はじめてをちょうだい | ナノ
最初は、ただの興味本位だった。
「そういやお前、また告白されてただろ」
「えっ、マジ?」
「あー…断った」
「もったいねー! 恨むぞ」
「バレーでいっぱいいっぱいなの。振られるのが目に見えてる」
木兎さんに用があってたずねた教室の、隅のほう。クラスメートだろうか、木兎さん以外の先輩たちと話すあなたがいた。
木兎さんといる場なら話したことはあるものの、ふたりきりで話す機会はなかった。
だから、興味本位だったのだ。木兎さんを呼んでもらう間に、ふと、その会話が耳に入ってきた。それだけのこと。
「おっ、赤葦! どうしたー?」
「…ああ、お疲れ様です。実はですね―」
必要事項を口に出しながら、ちらりと向こうのあなたを見やる。こちらに目を向けるあなたとばっちり目が合って―その視線はあなたのほうから外された。
直感で、わかる。これは木兎さんを見ていたわけじゃなく、俺を見ていたのだと。それも純粋な好意ではなく、気まずい、後ろめたさを秘めた色であることに。
まあいいか、と思っていたのだ。今までは。
別に木兎さんが特別なわけではない。みんなにも木兎さんと同じような表情を見せる。たったひとり、俺を除けば。
「…じゃあ、お願いしますね」
ただ、この時の俺は興味本位で思ってしまったのだ。他の誰にも見せられることのない俺だけに向ける表情が、俺によって引き出された“その時”を。
「どうも、お疲れ様です」
「っ!? あ、ああ…お疲れ」
「すみません、言い忘れてたことがあって」
「…部活のこと?」
「ええ。実は、お願いがあるんですけど…」
木兎さんは見た目通りというか、わかりやすいほどバレーのことしか考えていない。そんな木兎さんだから、あなたのことは勿論誰よりも先にと部活に走る。そして案外遅いのは、あなただったりする。
それは俺となるべく長くいたくないのかもしれないし、何か他の理由があるのかもしれない。
でも、俺が困った顔をして見せれば心配してくれるぐらいの距離感は保たれている。
「木兎さんがトイレに行ったきり戻って来なくて」
「…珍しいな。いつもならすぐ帰ってくるのに」
「先に始めちゃうと、また面倒なことになりかねないので…」
「ああ…じゃあ、俺が見に行くよ」
「お願いします。俺も行くので」
少し、あなたの動きが固まった気がする。想定内だ。
ひとりだけだと木兎さんを止められないだろうから、誰かと一緒に行ってもらえって言われたんです。
そんなこじつけのような理由でも、普段の木兎さんをよく知るあなただからこそ疑いもしない。
じゃあさっさと行って済ませちゃおうか、と背を向けるあなたに手を伸ばす。
まだ掴みはしない。あと少し。もう少し。
遠ざかる足音にぐっとその手を垂らしてポケットに仕舞い込んだ。
「…木兎ー? いないのー?」
「……………」
「ここが一番近いのにな…赤葦?」
「…すみません、先輩」
「…赤葦?」
一番奥のそこ、入口からはよく見えない用具を仕舞う隣の場所こそ一番最後に行き着く場所であり。また入口から遠いため、殆どの人に使われることのない場所だった。
木兎さんの名前を呼びながら、開いてはいるものの個室をひとつひとつ確認して歩くあなたの姿が滑稽でたまらない。
そして最後の場所に手をかけたその時、ただ一言、すみません、と。その言葉を合図にするように、軽くあなたの肩を押した。
「…う、わっ」
「…木兎さんなら、いませんよ」
「あか、あし…?」
「今頃、体育館でいつも通り打ってると思いますけど」
ああ、でもあなたがいないので本調子ではないかもしれませんね。
かろうじて座り込むのを我慢した、という表現が正しいだろうか。
そのまま続くように入って、後ろ手で鍵を締めた。かちゃり、響いた音がまるで合図だとでも言うように。
