きたなくないない | ナノ

 初めてその笑顔を見た時、オレとは生きる世界が違う人間だと思った。その綺麗な指先ひとつに、触れることを躊躇うぐらい。



「それでさー、った…」
「あ、悪―」
「すっ、すいませんすいません!」
「…いや、別に」

 オレは、表向きは不良とかいうやつだ。表向き、っつーのは生粋の不良じゃねえから。生粋の不良って何だって話になんだけど、とにかくオレはケンカ好きというわけじゃねえ。
 生まれつき赤っぽいこの地毛は、学校側には事情を話して理解してもらえるものの他は関係ねえ。
 口も目つきも悪けりゃ絡まれるもんで、ケンカは覚えた。さっきみたいに、人にぶつかれば泣きそうな顔で謝られる。
 もう慣れすぎたこの光景に、今更何も感じねえ。




「おはよう」
「っ、お疲れ様っす」
「うん。今日こそ部活観に来る?」
「邪魔しちゃ悪いっすから」
「邪魔じゃないって言ってるのに。ま、無理強いはしないけど」


 肩に手を置かれる感触がして、びくりと身体を跳ねさせればそこには、菅原さんがいた。
 人を安心させてくれるようなその笑顔は見てるこっちの顔が緩みそうで、思わず口元を押さえた。たとえ菅原さんが優しい先輩だとしても、ここは人目もある。
 早朝とは言え部活生はちらほらいるし、何しろオレが笑うと子供は怯え犬は吠える。八重歯は牙のように見えるオマケ付きだ。
 オレがケンカを覚えたのだって、ケンカ好きなわけじゃねえ。あまりにも絡まれるから自衛として覚えただけで。


「じゃ、また」
「っす。部活、頑張ってください」
「ん、ありがと!」

 オレは帰宅部だから、朝練で体育館へ向かう菅原さんと一緒に話すのはちょっとの間だけだ。
 菅原さんと別れたオレが向かうのは、教室ではなく人気の少ない裏庭。不良と呼ばれるオレがここにいるとますます怪しい響きに拍車をかけるけど、文字通りオレ以外誰もいねえからいい。人は。



「にゃー」
「おっ、いたいた。今日も元気かー」
「にゃあん」
「わかったって。ほーら、食えよ」

 そう。これだって、オレが独り言を言ってるわけじゃねえ。…相手が人間じゃねえという意味では、独り言になっちまうのかもしんねえが。
 出てきた黒い野良猫に朝、そして昼休み中に餌をやるのが、オレの日課になっていた。鞄に忍ばせていたキャットフードを適当にぱらぱら落とすと、すぐさまがっつくその黒猫の頭を撫でる。
 名前は付けてねえ。付けたら愛着わきそうだし、今はこうやってオレの数少ない友達として一緒に過ごせるだけで充分だ。お前はオレに友達なんて思われて、可哀想だけど。


「あっ、予鈴だ。じゃ、またあとでな」

 鳴り響いたチャイムに鞄を持って立てば、黒猫は餌にがっつきながら尻尾をゆらゆらと揺らしている。
 それが何だか行ってらっしゃいと言ってくれているような気がして、思わず笑ってしまった。




「はーっ! あっちー!」
「おはよう、龍。朝練お疲れ」
「おう! 今日も相変わらずむかつくぐらいイケメンだな!」
「オレはイケメンとは呼ばねえんだよ。そういうのは、菅原さんみたいな―」
「お? 惚気ですかコラ」
「ちっげーよ。そんなあからさまに睨んでくんな、近い」


 教室に着くと、ちょうど朝練を終えたらしい龍が汗を拭きながら座っていた。オレも自分の席である隣に座り、龍と他愛ない会話をする。
 龍は誤解されやすいっつーか、すぐ睨んだりするからオレが気を遣わなくていい。
 同い年なんだから名前で呼べ! というよくわからない龍のポリシーに従って、オレが下の名前で呼ぶ数少ない友達だ。人間の。
 そして、オレと菅原さんの関係を知っている。まあ菅原さんも龍も入ってるバレー部には大体把握されてるんだろうけど。龍にバラすなとは言ってねえし、龍は口堅くねえからな。



「お前も入ればいいのによー」
「こんな問題児が入ってどうすんだよ」
「問題児ならうちにもいっぱいいるぜ!」
「龍とか?」
「おいコラ」
「冗談だよ。とにかくオレは入るつもりねえから」
「じゃ、今度練習ぐらい付き合えよなー!」
「考えとく」

