どうやっても埋められそうにないから見つけたよ | ナノ

 年で一番の幸福な日に、大切な君を迎えに行く。手に入れる。
 俺が、俺にとって、幸福の華を咲かせるために。



「ああ、そうだ。伊月、誕生日おめでとう」
「ん、ありがとう」
「言われ慣れたってツラしてんな」
「そんなことないよ。今日が楽しみなだけで」

 にっこりと笑えば、日向が呆れたように溜め息を吐く。構わない。
 俺の誕生日を今日だと知った火神が慌てる様子や、ちゃっかり覚えてる黒子、そんな後輩たちを宥める二年。こんなおめでたい日にチームメイトの仲の良さを見て笑顔になるのも悪くはないけれど、俺にはやるべきことがあったから。
 気持ちだけで嬉しいよと向けた笑顔で、少しはこの想いも報われるだろうか。




「俺たちバスケ部からのプレゼントは休みっつーことにしといたからな」
「ありがとう日向。嬉しいよ」
「…本当に今日でなくちゃいけなかったのか?」
「どうせなら、今日がいいかなって。念には念を押しておこうかと思ってね」


 絶対に失敗するわけにはいかないからさ。
 目を細めて言う俺に日向が口を開こうとしたみたいだったが、諦めたのか止めた。
 野暮なこと言うのは止めとくわ、との言葉に、笑顔だけで返す。俺なりの、ありがとう、だ。



「よーし、練習終わり!遅刻すんなよー」
「げっ!? い、伊月さん、プレゼント、遅れてもいいか…っです」
「こんな時まで敬語使えないのかよー火神ぃ」
「うるせえ!」
「ありがとう。さっきも言ったけど、気持ちだけで嬉しいからな」
「でもっ―」
「おーい、いいからお前ら早く着替えろー」


 まだ食い下がる火神に、促すのは日向だった。あくまでも自然に。こんな大きな図体でも後輩だ。おまけに日向はキャプテン。
 火神は素直に従って着替え始めたがまだ納得がいかないようで、じゃあ誕生日プレゼント考えといてくれ、と囁けば嬉しそうに笑ってくれたからよかったけど。
 今日知ったんだからそんなに気にしなくていいのに、律儀な後輩だなあと思った。



「帰りのホームルーム終わったら、もう体育館来なくていいからな」
「ん? 伊月はどこか行くのか?」
「バカ木吉! そういうこと聞くんじゃねえよ!」
「なんでだ? 休んでまで行くなんて気になるじゃないか。日向は気にならないのか? 俺は気になる!」
「俺は今すぐお前の口を縫い付けたい」


 火神たちと別れて、二年の教室に向かう途中。相変わらずの木吉節に日向の口が悪くなるのはいつものことで、日向はめんどくさいとばかりに短い髪をがしがしと掻いた。




「ちょっと、懐かしい人に会いに行くんだ」
「そうなのかー。よかったな!」
「ありがとう、木吉。頑張るよ」
「? 何をがんばっ、」
「あーもうお前はいいから! 早く行くぞ!」
「ちょっ、俺まだ話してる途中…」
「いいから歩け! お前のせいで遅刻してたまるかっ」


 日向にぐいぐいと背中を押される木吉は食い下がっているようだったが、日向の言う通りこのまま立ち止まっていれば遅刻の可能性もあった。
 日向たちのあとに続き、歩き出したところで携帯が震える。届いたメールに返事を打って、また携帯をポケットに直した。
 声は抑えられても、自然と緩んでしまう口は制御できない。

「伊月、行くぞー」
「…ああ。今行くよ」



 決戦の、誕生日だ。




「…それじゃあ、悪いけど行くな」
「よく言うぜ。悪いなんてちっとも思ってない顔しやがって」
「冷たいなあ。日向は」
「…頑張れ、なんて言うつもりはねーけどよ。ほどほどにしてやれ」
「わかってるよ。うんと優しくする」

 ここで逃がすわけには、いかないからね。
 そう言って微笑むと、日向は眉間に皺を寄せる。
 いいからとっとと行っちまえ、と野良猫を追い払うような手の動きをする日向に、ひらひらと手を振って背中を向けた。

