捕食従 | ナノ

 あの日の俺はどこかへ消えてしまったのだろうか。下で揺れる名も知らぬ男の子を見ながら、ふと思い浮かんだアイツの表情を掻き消すように最奥まで貫いた。


「あ、お帰りなさい店長。朝帰りですか?」
「んー、まあね。また出るけど」
「はい、珈琲どうぞ」
「おー、ありがと」

 香りのいい珈琲が鼻腔を擽る。受け取ったそれを一口啜って、息を吐く。相変わらずうまい。二日酔いにも効きそうだ、いや絶対効く。
 しかし俺が襲われているのは行為の後の気だるさだ。腰をかばいながら座るとクスクスと笑い声が聞こえた。



「あんまり無理しないほうがいいんじゃないですか? 店長も、もう若くないんですから」
「相変わらず辛辣な…」
「ふふ、すいません」
「…っと、もう行くわ。店よろしくな」
「はい。…ああそうだ、店長」


 腕時計を見て立ち上がると、呼ばれたので顔を上げて立ち止まる。なに? と尋ねると、綺麗というか可愛らしい、それでいて何か意地悪な笑顔で彼は言った。

「くれぐれも、狼には気を付けてくださいね」
「…ご忠告、どうも。行ってきます」
「行ってらっしゃい」



 待ち合わせ場所に着くと相手の子から少し遅れるという連絡が入った。それに返事をし携帯を直すと、煙草を取り出して火を付ける。
 ああ、落ち着く。煙草が短くなった頃、肩を叩かれたので早いなと思いながら振り返ると俺は目を見開いた。



「よう」
「…っ、お前…なん、」
「久し振りだな。…おっと」

 火種はちゃんと消さねェとな? と俺の手から煙草を奪って灰皿に押し付けるイゾウ。
 懐かしすぎるその姿に、心臓が警鐘を上げている。珍しい和装に紅が目立つ綺麗な顔立ち。変わっちゃいない。…あの頃と、何も。


「これからお楽しみだったか?」
「…んなの、テメェに関係ねえだろ」
「関係あんだよ。俺はお前に聞きたいことが山程ある」
「俺はねえ…っておい! やめろ、離せよ!」



 そのまま手を引かれ、目立たない路地裏へと導かれる。再び抗議の声を上げようと開いた口はイゾウの唇によって塞がれた。逃げ惑う舌を絡め取られ、開いた口から自分の喘ぎとも似た声が漏れる。後頭部を掴まれ密着するように続けられる接吻に抵抗しようも、この狭い路地裏で背中は壁だし押し返す程の力は残っていない。その熱い舌で歯列をなぞられると、背中をえもいわれぬ感覚が襲った。



「っふぁ、」
「…気持ちよかったか? ココ、反応してんぞ」
「うぁ! …あ、やだ、…めろよ…っ、」
「物欲しそうな顔してよく言うぜ」
「ざけんな…っ、ここを…どこだと…!」
「ちゃんとした場所ならいいのか?」
「ダメに、決まってんだろ…!」
「なら交渉決裂だな。ここで可愛がってやる」
「ア…ッ、んん、…く、……ふ…ッ」


 せり上がってくる熱に耐えきれず、漏れる声を抑えようと口を手で覆う。その間にもズボン越しに扱われ、ビクビクと身体が跳ねる。寄りかかるしかなくなった俺を見るイゾウの低い笑い声に涙が零れた。



「そっち側になれば俺から逃げられるとでも思ったか?」
「…ン! んう!」
「まァ、そういう遊びがお望みならいくらだって付き合ってやるよ。すぐこっち側に戻してやらァ」
「んん…! …ふ、ふぅ、ッ」
「もっとも―その必要もなさそうだが」


 なァ? と全体を包み込むように強く掴まれ涎で濡れた手が離れた。俺の荒い呼吸だけが響く。身を捩ろうとも未だそこは握られたままで密着する他なく、涙の伝った痕をなぞるように大きく下から上へと舐めあげられ、俺は目を大きく瞑った。

「ふざけんなッ…! 大体お前が、」
「俺が、なんだ?」
「お前が、あのとき…あんな…そうじゃなければ、俺は…!」


 涙声で支離滅裂なことを言う俺をイゾウはただじっと見ていた。あの日、見知らぬ子と消えたイゾウの姿。思い出すだけで吐きそうになるほど悔しくて嫌な光景。睨みつける俺にイゾウは息を吐いた。



「確かに、ホテルには入った。だが、やってねェ」
「は…?」
「誘ってくる奴もいたがな、お前を妬かせるために利用しただけに過ぎないって言ったら大抵の奴は怒って出て行った」
「…嘘だ」
「嘘じゃねェ」
「なんで…だったら…俺は…!」



 それなら、俺は、何のためにこっち側にまわったんだ。悔しくて、何人もの知らない男の子を抱いて、だって、こんなの。
 脱力したまま呟く俺にイゾウは口を開いた。


「お前がこんなに行動的だとは思わなかったんでな」
「ばっか、じゃねえの…!」
「…まァ、俺も悪かったしな。その代わり、覚悟しろよ。嫌っていう程可愛がってやる」
「…んの、わがまま…!」
「何とでも言え。お前はただ俺に愛されてればいい」



 間違いだらけを繰り返した無駄な月日は、確かに俺たちを結んだ。全身が、うれしい、と震えている。ああ、寄り道したばっかりに戻れなくなっちまった。目の前で意地悪く笑う狼に、俺は心を喰われたのだ。





fin.

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