nihilistic★HONEY | ナノ

 その柔らかな印象からは想像できない妖しく笑う君に、俺は確かに心を奪われたのだ。



「…ああ、いらっしゃいませ」
「とりあえず、コーヒー。ブラックで」
「かしこまりました」

 2丁目と呼ばれる所謂そういう人たちの集まり。店内をちらりと見やると、仲睦まじくいちゃついている同性同士。
 だけどそれを抜かせば、この辺はメニューのレベルが高いのだ。俺は特に偏見があるわけでもないし、カウンターで俺が注文したコーヒーを淹れてくれた彼は中性的で、このぐらい美人だったら俺でも落ちてしまうかもしれない、と錯覚する。
 その思いを振り切るように香りのいいコーヒーを口に含んだ。



「うまいな」
「ふふ、ありがとうございます。お兄さん、初めてでしょ?」
「ああ」
「だったらまた来てくれると嬉しいですね。…もっとも、生粋ではないようですけれど」
「…初対面でそこまでわかるのか」
「この店でしっかり鍛えられましたからね」


 ここはゲイだろうがリバだろうがノンケだろうが大歓迎ですから。
 ノンケ、という言葉が出た時点で彼はそういう部類に含まれるのだろう。どこか柔らかい雰囲気は女性らしさが滲み出ているのかもしれない。彼に言ってメニューを貰うと、目についたサンドイッチとケーキを注文した。サンドイッチひとつにしてもうまい。




「…実は俺、コックやっててよ」
「へえ、うちの味はお気に召しましたか?」
「ああ、クソ気に入った」
「クソ、ですか?」
「ああ、すごく、とかをクソって言っちまうんだ。俺の悪い癖だな。悪い」
「いえいえ、褒めていただいて光栄です。…こういう時はクソ嬉しいって言えばいいのかな」



 ついでに俺の誕生日を祝ってくれれば俺もクソ嬉しいんだがな。
 今日誕生日だったんですか? すいません気付かないで。
 今言ったんだから知らなくて当然さ、気にしないでくれ。
 ちょっと待ってください、と彼は姿を消すと奥に消えた。やがて白い皿を手に戻ってきた彼は、僕からの誕生日プレゼントです、とサンドイッチを差し出してくれた。
 いいのかい? と聞くと、せっかくの誕生日ですので、と言う彼に甘えてそれにかぶりついた。


「…! うめェ…これは、苺…にホイップクリームか?」
「クリームをちょっと改良してあります。カスタードでもおいしいですけど、僕のイチオシはホイップクリームですね」
「サンドイッチの生地とよく合うな」
「他のパンだったら種類によってはイマイチですが、サンドイッチ用のパンは柔らかくフルーツ向きですからね」
「苺の香りがまたいいな」



 場所に似つかわしくない会話をする自分に思わず笑うと彼もそれは同じだったようで、口元に手を当てて笑うその姿も上品だ。様になっている。
 運ばれてきたパンケーキは見た目にも素晴らしく蜂蜜とバターの香りが食欲をそそる。もう聞き飽きたかもしれないな、と思いつつうまいと口に出したのだが、彼は飽きないようにニコニコと笑っていた。


「この料理とかは…君が作ってんのか?」
「ああ、軽食とかスイーツぐらいのものですけどね。うちは喫茶店ですからそんなに多く作るわけでもありませんし」
「たいしたもんだな。コーヒーもうまい」
「店長がいないものでしっかり身についてしまいました」
「…店長は何やってんだ?」
「さあ、かわいい男の子でも捕まえてるか…それとも、美人に食べられてますかね」


 クスクスと笑う彼の意図はわからないが、台詞から察するに店長はリバなのだろうか。ちょっと悪戯に笑うその様子に店長より彼に興味がわいた。

「…もし俺が、君のことが気になる、って言ったらどうする?」
「大歓迎ですよ? 来る者拒まず、去る者追わず。とはよく言ったものですが」
「俺以外に迫られても受け入れるのかい?」
「ふふっ、もう彼氏気取りですか? …そうですねえ、」




 あなたが嫌だと言うのなら断っても構いませんが、取引には犠牲がつきものです。わかるでしょう?
 人差し指を口に当てて笑うその様は契約を求める悪魔のよう。小悪魔と呼ぶには優しすぎるし、恐ろしいほどに綺麗に笑うその様子は悪魔と言ってもいいかもしれない。…つまり、俺はもう戻れないということだ。
 さあ、どうします? と悪戯に笑う彼の手を取って、手の甲にそっと口付けた。



「勿論です、レディ…じゃねェな。ジェントル?」
「ふふ、紳士的ですね。サンジさんは」
「…俺、名前言ったか?」
「いいえ? かっこいいコックさんがいると、噂を耳にしましたので」


 ぽかんとする俺に、こっちじゃ結構評判だったんですよ、と笑う君。
 俺ァ一目惚れなんだが…奇遇ですね、僕も一目惚れです。なんと質の悪い。
 僕、狙った獲物は逃がさないんですよ。
 口端を歪めて笑う彼に、こりゃまたとんでもない悪魔に捕まっちまったもんだ、と息を吐く。



「…君の味も知りたいんだが、いただけるかな?」
「かしこまりました。…食後に?」
「いいや、今すぐ食いてェ」
「…仕事さえ終われば、すぐに」
「そりゃ楽しみだ」
「僕も楽しみですよ?」

 あなたの味。そうニヒルに笑う彼に、してやられた、と俺は頭を抱えた。こりゃまたとんでもない悪魔に捕まっちまったもんだ。
 蜂蜜のたっぷりかかったパンケーキを口に含みながら、胸いっぱいに広がる甘さに俺は笑った。





fin.

Happy birthday to Sanji !
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