夜来の襲撃 | ナノ
「やっくーんおっはよー! 身長伸びたー?」
「おはよう、朝からストレス解消させてくれんの?」
笑顔で拳を震わせる年上の幼馴染みから逃げるのは、彼が誕生日の今日も変わらないことだった。
「やっくん朝からカリカリしすぎだよー、カルシウム足りてないんじゃない?」
「わかってんなら朝からイライラさせないでくれる?」
「あっ、誕生日おめでとう!」
「…はあ、これだからさあ」
ぐっと握っていた拳をほどいて脱力したように溜め息を吐いたやっくんが、呆れたように笑ってこっちを見る。
それに首を傾げると、ありがとうって言ってんの、と言うなり先に歩き出したので後に続く。
まあおれのほうが身長高いし、脚の長さも違うからすぐに追い付いちゃうんだけどね! 怒るから絶対に言わないけど。
「やっくん身長欲しくないのー?」
「願って手に入るんならとっくにお願いしてる」
「…高い高いしてあげようか?」
「何? 誕生日プレゼントはお前自らサンドバッグになってくれるの?」
むっと睨んでくるやっくんの目つきは鋭い。でもやっくんとおれじゃ10cm以上の身長差があるし、正直怖くもなんともない。
なんとなく猫っ毛のふわふわな髪を触れば、チッと短く舌打ちをしたやっくんがおれの手を掴んで退けた。
えっ、ちょっと傷付く。
「昔は俺より小さかったくせに…」
「でも最近そんな変わんないよ」
「生意気なのは変わってないけど」
「かわいい幼馴染みになんてことを」
「180の男がかわいくてたまるか。あと自分でかわいいって言うのはやめなさい」
べしっと背中を叩かれて、それって他人にかわいいって言ってもらえるならありがとーって素直に喜んでいいのかな。
でもやっくんのほうがかわいいって言われてると思うし、おれよりやっくんのほうが目大きいし。
そう言うと、お前は睫毛が長いだろ、なんて反抗してくるように言うもんだから抱き締めたら引き剥がされるようになったのは、つい最近のことだ。
「やっくん牛乳飲めばいいのに」
「牛乳嫌いのくせにこれだけ伸びたお前に言われたくないな」
「いひゃ、いひゃいよひゃっふん」
「はは、何言ってるかわかんねー」
おれのほっぺたを引っ張ったかと思えば、ぐにぐにとつねって笑うやっくんって実はサドなんだと思う。
少し熱を持ったほっぺたに手を当てれば、そんなに力入れてないぞー、なんてにやりと笑うやっくん。まあ、やっくんが楽しそうならいいか。
そう思うおれも、大概やっくんが好きなのである。やっくんはどうかわからないけど。
「ねーねー黒尾さん、やっくんの身長ってどうやったら伸びるんだろ」
「夜久に身長の話して無事なのはお前だけだよな」
何回身長の話はタブーだと言ったらわかるんだ、と黒尾さんにでこぴんをされたのは昼休みのことだった。
もう慣れたもので、おでこに手を当てるおれに向かってにやりと笑う黒尾さんもいつものことである。
「でも今日ほっぺたつねられたよ」
「それで済んだだけマシだと思えよ。リエーフなんか蹴られてんだから」
「あれはリエーフくんがおばかさんなだけだよ」
「お前に言われてちゃ世話ねえな」
「えっ、ひどい!おれこれでも学年10位以内だよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
リエーフくんより英語の点数もいいのに…! と言葉を続ければ、お前は天才肌のバカだな、とよくわからないことを言われた。
木兎は本物のバカだけどお前は頭いいバカだな、なんて。頭がいいのかバカなのかわからない。
木兎さんは合同練習で何回か一緒に喋ったことあるけど、京治くんから聞いた話だと悩みという漢字がすぐ書けないぐらい、京治くん曰わくバカらしい。
何回か合同練習を重ねて梟谷学園のみんなと仲良くなってきた頃、木兎さんがふたりいるみたいだ、という言葉を京治くんに投げかけられたのは記憶に新しい。
「今日は夜久と一緒じゃねえの」
「やっくんもてるから。お呼び出しくらってたよ」
「お前が言うか」
「おれは全然だよー。黒尾さんのほうがもてるでしょ」
「今はお前の話をしてんの。まあお前、あれか…中身がな…」
「えっ、なんでそんな悲しい目してるの」
そりゃ女の子と付き合ったことないけど、だって黒尾さんたちとバレーしてるほうが楽しいし!
