれるので悪い気はしないし。


「はい、お待たせー。熱いから気を付けて」
「おっ、悪いね! …あー、やっぱり日本人はお茶だよなあ!」
「ほんとお茶好きだよね」
「あんたは好きじゃないのかい?」
「んー、そんなことはないよ。ただコーヒーのほうがよく飲むかな」


 まあお茶にしろコーヒーにしろ、俺は猫舌だからそんなにすぐ飲めないんだけどね。
 目の前ですぐお茶を飲み始めた慶次を横目にそんなことを思いながら、ふうふうとお茶に息を吹きかける。だいぶ冷ましたつもりだったけど、ゆっくり啜ってみるとまだ熱かった。熱さに舌をべっと出してみれば、慶次が俺を見て笑った。
 すみませんね軟弱で。熱いのは苦手なんだよ。
 あ、でもシュークリームとお茶は意外に合うわ。アリだな、今度兄さんとかすがにも出してみよう。



「んっ、うめえ」
「そりゃどーも。…ってほら、クリームついてる」
「え? どこ?」
「あー違う、そこじゃなくて…ちょっと待って」
「ん?」
「…っん、はい。取れた」


 うまいと言って食べてくれるのは嬉しいが、慶次はちょっと食べ方が雑なところがある。まあシュークリームだし男らしい食べ方でいいとは思うのだけれども、クリーム口に付けといて気付かないほどなのでほっとくわけにもいかず。
 慶次の口元に指を伸ばして、クリームを指で掬ってそれを舐めた。最後に指を吸えば、慶次が口を半開きにしたままこっちを見つめていた。



「あんた、さあ…」
「ん? あ、ティッシュ使う?」
「いや、ティッシュは別に…やっぱりもらう」
「ん、どーぞ…っうわ!?」


 ティッシュを箱ごと渡せば、何故か立ち上がる慶次。そのまま向かいに座っていた俺のほうまで歩いてきたかと思ったら、いきなり強く腕を掴むもんだから俺は慶次に引っ張られるような形で倒れ込んだ。
 慶次が何を思って行動したのか理解できなかったけど、抱き留められたおかげで痛みを感じることはなかったのでお礼を言う。聞こえてきた深い溜め息は慶次のものだ。

「け、慶次?」
「ごめんよ、先に謝っとく」
「え? いや別に、っていうかむしろ俺が―」
「違うんだよ」


 何が違うというのか。首を傾げると慶次が困ったように笑って、俺の背後に回る。
 え、今俺慶次と話してたよね? 顔を見て話したくないとか、そういう? えっと地味にショックなんだけど!
 そう思っていた俺は、自分の考えが浅はかだったことを知る。


「勃っちゃった」

 密着されたかと思えば、後ろから固いものが当たったのがわかった。
 奪っちゃった、とかいうのあったなーと思う俺の頭は現実逃避しようと思うことでいっぱいだ。かわいい言い方されてもやってることがエグい。やっぱり無理だ。
 すん、と首筋を嗅がれて悲鳴にも似た変な声が出た。耳元で慶次が笑ったような気がして、俺は必死に慶次の腕から抜け出す。


「ちょ、なん…はっ?」
「だから言っただろ? 先に謝っとく、って」
「謝られるようなことっ、」
「謝らなくていいの? 俺はやめないけど」


 自分が混乱しているのは一目瞭然だった。だって友達と思ってた奴に押し付けられてしまっているのだ。ナニを。後退りしてみるも、じりじりと距離を詰められて顔が引きつる。
 頼むから謝らないでください謝られるようなことを俺はされたくないから!
 そんな懇願すらも掻き消すような慶次の笑顔が怖い。そっちにばっかり気を取られていたのか、足元が滑った。ぐらりと傾く身体は止めきれず、緩い衝撃が襲う。唯一、畳だからそれほど痛さを感じなかったのが幸いと言うべきだろうか。




「ったあ…」
「だめじゃないか、気を付けないと。怪我は?」
「ない、けど」
「そりゃよかった」

 よくない。全然よくない。間抜けにも滑って尻餅ついた俺は悪いけど、なんでその上に覆い被さるように乗ってきてん、の?