「あの…」
「うおおおっ!? く、黒子か…悪い…」
「いえ…。それより、伊月先輩はどこかに行かれたんですか?」
「あ?あー…迎えに行くんだと。誕生日プレゼントなら明日にしてやれ」
「はい、それはいいんですけど…。何か、予約でもしていたんですかね」
「予約、ねえ…?」



 去って行く伊月の後ろ姿を思い出して、突然現れた後輩に目を向ける。
 律儀に、予約なんてしているわけがない。ないな、と首を大袈裟なほど横に振って、鼻で笑った。

「ありゃ、奪い取ってやろうっていう鷲の眼だ」

 心から同情するぜ、ほんとに。
 野暮な言葉を出す代わりに、後輩の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。




「あっ、伊月さん。わざわざどーもー」
「ああ、メールありがとう。高尾」
「ぜーんぜん! もうすぐうちの先輩が連れて来ると思うんで」
「うん。今度何かお礼するな」


 日向と別れた俺は、秀徳に来ていた。試合も交わした後輩とも関係を持った、その後輩である高尾から連絡をもらったのだ。
 今日のために必要なコネクションは可能な限り使うべく、先輩からの可愛いお願い、と言ったところだろうか。



「それにしても、伊月さん今日誕生日っすよねー? 今日でよかったんすか?」
「うん、ダメだったんだ。今日じゃなくちゃ」
「へえ…よっぽど自信あるんですねー」
「そう見える?」
「そりゃーもう! じゃなきゃ、そんな目しないっすよ!」

 けらけらと笑う高尾に、にこりと笑って返す。
 まっ、俺が言うまでもないけど、頑張ってくださーい。あっ、ちゃんと結果教えてくださいね! と無邪気に言う高尾に、わかったよ、と返したところで、近付いてくる足音に会話を止めた。


「きよくん、高尾くんが用事ってなに…っ!?」
「ああ、遅れて悪いな、伊月。ほらよ」
「いいえ、わざわざありがとうございます、宮地さん」
「き、きよくん、なんで…っ、」
「あー? お前がいつまでもウジウジしてるからな。いいきっかけだろ」



 宮地さんの隣を歩く、久し振りに見る君の姿に心が燃える。でも、まだだ。ここで焦って、逃がすわけにはいかない。
 宮地さんに背中を押されて、俺と君との距離が一気に縮まる。目が合って気まずそうにした君が、視線を逸らす。楽しそうに見つめている高尾とは対照的に、めんどくさそうに頭を掻く宮地さん。
 さあ、舞台は整った。しっかり頭を下げて、怯えた様子の君の手を取る。


「それじゃ、あらためてお礼に伺います。ありがとうございました」
「あー? そんなのいいから早く行けって」
「きっ、きよく…」
「伊月さん、じゃあまたー!」

 笑顔で手を振る高尾に微笑んで、まだ後ろの宮地さんが気になるらしい君の手を取って歩く。
 強すぎず、でも絶対掴んだこの手は離してあげない。しっかりとした意志を持って。


「大丈夫? 疲れてない?」
「あっ…はっ、い」
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」

 引っ張るようにして連れてきたのは、比較的、人の少ない公園だった。朝は年配、昼は主婦の方々がいるのを見るが、ここから近い公園のほうが遊具も多く、ここよりも広い。
 俺がここを選んだのは、ふたりでゆっくり話せる場所が欲しかったからだ。一方的に連れてきてしまったけれど、きっと君はこの場所を知らない。知っていたとしても、あの様子だと逃げることもないだろう。勿論、逃げても絶対に捕まえるけれど。
 財布だけを持って、自販機で買ってきたココアを君に手渡す。ぎこちなくお礼を言った君の横に座れば、君の身体が強張った気がした。




「まずは、いきなりごめんね。時間大丈夫だったかな」
「じっ、時間は…大丈夫、で、す」
「そっか、よかった。…久し振り」
「おっ、おひさしぶり、で…」

 俺が君の目を見ても、君が俺の目を見ることはない。怯えたような震える声に、ぎこちない喋り方。
 協力してもらったと言えど、騙すような形で連れ出してしまったのだ。無理もない。だからといって引くつもりは、毛頭ないけれど。



「ずっと、会いたかったんだ」
「っ…ぼ、くは、」
「うん?」
「あいっ、あいたく、な、どうして、あいに、」
「…うん、」
「会っちゃ、だめだって、会わないって…決めてたのに…っ!」


