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「だっ、だから俺が床で寝ますって!」
「だーめーだ。ベッドで寝るの、俺はソファ」
「いっ、いやです!」
「おい…」


 俺にとっては広すぎるリビングで、言い争っているのはライアンさんとだった。事の発端は、数時間前に遡る。



「お願い! 今日だけどっか泊まってくんねー!?」
「…え?」

 俺の家は、よくあるマンションだった。
 大学入学と共にどうしても住み慣れた家をひ出なくてはならなかったのだが、離れた地で大学入学と共に初めてのひとり暮らし。ヒーローが活躍するほど治安が良いとは言えないこの地で、唯一の家族である兄ちゃんは渋っていた。
 両親をなくし、親同然に育ててくれた兄ちゃんの言い分はわかっていたが、実家から通うには到底無理な距離だったのだ。


「じゃあさ、一緒に住めばいいんじゃね? オレたち」

 そう言い出してくれたのは、幼馴染みだった。誰よりも家の事情をわかっていて、親しい人間で家族同然の彼を、兄ちゃんもまた大事にしていたし俺はもちろんそう。
 極め付けは兄ちゃんの知り合いがこっちにいることもあり、一緒に生活を共にして、明るくて気さくな幼馴染みとぶつかることもなく、こんなことを言われたのは初めてだった。


「誰か来るの?」
「あー、そんなとこ…やっぱり急にダメだよな…」
「いいよ」
「えっ、マジ!?」
「その代わり、俺にも今度紹介してね。その人」
「…おう」



 照れ臭そうに頬を掻く幼馴染みの反応を見る限り、好い人なのだろう。
 長引きそうな時は連絡入れてくれればいいよ。
 いや、そんな図々しいことしねーって。相手も忙しいし。
 ああ、年上の人なんだ。
 俺の言葉を理解した途端、幼馴染みに狡いと睨まれて笑いながら謝る。

「で、どこに泊まんの?」
「うーん、いきなり今日の明日でお願いするのも申し訳ないし…何だったらネットカフェとかでも、」
「はあっ!? ダメ! 絶対ダメ!」
「大丈夫だよ」
「んなことさせたら俺がお兄さんに怒られるっつーの!」


 とにかく金ならオレが出すから、ホテルでも何でもちゃんとしたところに泊まれ! カプセル以外の! 誰かの家に泊まるなら、ちゃんと泊まるところの連絡先教えろよ!
 俺の肩を掴んで言う幼馴染みは少し大袈裟だなあとも思ったけど、頷いておいた。
 約束だからな、と念を押す幼馴染みにこれは嘘を付けないなと、苦笑してわかったと返して。




「とは言ったものの…」

 幼馴染みがバイトに出掛けたので、俺も一緒に家を出た。学校もバイトも今日はないけど、今夜までには相手の方が来るんだろうし、せめて共同スペースであるリビングぐらいは片付けておきたい。
 今のところ一泊だからそんなに量はないけど、荷物も纏めなきゃならないし。
 しかし問題は、泊まる場所である。俺はそんなに友達が多いほうではないし、兄ちゃん繋がりである人たちとは知り合いだったりするのだけど―殆どが俺より年上で、大人の事情もあるかもしれないし…。



「どうしようかな…」
「何かお困りですか?」
「えっ、あ…バーナビーさん!」
「お久し振りです。元気そうですね」
「はい。バーナビーさんこそ、えっと、あれ?虎徹さんは―」
「おーい、ここにいるぞっ、と!」
「ひえっ!?」


 道端で会ったのはヒーローでもあるバーナビーさんで、これは兄ちゃん繋がりというか、兄ちゃんの知り合いから広がった関係なんだけど―いつもならバーナビーさんと一緒にいるはずのその姿が見えなくて、辺りを見渡したその時。
 首筋に冷たい感覚が走って、思わず変な声が出た。

「虎徹さん!」
「よっ。今日も暑いからな、それやるよ」
「あ、すみません。でもこれ虎徹さん、のなんじゃ…?」
「子供は遠慮しないで受け取ればいいんだよ」



 俺の首筋に冷たい飲み物を当てて頭を撫でたこの人こそ―兄ちゃんの友達である虎徹さんだった。
 俺とバーナビーさんたちの輪を広げてくれた人であり、まだ小さかった俺によくしてくれた。兄ちゃんよりは虎徹さんのほうが年上だが、学生時代からの仲らしい虎徹さんと兄ちゃんはお互いを名前で呼び合っている。
 虎徹さんほどではないが兄ちゃんと年も離れているので、俺にとっての虎徹さんは兄ちゃんというより父に近かった。




