モーニング・モンスター | ナノ

「今日、あんたは何もすんな」
「…俺、息しねーと死んじゃうんだけど」

 跨がりながら言ってきたこいつに、そんな言葉が出たのはごく自然なことだった。


「ふざけてんのかあんたそういうことじゃねえよ」
「いや、お前がそう言うから」
「今日、あんたから俺に触るなって言ってんだよ」

 頭いーんだからそれぐらいわかれよ、とこいつは眉間に皺を深く刻ませた。
 勿論俺だってそんなことを本気で思っているわけではない。こいつが何を企んでいるのか知らないが、こいつから吐き出された言葉は衝撃的なものだった。
 俺とこいつの関係を考えれば、だが。



「どういう風の吹き回しだ?」
「あ? 何でもいいだろ。気分だよ」
「気分、ねえ」
「いいから、今日ぐらい大人しくしてろよ」

 かわいい後輩のお願いだろーが、と笑うこいつは端から見たら悪人面にしか見えない…のだが、どう足掻いても俺は上に乗っている、こいつとは恋仲にある。
 …今軽いなんて言ったら怒るだろうな。機嫌損ねて途中でやめられたらもったいねーし。


「なんだ、サービスしてくれんの?」
「あー、してやるしてやる」
「投げやりだな」
「うっせえ。口も閉じろよ」
「お前が閉じさせればいいんじゃねーの?」
「…ほんっと、あんたはいちいち人を苛つかせるよな」



 横暴に見えるその振る舞いが虚勢だと気付くのは容易いことで、そんな不器用なこいつを放っておけなかったのかもしれない。
 始まりがどうだったかなんて覚えてないが、こいつは口は悪いが容姿は整っているほうで、てっきり女慣れしているものだと思っていた。
 だから興味本位でこいつにちょっかいを出してみて、冗談のつもりで唇を押し付けてみたのだ。唇ではなく、頬に。
 それでも顔を赤らめて悲鳴を上げるように頬を押さえたこいつに、ポーカーフェイスながらも驚いてる自分がいた。




『お前…童貞だろ?』
『…ッ死ね!』

 握られた拳が自分に向かって振りかぶられたのは当然のことだった。その拳を受け止め、悔しそうに舌打ちをする姿を目の当たりにした時にはもう落ちていたのだと思う。
 こいつの幼馴染みでもあるリエーフから色んな話を聞くたびに深みにはまっていって、しつこくちょっかいを出し続けるうちにこいつが折れた。
 こいつは今のように憎まれ口を叩いてばっかりだが、そんなこいつを気に入っているのだから問題はない。


「ほら、黙らせてみろよ? そのかわいいお口で、な」
「うっせえよ…っ」

 ちゅっ、と優しく触れるようにこいつの唇が押し当てられる。こいつはキスがあまり上手ではない。というより、殆どの場合こっちからなのだ。
 最初に深いキスをした時、うっすら涙を滲ませながら苦しそうに酸素を求めるこいつを見て、素質があることは充分に窺えた。それでも、自分からすることにはまだ慣れていない。
 だからこそ今日のように、こいつが自分からしてくるなんて珍しいことこの上ないのだ。



「足りねーな」
「ん、っ!?」

 こいつが頑張ってくれているのはわかるが、これでは生殺しのようなものだ。
 わずかな隙間を塗って、薄く開いた口から舌を侵入させる。逃げようとするその唇は自分が起き上がることで離さず、最後に上唇を吸って離してやればこいつが苦しそうに息を吐いた。


「はあっ…あんた、から、触んなって、言った、だろ…っ、」
「指一本触れてねーけど?」
「そういうの、屁理屈って言うんだよ…!」




 俺の身体に手をついて息を整えるこいつを見上げて笑っていると、機嫌を悪くしたようにむすっと表情を変える。
 濡れた唇を乱暴に拭ったこいつが、違和感に気付いたのだろう。目線を下に向ければ、石のように固まった。


「…さいっあく」
「身体は正直ってやつでな」
「それ、自分で言うなよ…」
「そう言われてもな。…俺は今日触れねーし、困ったなー。どうすっかなー」
「わざとらしいんだよあんた」


 軽く反応を示している、自分のそれ。軽く、とは言ってもこいつを嫌なものを見るような目つきに変えるには充分すぎる変化で。上に乗っているこいつなら尚更気付かないわけがない。
 どうせやることなんてひとつだ。その目的を果たすために俺のこれは理に適っているはず。
 にやりと笑う俺を嫌そうに見つめるこいつが舌打ちをした。それにくつくつと笑って、少し身体を起こす。
 約束通り、俺からこいつには触れることなく。