「あんたには悪いと思ってるんだよ。こんな場所でさ」
「え、あ」
「そんなに怯えないでくれよ。優しくするから」

 あっこれ聞いたことある、確かあれだわーおっ始めようとする時に怖がる受に攻が優しく言うことだわー。
 妹から知識を植え付けられたからなー頼んでもないのにね! それがここでやっと役に立…つわけがない。絶対ありえない。どうやったら俺より体格の大きい男から逃げられるって言うんだ。
 そもそもここリビングじゃないですかーいやーん兄さんの趣味で畳だから痛くないね! わあい余計ピンチだよ!



「ひっ、」
「そんな声で鳴くんだ。…いいね」
「ちょっ、タンマ…!」
「だーめ、待ったなし。もう我慢できねえよ」

 現実逃避することに必死になっていたら、腰をなぞられてぞわり。変な声出るし、慶次の声がなんかえろいこんな急展開求めてない。お兄ちゃんは薔薇ワールドに引きずられそうだよまいしすたー。これが女の子ならどんなによかったことか!


「け、いじ、」
「そんな顔しないでくれよ。苛めたくなる」



 目が合ってしまったと思った。ぎらぎらとした慶次の瞳を、見てしまったから。
 貞操の危機にしてちゅう奪われそうとかどういうことなの。奪っちゃった、ってそんな軽いテンションで済ませられるようなことでもないんですけど! あ、もう、うごけ、ない。だんだん近付いてくる唇に、マジでホモになる5秒前―




「…れ?」
「け、いじ…貴様…何をしている?」
「いってえ〜…」


 でも予想した感触はなくて、聞き覚えのある声がした。
 なんか鈍い音がしてから、慶次の身体が乗っかるように落ちてきたんだけど。お、重い…っ!
 苦しみながら必死に上を見れば、そこでは見慣れた顔が慶次に向かってすごい表情を向けていた。いや、美人なんだけど。美人は怒ると一層綺麗になるというのは本当なんだな。
 そのままじーっと見つめていると、はっと俺に気付いた彼女が視線を変えた。



「若様…! お怪我はありませんか!」
「あ、うん、大丈夫」
「遅くなって申し訳ありません…っ」
「え? いや、ううん。来てくれて助かったよ」


 慶次の下で潰れそうな俺に気付くと、慶次を蹴飛ばして俺に駆け寄ってくれる。
 えっ、あの慶次が軽々と吹っ飛んだんだけど。むしろグッドタイミングでしたよ、しかも俺呼んでないのに来てくれたもんね。呼ぶ余裕がなかったんだけど。美人の予知型セコムとか俺優遇されすぎだね?
 ありがとー、気の抜けた声でそう言ってかすがの頭を優しく撫でる。一瞬固まったかすがだったが、すっと手を差し出してきた。
 あ、立たせてくれるってことなのかな。

「若様、下がっていてください」
「へ?」
「この男を始末しなければいけませんから」


 ありがたくかすがの手を取って立ち上がると、庇うように前に立ってくれるかすが。打ったであろう身体に痛みを訴える慶次を見ながら、かすがは戦闘態勢に入る。
 えっ、始末って何。かすがが言うと冗談に聞こえないんだけど。本人も冗談のつもりないんでしょうけどね!



「いきなり蹴ることないじゃないか」
「黙れ! 若様に、麗しき若様に、よくも貴様…ッ! 生きて帰れると思うな…」
「うおっ、あっぶねー」
「避けるな、貴様! 待て慶次!」
「待てと言われて待ってたら、いくら命があっても足りないよ!」




 さっきまで慶次がいた場所は轟音と共に煙を立てている。その煙が薄くなってくると、抉れているのがわかった。
 え、これ壊れてるよね? 壁だよね? 壁ってこんな簡単に抉れるもんじゃないよね?
 俺が壁の残骸を見つめている間にも、ふたりは広いこの家を走り回っている。
 ところどころすごい音聞こえるんだけど、あれいいのか。家壊されてますけど、主にうちの美人セコムに!


「兄さん、あれほっといていいの」
「かまいません。いまはそっとしておきましょう」
「え、えー…いいならいいけど…」
「ああ、かんみをかってきました。ともにそれをたべながらまちましょうか」
「あ、じゃあお茶淹れ直すよ。緑茶でいい?」
「おねがいします」

 兄さんに聞いといて、すぐ納得してしまう俺も俺だよなあと思う。慣れって怖いね!
 せっかくだからシュークリームも出してやろう。勿論うちの素晴らしい美人な妹のぶんは、取っておいて。
 遠くで響く叫び声と轟音を聞きながら、湯が沸くのを待った。





fin.

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