陽笑 | ナノ
まったく、コイツのだらしなさといったらたまったもんじゃない。まるで空き巣に入られたかのような惨状に頭を痛めながら、ゴミの山を跨いで屍のように眠るそいつを蹴った。
「あいたっ」
「何だこの惨状は。換気するぞ」
「えー寒いしやめてよ」
「お前は起きろ!」
毛布にくるまって身じろぐお前からそれを奪い、換気のために窓を開けるとすかさずケチという言葉が聞こえてきた。
ケチ上等、つーかケチでも何でもねーからな。
「いつまでも寝間着でいるんじゃねーよ。とっとと着替えろ」
「寝間着って…これスウェットだよ」
「一緒だろーが」
「いや、なんか言い方がオヤジくさかった」
「蹴るぞ」
もう蹴ったじゃーん、とケラケラ笑い飛ばすお前を見て溜め息を吐きたい気持ちをぐっと堪える。最初の頃にお前に呆れて溜め息を吐いた頃、あっれー溜め息吐くと幸せ逃げるよ? ハゲるよ? と笑顔でとんでもないことを言いやがったのでもう溜め息は吐かないようにしている。まあその後俺が叩いたことによって今のような関係が出来上がっているわけだが。
でもさあ、と口を開く俺と同い年には見えないその風貌をちらりと見やる。
「着る服ないよ」
「…洗濯ぐらいちゃんとしろ!」
山積みの服を指差すお前の頭に今度こそ俺は拳骨を落とした。
「いやー、片付いたねー!」
「お前ってやつはほんと…」
「かろうじて着れる服あって良かった、あっはっは」
まあ別にちょっとぐらい洗濯してなくてもいいんだけどさ、と言うお前に、俺が構うんだよ、と舌打ちした。脱ぎ散らかされた服の山からかろうじて洗濯の必要のないものをお前に押し付け、残りを全部洗濯するところから始まり、ゴミの分別、片付け、最後に掃除機をかけて家具を定位置に直したところでやっと終わった。
「お疲れー。なんか飲む? つってもビールしかないけど」
「いらねーよ」
「ああ、身体に気遣ってるんだっけ? でも年齢には勝てないぞー」
「うるせえ。お前も昼間から酒禁止」
えー、と抗議するお前の声を無視して冷蔵庫を覗けば、見事に缶ビールが並んでいた。…水ひとつないってどういうことだ。それだけに留まらず、食材が何も見当たらない。あるのは所詮おつまみ程度のもの。これから伺えるお前の食生活は何度考えてもげんなりする。
「買い物行くぞ」
「行ってらっしゃい」
「お前も行くんだよ。とっとと準備しろ」
「えー俺はいいよぉ」
「いいよじゃなくて来い。来なきゃ飯作ってやんねーぞ」
「じゃあ行く」
お前の扱い方は単純で助かる。どうせ水がなきゃ俺だって困るし、お前に酒ばっかり飲ませるわけにはいかねえ。
のろのろと動くお前に、これだろ、とお気に入りの上着を渡してやればへらへらと笑ってそれを受け取った。施錠して2人並んでスーパーへ向かう。
「なんかさ、こういうのっていいよね」
「は?」
「いや、一緒に買い物行くとか新婚さんみたいで。あ、手繋ぐ?」
「アホか、気色悪い」
「ひっでー」
抗議の声を上げるお前にははっと笑ってやれば、今日初めて笑ったね、と俺の顔を指差して笑った。…俺が笑ってない理由とすればお前のいい加減な生活態度に呆れてただけに過ぎないんだが。
人を指差すんじゃねえよ、とデコピンをかまして歩を進める。さして痛くもないくせに、いってー、と額をおさえながら歩くお前にまた笑った。
「良則って俺のこと好きだよね」
「…今日のお前気色悪いんだけど」
「だって嫌いな奴にここまで世話できないでしょ?」
「鬱陶しいけどな」
「でも好きでしょ?」
「嫌いではない」
「あはっ、何そのツンデレ! 流行ってんの?」
「知らん」
今度世良くんに聞いてみよーっと、と喋るお前は何がそんなに楽しいのかと疑問に思うぐらい笑顔だったが、まあこんな天気のいい日ぐらいいいか、と顔を出す太陽を見て俺も笑った。
fin.