 約束だからな! と意気込む龍に、はいはいと笑って軽く返す。
 これもいつものやりとりだ。オレの返事はいつも変わんねえのに、毎回誘ってくる龍は健気というかしつけえのか。
 龍がいい奴だとわかってるからこそ、そのたびに申し訳なさも実はちょっと感じている。龍はそんなこと気にすんなって笑うだろうけど。


「バレー部の菅原先輩さ、また告白されてたってよ」
「マジかよ! やっぱり部活やってるともてんのかなー」
「バカ、あの人の場合顔もいいんだよ。断ったらしいけど」
「ああ、付き合ってる人いるんだってな」
「もったいねー、よっぽど綺麗な彼女なんだろうなー」



 自分の弁当と猫に朝あげた餌の残りを持って、朝行った場所に向かう途中のことだった。通りすがりに話していた男子たちの会話をふと耳にして、立ち止まる。それっきりその話は終わったみたいで、男子たちはそのまま歩いて行った。
 しばらく廊下を眺めていたけど、近付いてくる人の足音ではっとなる。いつまでも、こんな場所にいたら邪魔だ。


「あれ? 君って確か―」
「…あ、えっと、あさひ? さん?」
「あっ、そうそう。覚えててくれたんだ」
「菅原さん、から、よく話も聞いてたんで」
「そっか。しばらく見なかったけど、元気?」
「はい。えっと…」
「旭でいいよ。みんなからそう呼ばれてるし」




 いつも菅原さんや田中から聞く呼び方は旭さんだったので、名字を知らなかった。聞いたところ東峰さんというらしい。よし、覚えた。
 旭さんもオレと似たような感じで、見た目のせいで不良と間違えられるらしい。まあオレと違って、実は気の弱いところがあるあたり可哀想なのかも。


「えっと、旭さん…は、購買っすか?」
「うん、弁当忘れちゃって」
「…よかったらこれ、いります?」
「これ、君のじゃ―」
「オレ、メロンパン好きなんです」
「えっ?」
「今日、メロンパン食べたい気分なんです。メロンパン残ってたら、そっちと交換してください」



 別に嘘は言っていない。節約になるからいつも弁当を作ってきているけど、メロンパンは好きだし。
 うちの購買は、結構激しいほうだったりする。主に運動部の部活生の戦いが。旭さんみたいに身長があるならまだしも、オレはそんなに身長ないし。それも弁当を作る理由となっているんだけど。
 少なくとも購買のパンよりはバランスの取れた弁当だと思います、と言えば旭さんは困ったように笑った。


「ごめん、お待たせ! メロンパンあったよ」
「すみません。買いに行かせちゃったみたいで…」
「いや、弁当忘れた俺が悪いんだし。あとこれ、まだ残ってたから」
「わ、クリームパンまで…いいんすか?」
「メロンパンだけじゃ、足りないかなと思って。あっ、もしかして嫌いだった?」
「いや、クリームパン大好きなんです。ありがとうございます」



 帰ってきた旭さんからパンを受け取って、代わりにオレの弁当を渡す。
 本当にいいのかな、スガにも悪い気が…という旭さんの言葉には聞こえねえふりをした。
 気は乗らねえけど、弁当箱は部活後に返してもらうことにした。明日でもいいって言ったんだけど、そこだけは旭さんが譲らなくて。
 旭さんと別れて、オレはまた猫のもとへと向かった。

「にゃー」
「こっちはダメ。オレの」
「にゃあ…」
「ほら、ちゃんと持ってきてやったから」


 パンに視線が一点集中する猫に持って行かれないように高く上げてから、鳴いて催促する猫に朝の残りをあげる。
 猫が口にしたのを確認してから、オレも腰をおろし袋を開けてメロンパンにかぶりついた。うん、うまい。
 咀嚼するオレを猫は横目で見ていたけど、自分もごはんを食べたいのかすぐに集中した。そんな猫に笑って、さっきのことをふと思い出す。


「なんで、菅原さんと付き合ってるんだろう」

 意味のない質問を口に出したところで、今ここには食事に夢中な猫しかいない。それでも、さっきの会話で突き付けられた気がした。
 なんで、菅原さんみたいに綺麗のかたまりみたいな人が。なんで、オレなんかと。



