乞いの駆け引き | ナノ

「せーんぱーい! チョコくださーい!」
「…ああ?」

 見覚えのある後輩にいち早く反応したのは、俺でなく隣を歩く幼馴染みのほうだった。

「うわっ、なんで“ご”の付く人がいるんすか」
「はぁ? オマエ、人の名前も覚えられないんですかぁ? 木偶ですかぁ?」
「覚える必要のない人は覚えないことにしてるんでぇ」


 朝っぱらから男同士のこの馴れ合いを見ることには慣れたけど、何も今日みたいな日にしなくても、とは思った。何故かこのふたりは会うといっつもこんな調子で、巻き込まれるのは俺だ。
 俺とふたりだと、又兵衛はともかく左近は普通なんだけどなあ。
 又兵衛も昔はそんなに口悪くなかったんだけど、言葉遣いが変わっても又兵衛が優しいのは変わらず健在だ。所謂ツンデレってやつ。
 言うと怒るから絶対言わないけど。本人の前では。



「そんなことより先輩チョコくださいよー!」
「ああ、そう言うだろうと思ったよ。みんなと同じだけどな」
「こんなチョコひとつで喜ぶなんて安い男ですねぇ、俺様羨ましいー」
「羨ましいのは先輩のチョコなんじゃないですか?」
「言っとくけど、そのチョコ作ったの又兵衛だからな」
「はっ?」


 まあ俺も作ることには作ったけど。
 そもそも面倒見のいい又兵衛は、昔から他の誰より俺にとって欠かせない存在だった。それは今もだ。
 オマエひとりに作らせると材料が勿体無いからよぉ、と言いながらもチョコ作り教えてくれた又兵衛に感謝。
 ちなみに又兵衛のチョイスで、意外と作るのは難しいと思っていた生チョコを作った。溶かして混ぜて固めて粉付けりゃいいって言われた時は説明雑すぎだろって思ったけど、本当にその通りだった。失敗も少ないし大量生産できるしうまいから俺向きだって。



「えっ、やだなんかショック!」
「バカ、又兵衛の作るお菓子超うまいからな。又兵衛仕込みだぞ俺の」
「その言い方がなんか嫌!」
「嫌なら無理に貰わなくてもいいんですよぉ? さぞたくさん貰ってることでしょうし、ねぇ。ねぇ?」
「それとこれとは別ですー」


 そりゃ貰いましたけどね!と頼んでもいないのに収穫量を見せる左近は相変わらずだった。
 そりゃモテるだろうなあ。
 先輩はいくつ貰ったんすか? 勝負しましょうよー! なんて言う左近のまあ無邪気なこと。
 まだ朝だからこれから左近が貰う量も増えると思うんだけど、このタイミングでいいのか。俺も又兵衛も貰っちゃいるけどさ。



「俺は又兵衛より少ないなあ」
「はっ!? この人貰ったんすか?」
「又兵衛モテるぞ。決まった人はいないけど」
「出来の悪い幼馴染みを持つとそんな暇ないって気付いてくださぁい」
「俺のことなんて気にしなくていいのに」
「…そういうのは、オマエ自身が気にしなくていいような人間になってから言うもんだろぉ」


 そのまま髪をわしゃわしゃと掻き乱されて、はいはい、と笑って返事をしながら直す。
 又兵衛は左近とは勿論タイプはまったく違うが、活発な子から大人しい子まで結構好かれる。
 一度だけ、偶然又兵衛が告白される現場を見てしまって断ってたんだけど、その理由が手の掛かる幼馴染みがいるから、というものだった。先輩ならしょうがないですよね、と笑った相手の女の子にも意味がわからなかった。



「く、くっそー…幼馴染みだからって仲良い風に見せやがって…あんたずりぃよ!」
「はぁ? 仲良い風じゃなくて実際に仲良いんですけどぉ? まぁ? 仲良くなりたいオマエと違って昔から一緒にいるだけですけどぉ?」
「あーっ! むっかつく!」
「ケケッ」