 震える声が、泣きそうになる。固く握られた拳は、よく見ればぶるぶると震えていた。
 泣きそう、なのかもしれない。震える君の声を落ち着かせてあげることなんて、俺には何ひとつできないのかもしれない。
 それでも、君の姿が、声が、今ここにいる君をずっと、この瞳に焼き付けていたくて。ずっと、君を見つめた。



「ぼ、僕がっ、何したか、忘れたっ、わけじゃっ…」
「うん。勝手に俺が助けた」
「ちがう! しっ、しゅ、伊月く、が、僕が、僕のせいで…っ」

 握り締めた拳に、水がぽたりと落ちた。この場所には、俺と君以外誰もいない。
 時折洩れる嗚咽も、震える声も。何ひとつ、あの頃と変わらない。
 君が泣いているのに、俺はこの事実が嬉しくてたまらなかった。


「あれは、俺がやりたくてやっただけだよ」
「っ、うそ! だって、あのとき、怪我、」
「うん。君が傷付くより、ずっとよかった」
「よくなっ、よくないっ…! だって、だから、僕は…!」


 中学生のこと。もともとミニバスからバスケを楽しんでいた俺は、中学に上がってもそれは変わらなかった。中学になればそれなりにレベルも上がるし、新しい仲間ができるのも楽しくて。
 そこで、君と出逢った。バスケとはまったく関係なかったけれど、静かに本を読んでいた君に魅かれ、俺から話しかけて仲良くなった。
 とても物腰が柔らかくて、綺麗で。




「試合に、出られなかった…!」

 …でも、人間というものは醜くて。みんなと違ったり、たとえそうでなかったとしても。くだらない暇潰しのために、平気で他人を傷付けたりする。そういう人間もいる。君がそういった人間に標的にされているのに、俺が気付くのに時間はかからなかった。
 大丈夫だよ、と君が悲しそうに笑うたびに、俺のほうが許せなかった。
 ある日、君が手を出されそうになる決定的瞬間を目にして、身体が飛び出していたのだ。



『いっ…!』
『なっ!?』
『し、しゅんく…! なんでっ、手…!』
『だい、じょうぶ…』
『…っ!』

 結果として、俺は数日後に控えた試合には出られなかった。怪我は大したことはなかったが、バスケをするには無理だったのだ。それも一週間程度で治ったし、次の試合にも復帰した。
 だけどその頃にはもう、君は俺の前から姿を消していた。綺麗さっぱり、まるで夢でも見ていたかのように。


「…見れる? 俺の手」
「っ…」
「じゃあ、触って」

 ぎゅっと目を瞑った君の手を取って、俺の手に重ねる。上から俺の手を重ねるだけで、それ以上は何もしない。
 しばらく固まっていた君の手がゆっくりと動き出してから、重ねていた手を離す。優しすぎるほどくすぐったいその手付きは、ひとつひとつを確かめるように移動する。
 指に触れたところで君の指を絡めとれば、ゆっくりと君の目が開かれた。



「ね? 大丈夫でしょ? 綺麗な手じゃないけれど」
「ううん。…綺麗」
「…君のほうが、よっぽど綺麗だ」
「違うよ。だって僕、は…」

 でも、また表情が暗くなる。ずっとこうやって、罪の意識を感じてきたのだろう。きっとあの日から、今この瞬間まで。
 俺の目の前にいる君が久し振りすぎて、どんな君でも愛おしい気持ちは変わらないけれど。
 でも、やっぱり笑顔の君が一番好きだ。


「誰が何と言おうと、君は綺麗だよ。それとも、俺の言葉は信じられない?」
「そっ、そんなわけじゃな…!」
「…ずっと、君を探してた」
「なん、で…」
「…俺の中で、君が必要だったんだよ」



 あの頃の俺にはまだ力がなくて、君を助けるどころか傷付けてしまった。そのことを謝りたくても、気付いた時には会うことすらかなわなかった。
 君に会いたい。君が足りない。君が欲しい。
 想いは尽きることなく膨らんで、今日までそれは変わらなかった。

