スウィートスポット・ラヴァーズ | ナノ

「幸村部長、誕生日おめでとうっす!」
「ふふ、ありがとう」

 赤也の声を合図に、部員から贈られるプレゼント。既に贈られたたくさんのプレゼントを入れた袋とは別に、通学鞄にそれらを入れる。ええーっ今開けないんすかあ? と言う赤也に、家に帰ってから開けるよ、と微笑み返した。



「悪いけど、今日は席を外していいかな。入り用があるんだ」
「ああ、俺たちのことは気にせず言ってくるといい」
「また明日な、精市。良い誕生日を」
「ふふ、ありがとう。ちょっと不良のところに会いに行ってくるよ」


 後ろで響いた赤也の驚く声に笑いを堪えて、そのまま部室を後にする。

「ちょ、だ、大丈夫なんすか幸村部長! 不良ってっ、」
「落ち着け、赤也。不良は不良でも精市の幼なじみだ。心配ない」
「そもそも不良になりたくてなったわけじゃねぇしな」
「まあ、今日でその幼なじみの関係がどう変わるのか―見物じゃが」
「は、はぁ…?」
「とにかく俺らは事後報告を待つとしよう」


 わけがわからないというような赤也の頭を数回撫でながら、柳は外に目を向けた。空はまだ青い。




「あ、やっぱりここにいた」
「……幸村か」
「そういえば、お前は俺のこと名字で呼ぶようになったよね。また昔のようには呼んでくれないのかな、精市、って」
「…昔と今じゃ、違うものが多すぎる」


 ずいぶん悟ったような言い方をするんだね、修行にでも出たのかい?
 アホか、と寝転ぶお前を見る。袖から覗く白い腕には、お世辞にも綺麗だとは言えない傷跡が目立つ。見慣れない傷がついた目尻の横あたりをさらりと撫でた。



「…っだよ、」
「こんな日にまた傷付けて」
「これぐらい別にたいしたことねえ」
「何の日か聞かないってことは、ちゃんと覚えてくれたんだ。嬉しいな」
「…はあ。気に入るかわかんねえからな」

 無造作に投げられたそれをキャッチすると、包みを開ける。俺好みのハンカチとイニシャルの文字のチャーム。
 わざわざ持ち歩いてくれたんだ?
 ポケットに入る大きさだっただけだ。
 こういう素直じゃないところも昔から変わらない、けどまたそこが好きだ。




「用事は済んだだろ。俺は帰る」
「まあ、待ってよ。…何せ、お前が俺を避けてばっかりいたからねえ」
「…俺は別に、」
「避けたつもりはない、なんて言わせないよ? 俺が入院してから、お前はあからさまに俺を避けたね」


 ピクリと反応した身体は図星を示している。昔から俺に嘘はつけないよねえ、と触り心地のいい髪を指に絡ませても俯いた顔が上げられることはない。
 不良だって言われてても入院前は俺と普通に話してたしね、まあお前から率先して話すことはなかったけど、ああ好きで不良になったんじゃないもんねえ。
 これじゃ俺の独り言だ。どうしようか、そう思っていたら掠れた声が聞こえたので俺は顔を近付けた。




「ん?」
「…何もできなかった」
「何もしてくれなくていいのに」
「わかってる。でも、何もできなかったんだ」

 お前が病気だって聞いた時、苦しくて、お前を1人にしちゃいけないって思ったのに、俺は見舞いにも行けなかった。お前に会いに行くのが、こわくて、代わってやりたい、なんて出来もしないことを思う弱い自分が嫌いで。…俺は、お前の隣にいるべきじゃないって思ったんだ。
 だんだん震えていく声に耳を傾けて、包むように頬に触れると潤んだ瞳が俺を捉えた。



「泣いた顔を見るのも、久し振りだね」
「まだ、泣いてねえ」
「それはこれから泣くっていう合図?」
「うるせえ…っ、」
「…ねえ、他にもっと言うべきことがあるんじゃないの」
「お前が、生きてて、よかった…っ、」
「…そこは、生まれてきてくれてありがとう、じゃないのかな」


 溜まった涙が落ちる前にそれを舐めとる。きょとんとした表情にめいっぱい見開かれた瞳にはまだ涙の膜が張っていて、まだ舐めて欲しい? と聞くと慌てて目を擦った。
 ねえ、俺はお前が好きだよ。…わかってるよね? 俺は欲しいものは徹底的に手に入れるよ。でも、できることなら手荒な真似はしたくない。
 こんなの脅しも同然だ。困ったようなその表情に微笑みかけ、次の言葉を待つ。どうするの? と囁けばそれはもう結末への秒読み。



「…すきだ」

 わななくその唇に触れた味は、涙より少し甘かった。俺たちが立っているここは、きっと世界で一番甘い場所。





fin.

Happy birthday to Se-ichi !
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