 あ、又兵衛がこの笑い方するのは楽しい時だ。端から見たら悪い顔してるけど。このふたり、仲良いんだか仲悪いんだか…。
 俺結構左近と仲良いと思ってたんだけど、これだけ人懐っこい左近のことだ。誰にでもこんな感じなのかもしれない。ていうか、俺との仲の良さを又兵衛と競ってどうすんだよ。
 半ば呆れ気味でそんなことを思っていたら、あっ! と左近が声をあげた。


「やっべー俺気付いちゃいましたよ!」
「は? 何が?」
「確かに先輩の幼馴染みですけど、それ以上にはなれないっすよね!」
「はぁ? そんなんオマエも一緒ですけどぉ?」
「わかってますよ? 俺は勝てないけど、あんたも勝てない」
「…ッチ、」



 今度は何故か舌打ちをする又兵衛に、笑顔の左近。
 おお、いつの間にか形勢逆転だ。ふたりの中では通じ合ってるみたいでも、俺にはまるで意味わかんないんだけど。えっ、何俺だけ置いてけぼり?
 又兵衛と左近を交互に見てると、先輩に構ってもらうのもいいんすけど、と口を開いた左近がすっと目を細めた。

「本命が、いるんでしょ?」
「…は、」
「あ、別に邪魔するつもりはないんで安心してくださーい。そこの人も同じでしょうし、ねぇ?」
「勝手に許可もなく人の口調真似しないでくれますかぁ?」
「でも事実っしょ?」
「……………」




 心臓を、鷲掴みまれたような感覚だった。いつもみたいな左近の笑顔も、違う他人のものみたいに。
 なんで、どうして。お前がそんなことを知ってるんだ。
 口には出なかった。出す余裕も、なかったんだ。又兵衛はそれっきり黙っちゃったし。


「えいっ」
「!?」
「そーんな怖い顔しなくてもいいですって。言ったじゃないっすか、邪魔するつもりはないって」
「は…」
「まあ、俺先輩のこと好きなんで? 幸せになって欲しい、なーんてね」

 左近に唇を押されて、自分が間抜けに口を開けていたのだと気付いた。
 まあ、三成様なら綺麗事をっていつもの怖い顔で言うかなー。
 そう笑う左近の笑顔は見慣れたはずのもので、内心ほっとした。


「勿論俺は先輩のことそういう意味で好きなんじゃないんでー、どっかの幼馴染みさんはどうか知らないですけどー?」
「はぁ? オマエ、喧嘩売ってんのぉ? 誰がこんな手の掛かるガキみたいな奴相手にするんですかぁ?」
「うっわー、先輩目の前にしてそんなこと言えるなんて酷い人っすねー!」
「どっかの猫被りよりマシだと思いますけどぉ? あ、猫被りじゃなくて尻尾振った犬かぁ。三回まわってワンって言ってみ? 餌投げてやるからさぁ。ねぇ?」



 なんかまたいつものふたりに戻ってんだけど、俺はまたアウトオブ眼中ですかそうですか。何だかんだでこいつらやっぱり仲良いよな、なんて考えてたからなのか、又兵衛にまた頭をぐしゃぐしゃされた。
 無造作ヘアー通り越して強風に吹かれた後みたいになるからやめてくんないそれ?
 これで余計な考え吹っ飛んだだろ、又兵衛様に感謝しろよぉ?
 そう言われて、ばっと顔を上げる。
 間抜けな顔近くで見せないでくださぁい、聞き覚えのある喋り方の直後にはデコピンを喰らわされた。地味に痛い。




「そろそろ俺行きますねー! 先輩も、この人とずっとここで無駄な時間過ごしてないで早く行っちゃってくださいよー」
「はぁ? 誰のせいで無駄な時間過ごしたと思ってるんですかぁ?」
「あんたも、邪魔しないでくださいよー。…まっ、大切な幼馴染みさんにそんなことはしないと思いますけど?」



それじゃ、チョコありがとうございましたー!
 元気よく跳ねた左近は、嵐のように走り去って行った。あいつ走るの速いな。
 一言多い駄犬がよぉ、と文句を垂れた又兵衛が俺を睨む。

