だいすきなあなたへとくべつのぼくを | ナノ

「うぅーん」

 部室で俺は、携帯のメール画面を見ながら唸っていた。



「どうしたんだ、スガ? 携帯見てそんな声出して」
「いや、ちょっとね。ただの勘なんだけど」
「せっかくの誕生日にそんな声出して…ああ、もしかして、あれか?」
「そう。ほら、これ」

 “あれ”や“これ”と言ったそれを見せるために、携帯に表示された画面を大地たちに見せる。
 大地と一緒になって覗き込んだ旭から、ああ、と苦笑したような声がもれた。


「俺のことになると張り切るからなあ」

 変なことにならないといいんだけど。
 ぱったりメールが届かなくなった携帯を閉じて、俺は着替えるしかないのだった。



「あのー、バレー部の人ですか?」
「? はい、そうですけど…」
「あっ、よかった! あの、菅原を探してるんですけど―」

 だから、気付かなかったのだ。外にいた山口に、もうその手が迫っていたことなど。


「すみません、遅れましたー…」
「あっ、山口やっと来たー! …ってあれ?」
「お邪魔しまーす」
「…誰?」
「俺にもわかんなくて…とりあえず、菅原さんのこと聞かれたから―」
「俺がなんだって?」


 入ってきた山口は囲まれているせいでよく見えず、山口の会話に出てきた俺の名前に反応して前に出る。俺の言葉によりみんなが振り返ったことで、視界が少し開けた。山口と、その先―

「…こーちゃんっ!」
「あ」

 障害になっていたであろう日向を押しのけて、俺の名前を呼んだその見慣れぬ姿は、一年以外には見慣れないものであった。



「来ちゃった!」

 俺の頬にキスをひとつ落とし、笑う姿を俺はよく知っている。響き渡る絶叫に、ああ、今日の部活がみんな集中できなかったら俺のせいだなあ、なんて呑気に考えていた。


「来ちゃった、って…もしかして、これのことだったのか?」
「うん。お誕生日おめでとう!」
「朝も聞いたけどありがとう」
「何回でもおめでとうって言いたいのー!」
「はいはい。それで―」
「ち、ちょっとすみません」



 突如表れた見知らぬ姿に、声を掛けたのは影山だった。その声色には明らかに動揺が混じって、影山の後方から見つめる一年たち全員同じ気持ちだったらしい。

「…誰、すか?」

 ごくりと日向が唾を飲む音が聞こえ、場が静かになった瞬間だった。顔を見合わせたその先で苦笑するような大地の表情に、どうやら気付いていなかったのは俺だけだったらしい。
 ああ、と声を出してから、俺に巻き付く腕をやんわりと離した。



「日向たちはまだ知らなかったか。俺の弟だよ」
「へー、おとう…はぁ!?」
「お兄ちゃんがいつもお世話になってまーすっ」
「えぇーっ!? お、おと、お、とこ?」
「いい反応だなあ」
「自分たちが初めて知った時のこと思い出すよなあ」



 影山に続いて驚くような日向の絶叫に、制服を身に纏った―一目では同性とわからないような、俺の弟はにこにこと笑っている。
 連れてきた山口はあんぐりと口を開けているし、月島は興味がないのか―いや、面倒なことに巻き込まれたくないって顔かな。
 ほぼ同じ反応を見せる一年たちを見る大地の目は、きっと暖かいものに違いない。


「でも制服…?」
「ああ、学校は違うんだよ。俺が烏野で、弟は青城」
「いや…あの、制服…女子のッスよね…?」
「お兄ちゃんに会いに行くから貸して! って言ったら女子が貸してくれたの」
「青城の制服も可愛いじゃねえか…!」
「でしょー? さっすが夕くん、わかってるー!」

 そう。俺の弟だと気付けない一番の理由は、ここにあった。
 仲の良い西谷がいち早く反応して、それに笑ってくるりと回って見せる弟。田中もそれに混じって、青城の女子の制服について盛り上がっている。普通の男が着たら罰ゲームにしか見えないその制服姿は、俺の弟だからこそ自然に見えるのかもしれなかった。




「あっ、新しい女の子がいるー! マネージャー?」
「うん。新しく入ってくれた谷地仁花ちゃん」
「かーわいー!」
「ほあ!? い、いえ、あなたに比べたらそんな…!」
「やだーもう好きになっちゃうー」


 目ざとく見つけたのか清水たちに自分から入っていって、一緒になって騒いでも違和感は感じられない。
 最初に清水と仲良くなった弟に対して、西谷と田中がどう反応を示すものかと思っていたのはいらない心配だったようで。今だってそうだ。眼福だ、とつぶやきながら黙って事を見守る西谷の隣で、うんうんと縦に頷く田中を見慣れた縁下の目も生温い気がする。


「あ。さっきの! えーと、山口くん? だっけ」
「はっ、はい!」
「下の名前なんて言うの?」
「たっ、忠ですっ」
「そっか、忠くんか! いい名前だね。さっきはありがとう」
「いっ、いいえ…!」