そう言ってくれるのは嬉しいんだけどなー、おれより身長が高い黒尾さんは髪型を崩すようにおれの頭を撫でてくれる。
やっくんより身長が低かった昔は、おれのほうがやっくんにしてもらっていたことだ。
ごつごつしたその手は、男の手って感じで。木兎さんに頼りないと言われたおれの手とは大違い。
やっくんも、ちゃんと男の手をしているのだろうか。
「で? プレゼントで悩んでんのか?」
「ん。黒尾さんは何あげたの?」
「内緒。で、夜久を怒らせる天才であるお前に親切な先輩がひとつアドバイスをしてあげよう」
「黒尾さん、今の笑顔すっごい胡散臭い」
「…まあ、お前の先輩にも容赦ないとこ嫌いじゃねえけどよ」
ただ夜久には身長の話は避けてやれよ、だなんて言われてもやっくんと話せば自然と心が昔に戻ったみたいで、身長とか関係なく色んな話をしてしまうのだ。
どうでもいい話でもちゃんと相槌を打ちながら聞いてくれて、ただし身長の話になると必ず手が出るんだけど。
それをわかっていながらやるお前は大概マゾだと思うけどな、なんて黒尾さんの言葉は心外である。おこだよ。ぷりぷりしちゃうよ。
「あげるもん決まってねーんなら、お前やれば」
「黒尾さん、おれは物じゃないよ」
「今は、な。お前夜久のこと好きだろ?」
「だいすき!」
「それ言ってやれよ。絶対喜ぶ」
男ってのは案外単純な生き物なんだよ。
黒尾さんの言葉の真意はわからなかったけれど、モノより思い出って言うだろ? という黒尾さんの言葉に、それもそうか、と頷く。
どうせやっくんへの誕生日プレゼントなんて今の時点で用意できていなかったのだ。なんか言われたら黒尾さんのせいにしよう。
そうと決まれば、善は急げだ。やっくんのとこいってきます! と手を振って、走り出した。
「…まあ、夜久のもんになったら無事に帰ってこれる保証ねーけどな」
おれの背中に向かってそう呟く黒尾さんなんか、知る余裕もなく。
「やっくーん!」
「いっ…!? お前、は、また…」
「あっ、ごめん。痛かった?」
「痛くないけど、いきなり抱き付いてくるのはやめなさい。怪我したらどうすんの」
「ごめんなさい!」
「…はあ、もういいや。で、何?」
見慣れた背中に後ろから抱き付けば、衝撃が大きかったらしい。
おれをべりっと引き剥がしたやっくんは、何か用事があって来たんだろ? とおれに向き直った。
「あのね、おれ誕生日プレゼント用意できてないんだけど」
「用意する気があったことに驚いたよ。気にしてないから」
「おれがやっくんにあげたいのー!」
「…気持ちは嬉しいけど、用意できてないんだろ?」
「だから、おれはやっくんに気持ちを伝えたいと思って!」
「は?」
意味がわからないという表情になるやっくんの手をぎゅっと握れば、やっくんが大きな目をぱちぱちと瞬きさせた。
その大きな目とか、ふわふわの髪の毛、今ではおれのほうが大きくなってしまったけれどその背中はどう足掻いたって追い付けないこと、おれがやっくんをどれだけだいすきだったか。それはきっと、これからも変わらない。
やっくんの好きなところをぽんぽん喋るおれに、やっくんの口は半開きのままだ。珍しい。
「おれがいちばんだいすきなのはやっくんだけだから!」
「…誰に吹き込まれた?」
「? さっき話してたのは黒尾さんだけど」
「黒尾の奴…」
「…うれしくなかった?」
「そんなことない。嬉しいよ」
ちらりとやっくんを見つめれば、俺が今までお前に嘘ついたことがあった? と微笑まれたので、ない! と自信満々に答える。
いい返事だな、と笑ったやっくんはいつも通りに戻ったように見えた。
自分の言いたいことは言えたし、よかった。
そう思っていると、なあ、とやっくんに呼ばれて目線を合わせる。
「ここ、赤くなってるけど。黒尾にまたやられたのか」
「あっ、うん。でこぴんされた」
「ふーん…ちょっと屈んで」
「こう?」
「もっと」
「や、やっくん…まだ…?」
「まーだ。言うこと聞きなさい」
誕生日命令です、なんて言われればおれは何も言えなかった。
プレゼントを用意できていないし、これがやっくんの誕生日プレゼントのかわりになるのなら…!
やっくんにちょいちょいと手を動かされ屈んでいくと、やっくんより目線が低くなったところでストップをかけられる。やっくんに見下ろされるのは、おれがやっくんの身長を追い越してからあんまりないことだった。
よし、と呟いたやっくんがおれの顎をそっと掴んで、赤くなったであろうおれのおでこに―柔らかいものが当たった。
「…んっ?」
「早く治るおまじない」
「やっくんの誕生日なのにだめだよ」
「じゃあ俺にもしてくれる?」
「えっ、やっくんどこか怪我してるの!?」
「そうだな、誰かさんのせいでちょっと熱くなっちゃったかも」
「えっ!?」
慌ててやっくんのほうを見ても、歯を見せてにっこり笑うだけで。
おれもやっくんのおでこに同じことしたほうがいいのかなあと思ったけれど、やっくんのおまじないがおれにもできるとは限らないし。
まあ、やっくんが笑ってるならなんでもいいや。
そう思って、温かくなったおでこを触った。
fin.
Happy birthday to Morisuke !
mutti