「あなた、俺のこと苦手ですよね」
「何、言って、」
「ほら、今だって。そんな目で見て」
「…っ!」
「ああ、鏡がないとわかりませんよね」
俺も生憎鏡を持ち歩いているわけではないので、残念です。
そう口に出してしまうほどに、あなたの瞳は怯えていた。いつも俺を見て気まずそうにする、それ以上に濃い刻まれた恐怖感のような。
あまり使われることのないこの個室は、和式であることも理由の一因だ。洋式と違って便座がないため、それほど邪魔にならない。
あなたの肩を押して、今度はしっかりと壁に押し付ける。
「あなたのことが、もっと知りたくなって」
「なんっ…」
「騒がないでくださいね」
「っ!? や、めっ」
「…騒がないでくださいって、言ったじゃないですか」
いくら先輩と言ったって、同じバレー部だ。本気で抵抗されたら、いくら細身といえ無傷で済む心配はない。
だから、そのままあなたの股間をぐっと膝で押す。びくりと大きく跳ね上がったその身体は、やはり微塵も抵抗を見せなかった。
口元に伸ばされた手の隙間から、短く吐き出される吐息。本来押し付けられていたはずの身体は、もたれかかるようにぴったりと付いている。
「…暴れないでくれたら、痛くはしませんから」
木兎さんと違って頭のいいあなたは、この言葉の持つ意味を大いにわかっているはずだ。つまり、逆を言えば―それを口に出すのは野暮なことで。
そこから押し付けていた膝をすっと離し、服の上からするりと一撫でした。それだけでも足元が後退って、あなたの表情を見ればふるふると首を横に振る。先程と違って怯えたその目は薄い膜で潤んで、口元が手で隠されたのは残念に思う。
ゆっくりとベルトを外すその間も、首を振るあなたの少し長めの髪がはらりと揺れる音がした。
「触りますね」
「っ、んっ、う!」
「気持ちよかったですか? さっきの」
「っう、やだ、やめ、」
「やっと喋ってくれましたね」
でも、やめてあげません。
そう言った俺は、どんな顔をしていたのだろうか。ただ自分の口元が動いたことと、あなたの上擦った声だけは覚えている。はっきりと。
下着の中に手を侵入させて、直接包み込む。その熱さに手をずらせば、再びあなたの口から言葉は消えた。
その代わりに、何かを我慢するような息苦しい声が響く。控え目に紡がれるそれが、俺を煽るとも知らずに。
「もしかして、はじめて、ですか?」
「っん、ぐ、あ…っ、」
「誰かと付き合ったこともないんじゃないですか?」
「ふ、うっ…」
「何も知らないのに、こんなことされちゃって。もう戻れないですね」
「…―っ!」
耳元で囁いて、一層強く擦りあげれば。声にならない声を上げたあなたのものが、びくびくと震えた。
俺の手の中に吐き出されたそれを、あなたに見えるように。ねっとりと、それに舌を伸ばして。肩で息をするあなたに、音を立てて刻み付ける。
「…汚れちゃいましたね」
あなたの大きな瞳から、透明な水がこぼれ落ちる。あなたのものを舐めた舌でそれを掬って、声を震わせたあなたを見る。
俺にはきっと、木兎さんや他の先輩たちに向けるような表情は向けられることはない。それでも、こんな泣き顔は俺だけにしか見られない。
きっと。そのきっとを、絶対に。何が何でも、我が物にしたいと。気付かされた。
こんな感情が湧き上がるのもまた、あなたではじめてだったのだと。
「俺のはじめても、あげますから」
だから、あなたのこれからの“はじめて”を、いっぱいくださいね。
ずるりと重力を失ってしまいそうなあなたを支え、薄く開いた唇にそっと指を伸ばす。
どうか、俺がこんな表情を向ける人はあなたが最初で最後でありますように。
ああ、笑いが込み上げるのを止められない。はらはらと濡れた睫毛に指を伸ばして、はじめての入り口に唇を近付けた。
fin.
mutti