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「…んん、」
「お、早かったな。おはよう、ハニー」
「…う?」
「まだ目がとろんってなってんぞ?」
「んー…」
「おいおい、寝んのかよ。それともダーリンのキスがなきゃ、起きられないってか?」
「へぁ…? っ、なっ!?」
「おー、起きた起きた」


 ぼんやりとした俺の頭を覚醒させたのは、近くにあったライアンさんの顔だった。キス、とか聞こえたあたりでやっとぼやけた視界がはっきりしてきて、慌てて身体を起こすと先に起きていたらしいライアンさんが俺をじっと見ていた。
 き、昨日同じベッドで寝たから不思議じゃないんだけど、でも!

「なんで裸なんですか…!」
「さっきシャワー浴びてきたんだよ。ちゃんと下は穿いてるだろ」
「う、上も着てくださいよ!」
「えー、上がったばっかでまだ暑いしー」
「ライアンさん…っ」
「…ふ、ドキドキしちゃった? いいぜ、触っても」



 本当に身体を拭いただけらしいライアンさんは、俺の腕を引っ張った。自然と俺の顔はライアンさんの逞しい胸板にぶつかるわけで、思わず身体が強張ってしまう。
 ライアンさんの笑い声が聞こえて、顔は見えないけれど楽しそうに笑っているのだろう。何が楽しいのかわからないライアンさんは俺を解放してくれて、好きに触っていいぜ? と腕を広げた。


「ふ、腹筋すごいですねえ」
「そりゃ鍛えてるからな」
「いいなあ…俺なんか筋肉全然ないんですよ、ほら」
「おま、」
「…あ。ライアンさんの、においだ」

 こんなに見事に割れた腹筋はお目にかかれても触る機会はそうそうないと踏んだ俺は、恥を捨てた。俺がまた恥ずかしがって遠慮するとでも思ったのか、俺の行動は予想外だったらしい。
 腹筋の溝を指でおそるおそるなぞってから、自分の服を捲って腹筋なんてない腹を見せた。
 その行動に深い意味なんてなくて、気付かなかったのだ。ライアンさんが動揺していることなんて。
 ふわりと漂ってきたいい匂いに顔を近付けて、すん、と鼻を鳴らす。ライアンさんの身体が少し跳ねた。



「あ、すみません。くすぐったかったですか?」
「もうほんと、お前、さあ…」
「…ライアンさん?」
「この俺をドキドキさせるなんて、いけない子猫ちゃんだぜ。ほんと」
「はい?」
「そんな悪い子は、イタズラしちゃうぞー」
「ふっ、あはっ、やっ、やめ、あははっ」


 何かいけないことをしでかしてしまったのかもわからないけど、近付いたライアンさんに脇を擽られる。思わず笑いながら逃げようとしても、ライアンさんがその手を止めることはない。
 笑いすぎて涙が滲んだその時、ぴたっと行動が止まる。やっと止まった、と顔を上げれば、ベッドの軋む音と同時にライアンさんの手が顔のすぐ横にあった。
 まだ水分を含んだライアンさんの髪から、ぽたり、水滴が俺の口元に落ちる。


「ライアン、さ、」
「…おはようのキス。まだだったよな?」
「そんなの、聞いてな―」
「今言った」

 それは屁理屈って言うんですよ、と。
 口に出す前に俺の唇は塞がれて、目を見開く。一度離れた唇に、またライアンさんの名前を呼ぼうと口を開けば―さっきより強い力で、唇がぶつかる。
 それは重なるというより、食べられる感覚に近かった。いつもするキスとは違って、唇を噛むように食まれたり、吸われたり。
 リップ音を立ててそれが離れていく頃には、俺は手を口に当てていた。



「ごちそーさん」
「た、食べ物じゃありませんっ…!」
「そりゃ失礼。でも、今のは誘ったお前が悪いからな」
「さ、さそっ…」
「だから、あんまり俺をその気にさせんなよ」

 食われる日が、早まっちゃうぞ?
 にやりと笑ってそう言ったライアンさんは、朝飯作ってくる、と言い残してこの場を後にした。
 ぐしゃぐしゃになった布団を引き寄せて、ぎゅっと包み込むように腕に力を込める。


「…ライアンさんの、ばか」

 遠くで上機嫌そうなライアンさんの鼻歌が聞こえて、俺はライアンさんの匂いがする布団に顔を埋めながらそう言うのが精一杯なのだった。





fin.

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