「…久し振りに君に会えて、嬉しかった」
「い…」
「でも、また会えなくなるのかと思うとすごく悲しいんだ」
「っ…」
「君を帰したくない。帰りたく、ないんだ」


 君といる時間はどれも楽しかったのに、最後に覚えている君の姿は、俺の名前を呼んで泣いている姿だ。
 それが嫌だった。俺のエゴだ。もしかしたら君は、もう俺に会いたくなかったかもしれない。
 それでも、もし少しでも可能性があるなら。君が、俺のことを嫌いでないなら?
 諦めが肝心な男になれなくて、ごめんね。




「君のことが、好きだよ。あの時からずっと」
「っ…」
「…付き合ってくれ、なんて強要するつもりはないよ」
「い、づき、く、」
「…ねえ。俺、今日誕生日なんだ」

 だから今日、もし君が俺と一緒になってくれるなら。こんなに幸せな誕生日って、今まで生きてきた中で初めてかもしれないんだ。わがままついでに、君がこれから俺と一緒にいてくれるなら、俺の人生がずっと幸せなものになるって、俺はそう信じてるよ。


「…ずるいなあ、伊月くんは」
「うん。知ってる」
「…今からでも、間に合うのかな」
「うん?」
「伊月くんの人生を、幸せにすることって」




 瞬きをしたのは、俺のほうだった。君がにっこりと笑って、俺の手を取る。今度こそ、お互いの目がしっかりと合った。
 ふー、と深く息を吐いた君の小さな口が、ゆっくりと開く。



「誕生日おめでとう、伊月くん。僕でよければ、一緒になってほしい…です」
「…これからも、ずっと会える?」
「伊月くんが、無理しない程度なら」
「毎日会いたいって言ったら、しつこいかな」
「伊月くん、知ってる?」


 僕、しつこい男の人って、嫌いじゃないよ。
 悪戯そうに言う君が、とても無邪気な笑顔を向けるものだから。嬉しくなって、思わず俺も噴き出すように笑った。
 男ふたりが公園のベンチに座って、声を上げて笑う。周りから見れば怪しまれる光景かもしれなかったが、今はそんなもの関係なかった。
 ひとしきり笑ったあと、差し出すように手を伸ばして、言葉を紡ぐ。

「今日からよろしくお願いします。…帰ろうか?」
「こちらこそ、よろしくお願いします。…うん! 帰ろう!」


 重ねられた手をしっかりと繋ぎ、リズムを合わせてゆっくりと進む。肌に刺さるような冷たい風は、夕焼けに見惚れて気にならなかった。




「…それにしたって、宮地さんと知り合いだったんだね」
「ああ、きよくん? お家がお隣さんで…」

 聞けばあの後引っ越した君は、偶然にも宮地さんの隣だった。そして宮地さんの後を追うように、秀徳へと進んだのだという。
 きよくんのほうが年上なんだけど、仲良くなってからずっとこの呼び方が抜けなくて…あっ、勿論きよくんはお兄ちゃんみたいな感じでっ、僕ひとりっ子だから…! と慌てる君に、気にしてないよ、と笑いかける。



「もう俺のことは、俊くんって呼んでくれないの?」
「えっ…! も、もう高校生だし…」
「…俺、今日誕生日なんだけどなー」
「う、ううう…」

 恥ずかしがってる君が可愛くて、唸る君を見つめて微笑む。君はいっぱいいっぱいで、気付かないかもしれない。
 名前を呼んでくれたら勿論嬉しいけど、それは今すぐじゃなくてもいい。ゆっくりでも、君とふたり、幸せな時間を感じられたら。


「じゃあ、ふたりきりの時にお願いしようかな?」
「が、がんばります…」
「うん、じゃあさっそく…」
「えっ、今? こ、心の準備が…!」




 慌てる君にまた笑って、冗談だよ、と手を伸ばす。困ったように笑った君が拗ねてしまったのか、俺の手を取ってくれない。
 ちょっと調子に乗りすぎたか。
 そう思っていると、袖を軽く引っ張られて俺の身体が傾く。そして、ふわりと香る君のにおい。

「誕生日おめでとう、俊くん」

 耳元で囁かれたその甘く響く君の声に、目を見開く。離れた君は笑って、唇の真ん中で人差し指を立てる。内緒、というジェスチャー。
 まだ呆けている俺に笑って、君が手を伸ばす。ふっと笑って、俺も手を伸ばした。ぎゅっと握った力は強くはなくとも、決して離さない。そんな想いが、君に伝わりますように。
 そう願って、重なる影を見つめた。





fin.

Happy birthday to Syun !

へそ
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