(01 | ナノ
「絶対は僕だ」
堂々たるその姿と突き刺すような冷たい視線の彼を見て、よくもまあこんなに化けるもんだ、と心の中で拍手を送った。
「あーもうやだ練習飽きたーゲームしたい!」
「今日は通常メニューって言ったでしょ。それに征ちゃんの許可がないと出来ないの」
「あーそっか! 赤司は?」
「あー、今日はちょっと生徒会で遅くなるって」
「えーっ! つまんなーい!」
「いやそんなんおれに言われても」
絶対王者の異名を持つ、洛山高校。敗北など有り得ないこのバスケ部は、まさに帝光中の理念“絶対勝利”を掲げ主将を務めた赤司にとっては相応しい道であった。
中学の経験から言って、強い学校ほど個性的な面々が多いであろうことは知識的に植えられていたが、これだけ目立つ赤司といても引けを取らないぐらい個性的だったのだ。此処は特に。
「えーじゃあマネージャーやろうよー」
「いや、おれマネージャーなんで」
「でもバスケ部でしょー?」
「でもマネージャー」
「やだやだゲームしたい〜」
子供か! と突っ込みたくなる気持ちをおさえて、駄々をこねる小太郎さんを見やる。その顔はまだ納得がいかないという様子で、おれは頭が痛くなった。
もともと子供っぽい…というか無邪気な彼がこうやって言ってくるのはいつものことなのだが、諦めの悪さはたぶん部内一だ。
悪い人じゃないんだけど、こんなんでも桁外れに強いんだもん。ドリブルうっせーんだもん。
「赤司の許可がないとどっちにしろ」
「じゃあ赤司から許可貰えたらやってくれんの?」
「……そういや仕事が」
「逃がさないぞー!」
「おふっ、」
そして強豪どころじゃない此処、洛山高校バスケ部で男ながらにマネージャーをつとめるおれは、どういうわけだか先輩たちにすっかり懐かれている。
いやまあそんなん赤司と親しいからですよね!
小太郎さんに抱きつかれてちょっと変なもん出そうになったし。行動は無邪気そのものだけどパワーが桁違いなんだって。
仲良いわねえ、とそんなおれたちを見守る玲央さんは通常運転だ。
「ちょっと小太郎さん仕事できないから」
「やだー」
「ちょ、わがまま言ってんじゃ」
「レオ姉がやってくれるんなら離す!」
「れおさん、」
「やーよ。必要以上に汗かきたくないもの」
はーい見捨てられたー。がーん。
再びがっちりホールドされたおれは少し苦しいぐらいの小太郎さんの腕を掴みながら、ちょっぴりした反抗程度に玲央さんを睨む。と、構って欲しいの? と本気の瞳を向けられたので、慌てて首を横に振った。
あら残念、と微笑むその表情も同じ男とは思えないぐらい素敵なんですけどね、あの、なんかこう、こわい。
「あまりマネージャーをいじめないでくれるかな」
「あら、征ちゃん。生徒会はもういいの?」
「ああ、全部済ませてきた。遅れてすまない」
「赤司ーゲームしたいー!」
「全部聞いてたよ。僕以外の誰かとなら許可しよう」
「えっマジで!?」
「先に言っておくが、マネージャーは含まないからな。あと―」
「通常メニューが終わってからでしょ? わーかってるって!」
突如として表れた赤司の少しばかりの言葉により、あっという間にこの場は丸くおさまった。
赤司の言葉を聞くなり目を輝かせた小太郎さんは、きらきらと目を輝かせながら駆けて行く。たぶん張り切って通常メニューをこなしたあと、手当たり次第にゲームしてもらうつもりなんだろう。
小太郎さんはその体格にしてはスタミナもかなりあるほうなので、狙われた人たちには合掌に値する。
「ありがと、赤司。助かった」
「問題ない。…ところで今、大丈夫か?」
「ん? あーそうだ、メニューのことで相談があるんだけど」
「わかった。向こうで話そう」
解放されたおれは赤司と言葉を交わし、後について行く。
赤司から“大丈夫”それを聞く言葉が出たら、それはふたりきりで話をする合図なのだ。
「これこっちに持ってきたほうが効率的だと思うんだけどさあ」
「そうだな。じゃあこれは減らしていい」
「お、これならまとまりそう。直すからあとで目通しといてー」
新案の紙をふたりで見ながら、赤司と話し合いを進めていく。遠くからは部員の声や、シューズが床を滑る音、それからいくつかの雑音が鳴り響いている。
「…今日、は」
「わーかってるって。今日も、だろ? 赤司の部屋でいいよな」
「…ああ、」
「おれのぶんの布団用意しといてねー」
「わかってる。…ありがとう」
気持ち小声で喋る赤司は、周りのことを気にしているのだろう。基本的におれと赤司がこういった空間でふたりきりで話す時は誰も入ってこないように、と暗黙の了解があるのだが、入らなくても聞かれるかもしれない。
特に小太郎さんみたいな声も掛けずにいきなり入ってくる人とかもいるわけだし。
おれは気にしすぎなんじゃないのって思うんだけど、何せ本当の赤司を知ってるのはおれだけなんだからしょうがない。
「じゃあ、おれ仕事に戻るわ」
「僕も準備してから行く」
「ん。待ってる、征」
振り返る赤司に、シーッ、と人差し指を唇に当てて微笑んだ。溜め息を吐く赤司に満足してから、ひらひらと手を振りその場をあとにする。
「心配しなくても、ふたりの時にしか呼ばないって言ってんのに」
ぼそりと呟いた言葉は、喧騒に混じって消えた。
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