「わっかんねーなあ…」

 告白は、菅原さんのほうからだったと記憶している。
 そりゃそうだ。オレなんかが告白したところでまず受け入れてもらえるどころか、呼び出しても別の意味で捉えられそうだし。
 だから菅原さんに呼び出された時、周りの視線は明らかに菅原さんを心配していた。
 告白されたのも初めてで、オレなんかに好きだと言って告白してくれた時だって、菅原さんはきらきらしていた。
 付き合って欲しいと真剣な顔をして言う菅原さんに、別にいいっすけど、と可愛げのない返事をしても菅原さんは笑顔でありがとうと言った。


「…もうそろそろ、終わり、かな」



 菅原さんに告白されて嬉しくなかったわけがない。たとえ一緒に出掛けられなくてもオレはそれなりに楽しかったし、人目を気にして部活を観に行くことすらできなかったのはオレのほうだ。
 でも、菅原さんの隣で笑う女の人を想像して、適わないと思った。きっと絵になるし、部活だって健気に応援して―マネージャーをやったりするかもしれない。練習がない日は一緒に出掛けて、お似合いだ、なんて。




「にゃあ」
「…ん? ああ、ありがとな。大丈夫」

 所詮、違う世界の人だったんだ。あんなに綺麗な人と、少しの間だけでも付き合えたこと自体。だからどんな結末になろうと、オレも最後ぐらいは笑ってお別れを言える。
 すり寄ってきた猫を撫でながら、そう遠くないその時を想像して目を閉じた。


「じゃ、俺部活行くからよ! 明日こそ来いよ!」
「考えとく。んじゃ、また明日―」
「あれっ? スガさん! どうしたんすか?」
「ちょっとね。部活遅れるから、先に始めといて。大地たちには言ってあるから」
「わかりました! じゃ、お先っす!」



 後はもう帰るだけという段階になって、龍と別れてオレは旭さんから弁当箱を受け取る約束の時間までどう潰そうかなあ、と思っていたところだった。龍について行って部活を観に行っていいものか迷ったのは、さっきの今で気が進まなかったのもある。
 またあの猫のところにでも行こうか、猫がいるとは限らねーけど。
 そう思った瞬間、龍と喋ってたその人の声に顔を上げてしまった。

「菅原、さん」
「ん。今、ちょっといい?」
「オレは大丈夫、っすけど」
「ちょっと話したいことがあってさ」


 ここじゃなんだから、場所変えよう。
 そう言って進む菅原さんの後ろについて歩いた。
 ああ、いよいよか。もしかしたら菅原さんは優しいから、ズルズルとこの関係に甘えてたオレに付き合ってくれたのかもしれなかった。
 せめて、もうちょっと菅原さんにいい思いをさせるとまでは行かなくとも。可愛げのある返事ぐらいするんだったと。今更後悔しても遅いけど、せめて菅原さんが次は幸せになれますように。
 前にいる菅原さんに気付かれないように、作った拳をぎゅっと握った。



「ここでいいかな」
「あの、」
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい」
「どうして、旭に弁当渡したの?」
「…えっ」


 使われていない教室だろうか。物置とも化した少し埃くさいそこは鍵も壊れていて、菅原さんみたいな人がこんな場所を選ぶのも意外だった。やっぱり、人気の少ない場所がいいんだろうか。
 てっきり初っ端から別れ話を切り出されると思ったオレが菅原さんの言葉に戸惑ったのは、振り返った菅原さんが笑顔だったから。笑顔なんだけど、目が笑ってねえ、とでも言うんだろうか。

「あ、さひさんが弁当忘れたって聞いて、それで、久し振りにパンでもいいかなって」
「…旭のこと、そう呼んでるんだ?」
「下の名前しか聞いたことなくて、あの、」
「旭じゃないよ」
「え、」
「弁当。俺が、食べちゃったから」



 勝手に悪いと思ったけどさ。ああ、旭には俺の弁当あげたから大丈夫だよ。
 にっこり笑う菅原さんに、大丈夫です、と声を出そうと思って顔を上げたところで気付いた。菅原さんと、オレの距離がさっきよりも近付いていたことを。

「そ、れは別にいいんすけど」
「よかったよ。それで、弁当箱は俺が持ってるんだけど」
「あっ、すみませ…」
「今は、持ってないんだけどね」
「…ん?」
「どうしても、話したくてさ」