 清水たちと話していたことで油断していたのか、突然話しかけられた山口の顔は赤かった。
 しどろもどろに返事をする山口の手をぎゅっと握って、微笑んでみせるその姿はどう見ても女子の先輩にしか見えないのだろう。女子にあまり耐性がないのは日向だけではなかったらしい。いや、女子じゃないんだけどさ。

「で、結局何しに来たんだ?」
「この姿で、お兄ちゃんお祝いしたいなって思って…あっ、旭くん! 戻ったんだねーよかった!」
「うっ、その節はご迷惑をおかけしました…」
「ほんとだよー。もうお兄ちゃんに悲しい顔させたら、怒っちゃうんだからねっ」



 旭の姿に気付くと、笑顔を崩さずに言う弟。申し訳なさそうに頭を下げる旭。
 どっちが先輩なんだかな、とつぶやく大地の言葉に確かにな、と横で笑う。

「あっ、もしかして君が飛雄ちゃん?」
「ぐっ、そ、の呼び方やめてくれないッスか…」
「ああ、ごめんね。徹ちゃんがいつもそう言ってるから」
「徹ちゃん? って、まさか…」
「俺のクソ生意気な後輩によろしくねー、だって」


 全然クソ生意気なんかじゃなくてかわいいのにー! 徹ちゃん口だけじゃなくて性格も悪いから苦労したでしょー、顔だけはいいくせに本当に中身が残念っていうか。口悪いのは徹ちゃんに負けないかな? でもぼくは徹ちゃんより飛雄くんのほうが好きだよ! とマシンガントークばりに言われて、あざっす、と頭を下げる影山は慣れてきたのか至って冷静な表情をしている。
 …影山は、やっぱり大物かもしれないな。



「せっかくお兄ちゃんのポジション引きずり降ろしてここに立ってるんだから、青城なんかに負けないでねっ」
「言い方に棘を感じる…」
「ああ、怒ってないから大丈夫だよ。勝つために必要なんでしょ?」
「…ていうか、青城の応援しなくていい? んスか?」
「ぼくは、いつもお兄ちゃんが一番だから」


 そう言ってまた俺の隣に戻ってきた弟が、俺の腕に組んで絡みつく。
 ちょっとは抵抗したらどうですか、とでもいうような目線を送る月島に、慣れちゃったからなーと目線を返す。月島もいつか慣れるよ、と微笑めば慣れてたまるかという表情をした月島とは案外意思の疎通ができているのかもしれない。

「じゃあ、なんで烏野に来なかった? んですかっ?」
「ううーん、内緒っ」
「な…ないしょ…」
「君が日向くんかあ。へえ…いい身体だねえ…」
「えっ!? あっ、あのっ、」
「あ、動かないで。そうそう、そのまま…うん、いい子だね」



 そもそもみんなが気になっていたことを質問にしてぶつけた日向に、弟が自分から近寄る。戸惑う日向を余所に、確かめるようにぺたぺたと日向の身体を触るその様子に一年たちが固まった。赤くなって固まる日向をいいことに、上から下にかけて手が下がっていく。感触を確かめるように脚を触り、揉むようなその触り方に日向の身体が大きく跳ねる。
 ああ、また弟の悪い癖が出てしまったようだ。日向がかわいそうだし、いい加減止めてやるとするか。




「そのぐらいにしてあげなさい」
「ああ、ごめん。…大丈夫?」
「だ、だい、だいじょ、っ」
「…もしかして、初めてだった? ごめんね?」

 真っ赤になっちゃって、かーわい。
 日向の頬をつんつんと人差し指で突いてから、はあ、と感心するように溜め息をもらした弟はまだ感覚が忘れられないのか、わきわきとその手を動かしている。
 耐えられないこの空気は、俺の弟をよく知る一年以外のみんなこそ慣れたものだが日向には謝っておくべきかもしれない。


「月島くん? だっけ」
「…何ですか」
「やだなあ、そんなに警戒しなくても何もしないよ!」
「はあ、」
「そんな如何にも関わりたくないですって顔されて、無理矢理するのも悪くないけどね」

 それをするのは、今のぼくじゃないから。
 顔をめいっぱい近付けて、固まる月島に満足したのか。さてと、と声を出した弟がくるりと背中を向ける。



「じゃあ、そろそろ帰るね。制服も返さなきゃいけないし」
「ひとりで大丈夫?」
「うん。じゃあお邪魔しましたー、お兄ちゃんまたあとで」
「うん。気を付けろよ」


 ひらひらと手を振ってその場を後にする弟に、まるで嵐が去ったみたいだな、と言う大地に笑った。

「あ、もしもし徹ちゃーん? うん、そうそう行ってきた…え? やだなあ教えないよ。だってぼくの一番はお兄ちゃんだもん」

 今日のぼくは、お兄ちゃんのためだけにあるの。
 携帯を耳に当てながら、すらりと長い脚を晒して歩く姿を夕暮れが包み込もうとしていた。





fin.

Happy birthday to Ko-shi !
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テーマ「人外ファンタジー」
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