「あんな駄犬と同じ意見なのは癪だけどなぁ、とっとと行け」
「っ、でもおれ」
「でももクソもねえんだよぉ、俺様が行けっつったら行くのぉ」
「相変わらず理不尽っつーか…」
「はぁ? 俺様目の前にして悪口? 悪口ですかぁ?」
「うっせー又兵衛のばーかばか根暗ーでこー」


 自分でも子供じみた悪口だと思う。又兵衛にとっては悪口にすらなっていないのだろう。
 口先だけは一丁前に立派かぁ? ん?
 目の笑っていない笑顔でそんなことを言いながら目線を合わせるように俺の顎を掴む。
 ちょ、痛い痛い限度考えろっつーの顎折れる! 身長差あるから目合わせるだけでも首痛いんだよ知ってんだろ!




「そんだけ喋れりゃ上等だろぉ」
「…どうしても、行かなきゃダメ?」
「俺様がいいとか言うと思ってんのかぁ?」
「…想ってるだけじゃ、ダメなの?」
「…ったく、本当に手の掛かる幼馴染みだなぁ、オマエはよぉ」


 近付けた顔を離してから、緩く手を引かれる。
 昔から、俺が何かの決断をする前、落ち込んだ時、不安な時。いっつも又兵衛が俺にしてくれた、おまじないだ。
 お互い大きくなってからはずっとご無沙汰だったけど、口は悪いのに優しいその手付きは今でも同じで少しだけ泣きそうになった。

「ふられたら慰めてやる。風呂でオマエの頭洗って一緒のベッドで寝て、オマエの好きなプリンも作って。何か文句あんのかぁ?」
「っはは…俺がしたいことばっかじゃん」
「当たり前だろぉ。何年幼馴染みやってると思ってんだぁ」
「俺より俺のこと知ってたりして」
「…ただし、うまくいったら全部なしだ。これも、な」
「…えっ」



 すっと身体を離されて、思わず又兵衛の服を掴む。
 今から他の男に告白する表情かよぉ、そう言われてまた出そうになった言葉を飲み込んだ。譲歩してプリンだけはこれからも作ってやる、そう言われては反論の言葉も出てこない。

「ここでウジウジしてる暇があったらとっとと行け。今日ぐらい本気見せろぉ」
「…又兵衛、」
「この俺様の手を煩わせといて行かないなんてふざけた真似するわけないよなぁ?」
「あのさ、又兵衛」
「あぁ? まだ何か言っ―」
「背中押して」


 それだけ言うと、俺は又兵衛に背中を向ける。だから又兵衛がどんな表情をしているか、今の俺にはわからない。
 深く溜め息を吐く音が聞こえた。きっと又兵衛は、めんどくさそうに髪をがしがし掻いていることだろう。見えなくてもわかる。そして、俺が望んだことをしっかり果たすのだ。
 だからね、又兵衛。俺もお前との約束守るから。俺のことを俺よりも知るお前が、俺に勇気をちょうだい。




「行ってこぉい」
「…うん!」

 覇気のない声だった。でも力強く押してくれたその手に、振り返って笑う。そのまま後ろを見ずに走った。



「…うおっ、すみませっ、…っ慶次」
「ああ、あんただったのか。大丈夫かい?」
「う、うん。ごめん。怪我とか」
「ないよ。ていうかあんたのほうが細いんだからさ、はい」
「あっ、ありがとう…」

 廊下を走ってたら出合い頭にぶつかったのが俺のミッションに必要な人物とかどんなフラグだよ。
 ぶつかって尻餅をついたのは俺のほうで、差し出された慶次に甘えて手を握れば勢いが強すぎて慶次の胸にダイブする。慌てて離れて、怪我の心配をしてくれる慶次に大丈夫だからと笑った。
 なんかもうミッション遂行する前から死にそう。

「それにしても、そんなに急いでどうしたんだい?」
「あっ、あのさ! …慶次、に、用があって」
「俺? そんなに慌てなくても逃げやしないのに。またあんたがぶつかったら困るから、アドレス交換しようか」
「う、うん…」