「ところで、何か困ってたんじゃないですか?」
「あ、いえ。困るというほどのことでもないんですけど」
「ん? なんか困ってたのか? 遠慮すんなって!」
「僕たちで力になれることがあれば、喜んで」


 微笑むバーナビーさんの表情は優しくて、どうしよう、と考える。優しいバーナビーさんのことだから、話せばきっと心配をかけてしまうだろう。
 でも、ホテルに泊まろうものなら幼馴染みは金を出すと言って聞かないし。こ、ここは話すだけ話してみるか…。
 ぐっと決意を固めて向き直ると、俺はぽつりぽつりと話し始めた。




「…つまり、今日泊まる場所を探している、と?」
「そ、そういうことになりますね…」
「そりゃまあ、俺たちだって泊めることぐらいできっけどよ…なあ?」
「ええ、僕も問題はありませんが…」
「その前にお前、一番頼るべきとこ忘れてねえ?」
「えっ?」


 だ、誰だろう。頼れる場所なんてあったかな。
 首を傾げて考えてみても答えは見つからなくて、思わずバーナビーさんを見つめる。向けられた苦笑いの意味がわからない俺は、よっぽど顔に出ていたのだろうか。
 くすりと笑って、律儀にも俺に目線を合わせてこう言った。

「ライアン、ですよ」

 クイズの答えを教えるように、爽やかに微笑みながら。



「…えぇっ、むっ、無理です! 無理無理!」
「どうしてですか?」
「ま、まだ一度も家に行ったことないのに、いきなり、その、迷惑が」
「そんなことないと思うぜー? 恋人なんだし」
「こっ…!」
「んだよ、今更隠すことじゃねーだろ?」
「か、隠すことですよ…!」

 …少なくとも一般人には。
 そう、何の奇跡か俺の、こ、恋人…? は、バーナビーさんたちと同じくヒーローである、あのゴールデンライアンさんの中の人なのだ。
 恋人とは言ったものの、ヒーローとは多忙を極める職業だ。ライアンさんの時間を奪うのも申し訳なくて、俺から連絡はあまりしない。たまにライアンさんからお誘いがあってから、会って食事をして話すぐらい。
 それだけでも俺にとっては嬉しいんだけど、自分から連絡もしないのにこんな時だけ泊めて欲しいとか、自分勝手にも程がある。



「や、やっぱりやめます」
「遠慮してんのか? 言いにくいんだったらこっちから言ってやってもいいけどよ」
「いえっ、大丈夫で―」
「あ、ライアンに連絡つきましたよ」
「えっ!?」
「お前、いつの間に…」
「ちょうどライアンとメールのやり取りをしていたもので、ついでに」


 にこにこ笑うバーナビーさんからは有無を言わさないようなオーラが漂ってきて、いや、送ってしまったのならもうしょうがないことはわかってるんだけど、でも!
 そんなことを思っていたら携帯が震えて、慌ててそれを開く。メールを告げる差出人はやっぱりというか、ライアンさんで。
 バーナビーさんから話を聞いたことと、集合場所と時間が書いてあった。とりあえずメールを返して、今日は潔くお世話になるしかないと腹を括る。
 会ったらすぐ謝ろう…!




「き、今日はライアンさんにお世話になります…」
「ああ、よかった。いくら知ってる人でも、自分以外のひとり暮らしの男性の家に泊まるなんて嫌でしょうから」
「そ、うですか?」
「そういうものですよ。僕でもいい気分はしませんから」
「えっと、以後気を付けます」


 付き合ったのがライアンさんで初めてだし、あんまり考えたことなかったなあ。ライアンさんは、何人ともお付き合いされたことあるんだろうけど。
 送って行こうかと言い出してくれたふたりに首を横に振り、ふたりとは別れた。
 …さて、お邪魔になるからには菓子折りとか買っていかなくては。好みに合うといいんだけどなあ。





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