「楽しませてくれよ?」

 耳元で囁けば、びくりと震えたこいつに熱が増した。




「…ん、ふっ」



 仰向けになったままの俺のものを舐める音、そして上擦ったこいつの声が響く。
 そういやこいつからしてくるのって初めてかもしんねーな、俺がやっても嫌がるし。まあ嫌がっても最後にはぐちゃぐちゃになった頭で声我慢できなくなるから、ついついやっちまうんだけど。
 俺の見様見真似でやってるのかもしれない。そう思ったら興奮してきて、苦しそうに呻く声がした。無意識に質量を増してしまったようで、顔を上げたこいつが睨み付ける。
 赤くなった顔で俺のもん舐めながらそんな睨み付けられても、逆効果なんだけどな。言わねーけど。


「はい、それじゃ次は自分の可愛がってあげましょうねー」
「…っは、その喋り方気持ち悪いんだよ」
「あ、いいこと考えた」
「…却下」
「まだ何も言ってねーけど?」
「あんたがそんな顔してる時は大抵よくねーこと考えてる時なんだよ」

 口元をぐいっと拭って、疑いの目を向けてくる。
 俺のことそんなにわかってくれるなんて愛されてんなー。
 愛とかねーし気持ち悪いしその胡散臭い笑顔やめろ。
 行為中とは考えられないその会話に、思わず笑い声が漏れる。

「まあ、俺のほうは準備万端じゃん?」
「見りゃわかる」
「でも、お前はまだだろ。慣らさなきゃだし」
「そんなん別に、」
「ダーメ。お前が痛い思いすんのは俺だって嫌なの」
「…そんなの、いつもだってどうせ最初は痛いし」



 ぼそりと呟かれたその言葉は、今ふたりきりであるこの空間で聞き逃すことはなかった。最初は痛い、ってことは後からそうではない、とも取れるわけで。
 …うわ、マジ不意打ち喰らった。当のこいつはそんなことにすら気付いてないんだろうけど。
 あー、こりゃますます離れらんねーわ。今更離してやるつもりもねーけどな。


「俺の指使え」
「…は?」
「俺の指ならお前より長いし、慣れてんだろ」
「あんなの何回やっても慣れるわけねっ、ちょっと待て! あんた今日は動かないって約束」
「だから俺からは動かねーよ」



 動くのは、お、ま、え。
 ゆっくりとそう言えば、意味を理解したこいつが信じられないとばかりに目を見開いた。
 こいつの言い分は、俺が動かないこと、だ。それならば、こいつが動けばいいだけの話。
 深く溜め息を吐いたこいつが、覚悟を決めたのか俺の手にそっと触れる。
 どの指がいい? なんて聞けば、調子に乗るな、と返ってくるこいつの言葉イコール同意だ。




「まずは一本からな」
「…言われなくてもわかってんだよ」

 そりゃ優秀なことで、と笑ったのを合図にこいつが俺の指を舐める。さっき俺のものを舐めたその口で、舌で。ああ、たまんねーな。
 意を決したのか、ぬらぬらと濡れた指を突き出すように俺の手をしっかりと持ち、おそるおそる身を沈めた。



「…っ、」
「そうそう、もうちょいな。きつかったら一気に入れんなよ」
「これ、じゃ、動かせ、ねえ…っ」
「だからお前が動けばいいんだろ」

 そう持ちかけたのはお前だぜ?
 そう言ってやれば、まだ少ししか入っていない状態でゆっくりではあるが腰を動かし始めた。声を上げながらだんだん指が奥深くへと誘い込まれていく。いつもなら指動かしてるところなんだが、今日は動かないという約束なので俺はそのまま。
 少し慣れてきたのか、水を帯び始めた音にそっと口端を吊り上げて笑う。


「前も自分で弄れよ。そのほうがやりやすい」
「…ん、ん、くっ」
「ほーら、もう手離していいから。最後まで入ってるし?」
「うっ、はあ…あ、ん、ふっ」
「ん、柔らかくなってきた。いいぜ」
「い、ちいち、言う、な…っ!」



 俺の指を突っ込ませたまま、自分で前に手を伸ばし俺を見るその瞳は潤んでいる。
 …あー、こりゃえろいわ。思わずごくりと喉が鳴ったけど、自分のことで精一杯なこいつが気付かなかったのが幸いだった。
 余裕ないとこなんてできれば見られたくねーしな、もうだいぶ余裕ねーけど。

「…んじゃ、そろそろ抜く?」
「…自分で、やるっ…、んっ」
「はい、よくできましたー。じゃあ次はこっちな」
「まだ、萎えてねーのかよ…」
「そりゃ、こんなん見せつけられちゃなあ?」


 腰を浮かして抜けたこいつのものが纏わり付いた指に、見せ付けるように舌を這わせる。悪趣味、と囁いたこいつの顔はほんのり色付いて赤い。俺からは動きません、とでも言うように手を挙げて万歳の体勢を取った。
 俺のものをしっかりと掴んだこいつが、跨がったその腰をゆっくりと沈める。ぶつかってびくりと跳ねた身体は一度離れ、それでも覚悟を決めたのか再び沈む。
 ていうかゴム付けてねーんだけどいいのかな、そこまで余裕なかったんだろうが今更言い出せねーし。ちょっと俺も我慢できる余裕ねーんだけど、そんなの気持ちいいに決まってるからいいか。