 …ふたりっきりで、ね?
 目をゆっくり開いて囁く菅原さんは綺麗なのに、悪寒のようなものが身体を走った。

「すがわら、さ」
「ねえ。俺のこと、好き?」
「…は?」
「旭よりも? 田中よりも?」
「あの、」
「俺はお前の中で、何番目なのかな」


 すっと流れるように菅原さんが一歩を踏み出す。いつものような柔らかい声ではなくて、探るような視線だった。
 縮まる距離に思わず一歩下がれば、また菅原さんが距離を詰める。無言の繰り返しが続いて、とうとう背中に壁が当たった。




「どうして逃げるの?」
「逃げるつもりは、ただ、近っ」
「俺が近いと、嫌?」
「一体、何の話で…」


 壁に服が当たって汚いとか、そんなことを考える余裕すらなかった。近付いてくる菅原さんの手はスローモーションみたいにゆっくりだったのに、オレは反応できなかった。
 そのまま腕を掴まれて引かれたと思ったら、気付いた時には菅原さんの腕の中で。



「っ誰か来たら」
「誰も来ないよ。こんな場所」
「でも、」
「ちょっとごめん」
「…っ!?」


 一度身体を軽く離されたと思ったら、出しっぱなしにしていたシャツの下から肌を滑る感触。ぎょっとしてその先を見ると、菅原さんの手がオレのシャツの中に入り込んでいた。
 指先でゆっくりと脇腹を撫でられ、つい出そうになった声を止めるために慌てて口を押さえた。それでも菅原さんの動きは止まらなくて、身体がぴくぴくと震える。
 別に変なことをされてるわけじゃないのに、涙がじわりと浮かんで顔が熱を帯びた。

「腰、弱いんだ? かわいいな」
「やめ、あ! …っ」
「気持ちよくない? …ここは?」
「っうぁ、マジ、やめ…」
「本当に嫌なら抵抗しないと。お前なら、力ずくでも俺を突き飛ばせるだろ」



 菅原さんの手はまだ俺のシャツの中に入ったままで、どけて欲しくても動かされた瞬間に身体から力が抜けていく。
 菅原さんの言う通り、全力を振り絞れば突き飛ばせることもできる。でも、そんなことをしてバレー部の菅原さんが怪我でもしてしまったら? 考えただけで、オレが動く理由はなくなった。
 菅原さんがどういう目的でこんなことをしてるのかわかんねーけど、最後になるかもしれないこの時だけは、せめて菅原さんの思い通りに。


「…んで、」
「…?」
「なんで、抵抗しないの」
「菅原、さん?」
「好きでもない奴に、こんなことされてんのに」

 するりと手が離れたかと思えば、切ない声を出した菅原さんの表情は苦しそうで。いつも穏やかに笑う菅原さんとは程遠くて、思わず瞬きしてしまう。
 というか今、とてつもなく予想外な言葉を聞いた気がする。え?



「す、きでもなくはない、すけど」
「俺といる時、いっつも楽しくなさそうだろ」
「は?」
「田中とはクラス同じにしても、旭のこと名前で呼んでるし」
「あの、」
「…それに、こんなに酷いことしたんだぞ」


 酷いこと、とはさっきのことだろうか。確かにびっくりはしたけど、何も殴られたわけじゃねえし…
 いやいや、ちょっとタンマ。なんでここで旭さん? 龍も旭さんも菅原さんのチームメイトだし、


「だって、最後ぐらいは」
「最後?」
「え? だって、別れ話の」
「それは、お前が?」
「えっ?」
「…違うの?」
「いや、それは菅原さんが―」
「…は?」
「えっ」



 な、何だ。どういうことだ。菅原さんは別れ話をするつもりで、オレをここに連れ出して、あとは綺麗にお別れして終わりだったはずだ。なのに、なんで目の前の菅原さんは不思議そうに首を傾げているんだ?
 よくわかんねえけど、なんか話、噛み合って、ない…?

「そのつもりでここに来たんじゃ…?」
「…ちょっと待って、時間をくれ。意味わからなくなってきた」
「菅原さん、告白されて付き合うんじゃ…」
「俺の記憶が正しければ、俺たちって付き合ってるはずなんだけど」
「だから、別れるためにここに」
「は…?」



 ついに菅原さんが頭を抱え出した。
 ど、どうしよう。オレも意味わかんなくなってきたんだけど。
 だって菅原さんほどなら告白されて断る理由にオレ…男だということを伏せているにしても、さすがに今回ばかりは綺麗な人で断る理由もねえだろうし。オレは同性という以前にこの見た目で普通の人より視線を集めてしまうし、よくない意味で。
 それに、綺麗な人の隣に立つなら綺麗な人が似合うに決まってるって、思ってたんだけど。
 え、オレなんか間違ってる?