 なんでこの流れでアドレス交換に至るのかわかんないし、アドレス交換したからってぶつからないとも限らないんだけど俺が一世一代の大勝負に出る前にアドレス交換とかどうなの。もしダメだったら気まずすぎるんだけどこれ。
 戸惑いながらも謎のアドレス交換を済ませ、話って? との慶次の言葉に我に返る。
 ここではちょっと…小声でそう言えば、行こうか、と慶次が歩き出す。それに黙って後ろを付いて行った。



「ここ、いい場所だろ。人も来ないし、風が気持ちいいんだ」
「…そうだな。知らなかった」
「俺のとっておきの場所だよ。あんたも来ていいからさ」
「…ありがと」


 わざとじゃないのか、そう疑ってしまうほどにもしダメだったら気まずくなる方向にどんどん持ってかれてる気がする。
 鞄をごそごそ漁って、又兵衛のとも左近のとも違う包みを手に取る。渡すだけなら簡単だ。これを渡す時点で、俺の気持ちもバレバレ。
 でも、言わなきゃいけないんだ。




「…とりあえず、これ」
「…くれるの?」
「口に合うか、わかんないけど」
「きっとうまいよ。開けていいかい?」
「どうぞ。もうお前のもんだし」
「そりゃそうか! んじゃ、お言葉に甘えて」

 開けるのがもったいねえなあ、そう言いながら包みを丁寧に剥がす慶次は意外だった。てっきり派手な音を立てて破るものだと思ったから。
 いただきまーす、と手を合わせた慶次がチョコをひとつ摘む。大したサイズじゃない生チョコが、慶次の大きな手だと余計に小さく見えた。
 口を動かした慶次が、うまいよ、と笑う。それを見てほっと息を吐いた。


「あ、ごめん。話だっけ?」
「あ、いや。食べながらでもいいけど」
「いや、いいよ。うまかったし、残りは後のお楽しみってことで!」
「…あ、そう」



 そんなバッチコーイみたいな話聞く態勢になられても困るんですけど、俺のメンタル今にも砕け散ってしまいそう。うう、でもここまで来たら逃げられないぞ。がんばれ俺。
 ぐっと拳を握って、顔を上げる。

「あの、さ、言いたいことがあって、これは俺の独り言だと思って聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「あの、あのさ、」
「…うん、」
「あのね、あの、お、れ…」


 たった二文字、言葉にすればいいだけなのに。いつまで経っても、その一言が口から出てこない。
 こんなに心臓が爆発しそうで、不安に駆られるものだとは思わなかった。俺だって告白された経験はあったけど、俺に告白してきた女の子もこんな気持ちだったのかもしれない。
 俺が慶次を好きなように、慶次にも好きな人がいるのかもしれない。それでもいい。



「慶次、」
「ん?」
「すきだよ」

 それは、言葉にすれば何とも呆気ないもので。
 返事が欲しいわけじゃない。一緒になりたいわけじゃない。ただ、俺の気持ちを伝えられれば、それで。
 自分のエゴだとわかっている。それに、答えもきっとわかってる。
 悲しそうに笑って、ごめんって慶次は言うんだ。だから俺は、笑ってありがとうって返そう。その準備はできている。大丈夫、俺はまだ笑える。


「俺もだよ」
「ん、ありがと…っは?」
「俺も、あんたのことが好きだよ」
「なん…」



 えっ、それはライクの意味で?
 あれ、これをくれたってことはてっきりラブのほうだと思ってたんだけど違うのかい?
 いや俺は違わないけど! だってこんなの予想外すぎてちょっと待って頭が追い付かない。


「す、好きな人は、」
「あんた」
「えっ…」
「どこ見てんのさ。ここには今、俺とあんたしかいないんだよ?」

 で、ですよねー。じゃあ慶次の好きな人が俺以外の可能性って慶次が慶次自身を好きってことしか…ないな。ない。
 でも慶次が俺を好きなパターンはなかった。それだけはなかった。なかった、のに。