「…いっ、」
「最初からいきなりってのも無理だから、ちょっとずつ動かせ」
「…ん、んっ」
「ちゃんと入ってる。上手だぜ」

 何度やっても俺のものをすんなり受け入れる―なんて都合のいい展開はあるわけない。まだ先端のほうだけだが、それでも少しずつこいつが動くたびにあの感覚が蘇る。
 ああ、早く入りてえ。…焦らしプレイってこういうことか。これはこれでたまんねーかもしんねーけど、今の俺にとっちゃ蛇の生殺しだ。


「まだきついから前弄っとけ。そしたら緩くなる」
「…ふ、はっ」
「そうそう。で、腰落としてー」
「んぐっ、う、あっ…」
「いい感じ。浅くでいいから動かせ」



 もう俺が何を言っても、耳には入っていないようだった。顔を赤くして、俺のものが入るように没頭するその様子はさながら俺のために頑張ってくれているように見えて。
 半分だぞー、と声をかけても上擦った声を上げながら俺を見て、前を弄る手は止まらない。感じてきたほうが俺だってやりやすいんだけど、あんまり刺激すんなよ。
 正直俺だって今すぐ全部ぶち込みたいけど、俺の声も届かないぐらい悦に入ったこいつはもしかすると初めてかもしれない。




「…俺から動くか?」
「い、い。いらな、」
「じゃ、お前の腰動かすぜ? たぶんこれ以上自力は無理だし」
「い、待っ―ッアァ!?」


 上半身を起こして手で掴んだこいつの腰を、ぐ、と一気に沈める。声を上げて一層苦しそうに呼吸をするこいつに、ふう、と息を吐いた。
 焦らされたせいなのか、正直いつもより気持ちいい。たまんねえ。相変わらずきついけど、俺を締め付けて離さないこの圧迫感は嫌いじゃない。
 油断したら食いちぎられそうで、中で出したらさすがにキレるかもな、なんてことを思いながらこいつの涙を指で掬いとった。


「はい、ひとまずお疲れ。ここから俺の番な」
「約束、ちが、っあ」
「こんな状態で我慢できるかっつーの。後で謝ってやるからよ」
「っ、やだ、や…っ!」
「ん? これ嫌? ちょーっと待ってな」



 すぐに気持ち良くしてやるから。
 そう耳元で囁いても、いやいやと首を横に振るこいつには聞こえていないかもしれなかった。こうやってる時はかわいいんだけどな、なんてふっと笑う。
 ―振り落とされんなよ。
 その言葉を合図に、ぐっと掴んだその腰を浮かせる。それをまたゆっくり沈めて、また浮かす。その感覚を徐々に縮めて、柔らかくなっていくその中と比例するように上がるこいつの声にぞくぞくと背筋が何かを走って、思わず唇を舌で舐めた。




「ところでお前、ゴム付けてねーのってわざと?」
「ッア、あ、あぁ、っう」
「…って、聞こえてねーか。気持ちい?」
「や、だ、やだ、いやだ…っ」
「もうちょっと嫌そうな顔してから言えよ」
「ひっ、あ、あっ、んぐ…っ、ん」



 我慢するように声に詰まるこいつを見れば、だらしなく開かれた唇が妙に色っぽくて衝動的に口付けた。
 抵抗する余裕がないのか、それとも力が残ってないのか。両方かもしれない。
 舌を差し入れてもすんなりと受け入れたその口内で、意識を戻すつもりでゆっくりと動かした。


「っ、ふぁ」
「あー…悪い、出ちゃうかも」
「っ!? や、待っ…てっ、て…!」
「ちゃんと後処理してやるから」
「ううん…っ、」
「…ん、一緒にな?」

 そのまま強く揺さぶって、ラストスパートをかける。縋り付いて声を上げるその様子が俺を求めるようで、息を詰めてそれを吐き出した。最後の最後まで入れ込むように動かしてこいつを見れば、小刻みに震えたこいつのものはまだだった。
 一緒にって言ったのにな、まあそんな都合よく一緒にいけるわけねーか。気持ちいい想いさせてもらったし、ちゃんとサービスしてやんねーとな。



「やだ、抜い、抜けよ…っ、ひっ、ん」
「あー、あと二回したらな」
「ふざ、けっ、あ!?」
「まだお前いってねーし。それに言ったろ?」

 楽しませてくれ、ってな。そう笑ってまた腰を動かし、部屋いっぱいに響くこいつの声にそっと目を伏せた。
 ああ、たまんねえ。まだ見たことのない俺の中の獣が、こいつによって目を覚ます。

「“俺”を起こした責任は、取ってくれよ?」

 ゆっくりと目を開けば視界いっぱいにこいつの姿が広がって、目を細めて肩口に噛み付いた。





fin.

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