「聞いてもいい? 俺のこと、嫌い?」
「嫌いになる理由がないっすけど」
「じゃあ、なんで別れ話が出るんだ? さっき俺が酷いことしたから」
「え? いや、さっきのは別に…びっくりはしました、けど」
「…ん?」
「えっ、だって、断る理由がないんじゃ…綺麗な人、だったんすよね?」



 菅原さんが大きな溜め息を吐いて、大きく身体が跳ねた。
 な、なんか気に障るようなこと言ってしまった?
 心配になって手を伸ばせば、勢いよく顔を上げた菅原さんに手の動きは止まる。そのまま伸ばしかけた手をぎゅっと握られ、声を上げたのはオレのほうだった。


「ねえ、なんで俺がその人と付き合うって思ったの?」
「えっ? だって、綺麗な人が似合う、し」
「綺麗な人…ね」
「菅原さんも綺麗だから、オレなんかより女の人が」
「…なんとなくわかった」

 えっ、オレ何が何だかまったくわかんねーんですけど。
 菅原さんはオレの手を強く握ったまま、また深い溜め息を吐いた。
 オレのせい…だよな? で、でもこれどうしよう。




「とりあえず、俺はお前と別れるつもりはないから」
「えっ」
「傷付くぞ。その反応」
「でも、だって」
「好きなのに、なんで別れなきゃいけないの」

 なんか今日だけでこの言葉を菅原さんは何度も口にしてる気がするけど、目の前の菅原さんは少し不機嫌そうで。


「俺はね、綺麗な人よりもお前と付き合いたいよ」
「えっ…」
「それに、俺のこと綺麗だって言うけどさ。俺だって綺麗じゃないよ」
「そんなこと、」
「あるよ。…お前のほうが、よっぽど綺麗だ」



 手を掴む力が緩まったと思ったら、そのまま薬指に口付けられる。吸うように音を立てられて、思わず手を引っ込めた。
 オレの行動に菅原さんは噴き出すように笑って、ぽんぽんと頭を優しく叩いてくれる。あ、いつもの菅原さんだ。
 でも真っ直ぐに見つめてくるその視線にドキドキして、何か喋らなければ、と思った。衝動的に。




「で、でもやっぱり菅原さんは綺麗、だと思います」
「そこまで言うなら、教えてあげようか?」
「…は?」
「さっき、手入れた時さ。ちょっと興奮した」
「えっ!?」
「実は今もキスしたいって思ってるし」
「ちょ、」



 俺のことはまだ名字なのに旭のこと名前で呼んだ時嫉妬したし田中はしょうがないとしても弁当ってお前の手料理でしょ?
 それを旭に渡すなんてどうしようもなくむかついたし、まあ旭には伝わったと思うから牽制しなくてもいいんだけどむしろ必要なのはこっちのほうかな。鈍感なのもかわいいけどあんまり鈍感すぎると困るもんな。
 これ以上のこと起きたら俺も我慢できるとは言い切れないし、いずれそういうことはしたいと思ってるけど。
 笑顔を崩さないままの菅原さんから放たれたマシンガントークに、開いた口が塞がらない。
 す、菅原さんってこんな人だったっけ。




「よし、んじゃ部活行くべー」
「えっ、あの、オレは」
「一緒に行くよ? どうせ暇でしょ」
「いや、弁当箱…」
「ああ、心配しなくてもちゃんと家まで送ってあげる」
「そうじゃなくて、」
「…手繋いで、体育館まで連れてってあげようか?」

 何ならこれでもいいけど。
 そう言った菅原さんに所謂恋人繋ぎというものをされて、慌てて手を離そうとするも力を込められて適わなかった。それどころか、痛いぐらいの力が伝わるのに菅原さんは相変わらず笑顔で。
 い、行きます…と言うのが精一杯だった。



「ああ、ちょっと待って。顔に何か付いてる」
「すみませ…んっ、」
「…なーんて、ね」

 視界いっぱいが菅原さんの顔に埋め尽くされたと思ったら、唇に柔らかいものが当たった気がした。いや、気じゃない。
 オレが呆然としてる間に離れた菅原さんは、目を細めるように微笑んでいた。


「これからもよろしく」

 ああ、このケンカだけは、勝てそうにない。オレは握った拳を緩めて、薔薇みたいに刺々しい菅原さんの背中を追った。





fin.

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