「嬉しくないの? 両想い」
「りょっ…いや、そういう意味じゃなくて、」
「俺は、嬉しいよ。やっと言ってくれた」
「は…?」
「ずっと我慢すんの、大変だったよ。…これ以上のことも、さ」
「っ!?」


 慶次の口から出る言葉が信じられなくてぼーっとしすぎていたのか、手をゆっくりと取られて、俺の手の甲に慶次の唇が押し当てられた。びっくりして手を引っ込めようとすると、おっと、そんな声を出して慶次が手を引く。
 同じ男でも悲しいかな、力の差で適うわけがなくて。無理な態勢で抱きつくような俺の腰に、大きなその手が触れたと気付いた時には遅かった。そのままぎゅっと抱かれ、慶次のにおいがふわりと飛んだ。
 な、何なんだこの公開処刑…!



「知ってたよ。あんたが、俺のこと好きだって」
「はっ…!?」
「でも、あんた色男だからさあ。想われるだけならまだしも、他の男とも親しくしてるし」
「ま、又兵衛はただの幼馴染みだし」
「それでも、だよ。だから、ちょっと意地悪したくなっちゃってね」


 あんたが俺のこと嫌いになるまで、離してやんねえから。
 耳元でそんなことを言われて、背筋に寒気が走る。一応身体を捩って抜け出そうと試みたものの、びくともしない。
 無理だ。嫌いになんて、なれるわけ、ないのに。




「ま、あんたの可愛い顔も見たいし。とりあえず今日はここまでかな」
「なっ…」
「ははっ、やっぱり! 林檎みたいに真っ赤だ」

 突然慶次に離されたと思ったら頬に手を当てられ、その冷たさに自分の頬がどれだけ熱を持っていたのか思い知らされた。
 耳まで真っ赤じゃん、と手を伸ばしたので慌てて阻止した。
 耳、弱いんだ?
 緩い笑みを作りながらそんなことを聞いてくるものだから、首がちぎれてしまうんじゃないかというほど横に振った。それを見て大笑いする慶次。
 く、くそ…楽しんでる…!


「…本当にいいの?」
「まーだそんなこと言う? 信じられないってんなら、もっとすごいことしちゃうけど」
「いっ、いい! いらない!」
「そりゃ残念。ま、それは追々ってことで」



 なんかさらっと恐ろしいこと言われた気がしたけど、だ、大丈夫だよな。だって慶次相手じゃ力だけでも確実に勝てないのに、口でも勝てない気がする。ていうか勇気出した意味ないんじゃ…俺の緊張返して…!
 結果がわかってたら賭けにならないだろ?
 慶次はそう言うけど、そりゃその通りなんだけど、俺の告白は賭けかそうか!
 おっ、饒舌になってきたね! いいよいいよ!
 ダメだ、慶次のペースに完全に持ってかれてる。でも恥ずかしいこと言ってきたと思ったら、こんな風にバカ騒ぎしてる友達みたいな雰囲気に持ってってくれて。
 ああ、好きだなあ。恥ずかしいから絶対言わないけど。




「ごほん! それじゃ、改めて」
「ん?」
「俺と、いい恋初めてみませんか?」

 咳払いをした慶次が、その大きな手を差し出す。吐き出されたその言葉に驚いて顔を上げれば、慶次が目を細めて笑った。
 もう一度、その手に視線を戻す。俺とは違う、大きくて、しっかりとした男の手だ。それにそっと手を重ねてみた。細くて、とてもじゃないけど男らしくはない俺の手。
 こうしてみるとちぐはぐだけど、それがなんだか嬉しかった。



「…よろしく、お願いします」
「…おう!」
「ちょっ、近っ、」
「大丈夫、誰も見てないよ!」
「そういう問題じゃな―」


 ぐっと詰まる慶次との距離に、慌てれば慶次の額がこつんと俺の額にぶつかって。それまでぎゅっと硬く瞑っていた瞳を開ければ、まるで悪戯が成功した子供のように笑うものだから。
 しょうがないな、なんて気分にさせてくれるのだ。
 近すぎる距離にドキドキが吹っ飛んだのかおかしくなって笑うと、数回瞬きをした慶次も歯を見せるように笑った。





fin.

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