H-Ren | ナノ

 事件です。あのバ…山田がまたやらかしました。



「それにしても佐藤さんも酷い人ですよねー!」
「あ?」
「先輩は佐藤さんのこと好きなのに!」
「…は?」


 あ、どうも小鳥遊です。あのバ…山田いややっぱりバカが轟さんに、佐藤さんが好意を寄せているということをばらして日も浅い、そんな時に事件が起こりました。起こったというか起こしたというほうが近いかもしれません。
 くわえ煙草をポロッと落としたことにさえも恐らく気付いていない佐藤さんは重傷らしい。相馬さんがにこにこしながらバカを引きずっていったので、俺も黙ってそれについて行く。



「山田さーん口にしていいことと悪いことがあるからちゃんとそこの判断ができるようにならないとね〜今度から気を付けようね」
「今度からじゃ遅いと思うんですけど! そして褒めないでください!」



 だめだこの人もまるで何も変わっちゃいねえ! いや期待はしてなかった! なかったけども!
 俺たちが騒がしかったのか、なんか楽しそうだな、と微笑って先輩が出てきた。ああ先輩、今はその笑顔が痛いです…! 相馬さんすごいいい笑顔なんですけどね!



「あ、君が佐藤くんのこと好きなのばれちゃったみたいだよ〜」
「…タチの悪い冗談やめてよほんと」
「やだなあ、本当だって! ねえ小鳥遊くん!」
「え、」
「…そうなの?」



 こっちに話を振らないでください、と言えるはずもなく先輩の真剣な瞳に見つめられ、うっと言葉に詰まる。先輩と目を合わせることができず視線を逸らしたまま、縦に頷くと先輩は固まった。
 あれー大丈夫? 起きてるー? おーい、と相馬さんが声をかけるが返事はない。それどころか石のように固まっている。…と思ったら、ガクンと膝をつき耳を塞ぐように手を当て俯いたまま何かを呟き始めた。なにこれこわい。


「もうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにたいもうやだしにた」
「先輩落ち着いてください、怖いです」
「そうだ、仕事をしよう」

 そう言ってぐっと立ち上がったものの足取りは重く、というか真っ直ぐ歩けてない。包丁を掴む手が震えている。かなり怖い。

「ちょっとこれやばいですって!」
「うーん、今にも人を殺しそうだねえ! たとえば好きな人、とか」
「ヤンデレにも程がありますよっ! ていうか先輩はそんなことしませんから!」
「いやいやわかんないよー? 恋は人を変えるというし」
「だから今は呑気にそんな話をしてる場合じゃ―」
「あらあら、何の騒ぎ?」



 喧騒を切ったのは轟さんの声だった。なんというタイミングの良さ…いや悪さというべきだろうか…!
 先輩は震えた手で持っていた包丁を静かにまな板の上に置くと、くるっと轟さんに向き直った。相馬さんはそれを楽しそうに見つめている。だからあなたって人は…!


「…轟、頼みがある」
「あら、私にできることなら…」
「その刀を貸してくれないか、すぐに済むから。必ず返す」
「先輩それやっちゃだめです! 犯罪の道に走っちゃダメ!」
「安心しろ小鳥遊、他人に危害を加えたりはしない。…自分にだ」
「それも安心できないんですけど! 轟さん、絶対に渡さないでくださいよ! 絶対ですよ!」
「えっ? あらまあ…」



 貸してくれと頼む先輩と、絶対に貸さないでくださいとお願いする俺の間で、困ったわねえ、と言う轟さんに相馬さんは相変わらず笑っている。だから笑ってないで止めるの手伝ってくださいよ…!
 えー? だって面白いじゃーん小鳥遊くん含めて。
 この人には情ってものがないのか…!

「あ、佐藤くん」
「!?」
「…すごく動揺してますね」
「…話は聞いた。ちょっと来い」


 そして再び声がしたかと思えば、そこに立っていたのは佐藤さんだった。相馬さんが声を上げるまで先輩は佐藤さんの存在に気付かなかったらしく、その時にはもう近くにいた佐藤さんの手によって先輩の腕が掴まれ、そのまま引っ張られるようにこの場を去った。
 んじゃ、追いかけよっか! と笑顔で言う相馬さんに、どこまでもついて行きますよ…と俺は溜め息をつくしかないのだった。



「…お前が、俺を好きだっていうのは本当なのか」
「っ、」
「…んな怖がんなよ。別に気持ち悪いとか思ってねえし、偏見とか…しねーから」


 休憩室で向かい合う双方。佐藤さんの言い方はあくまでも優しかったが、先輩は下を向いたまま黙ってしまった。
 先輩の場合、同性って問題があるんだもんなあ…此処って恋愛禁止じゃなかったっけ、とツッコミできないぐらいに事が進んでしまっているだけに他人事とは思えない。…俺の心労が増えることには変わりないですからね。




「…その様子じゃ、マジみたいだな」
「俺…はっ、」
「…あー、その、アレだ。あんまり気にすんな」
「え…」
「俺も、気にしてねえから」


 あ、と思った時にはもう遅かった。先輩の顔はすぐに俯き、表情は見えないが握った拳が震えている。
 いやーこれは殴るかもねえ、と楽しそうに見やる相馬さんにはもう何も言うまい。溜め息を吐きたいが瞬きひとつもできないような状況である。―とその時、物音に気付くと先輩が下を向いたまま立っていた。




「帰ります」
「は?」
「具合が悪いので帰ります」
「…あ、ああ。お大事―」

 に、と佐藤さんが言い終わる前に先輩は早足でその場を去っていった。勿論俺たちに構う様子もない。確かに相当重傷のようだ。…精神が。
 俺たちの存在に気付いた佐藤さんが、ほんといい趣味してんな、と此方を睨む。
 いや違うんですよ俺はただ佐藤さんに連れられて、と今更な言い訳を言う間もなく相馬さんが口を開いた。


「…佐藤くん」
「何だよその目は」
「あれはないよ…」
「…俺は疲れてんだよ」
「あーあ可哀想だなー傷付いただろうなー今頃泣いてるんじゃないかなー」
「何なんだお前俺に嫌がらせしたいのか」



 やだー佐藤くんこわーい、と相馬さんがふざけたように言うと佐藤さんの眉間に皺が深く刻み込まれたので、まあまあ、と慌てて間に入る。佐藤さんが舌打ちをして席についたので、俺はとりあえずほっとした。
 佐藤さんなりに気を遣った結果なのだろうが、それが先輩にとって思わぬダメージを与える結果となったのは予想もしていなかったのだろう。勿論今も。



「俺だって轟のことがあって何とか誤魔化してバカだから助かったけどやっぱり口を開けば店長ばっかりだし次はアイツが俺のことを好きって俺にどうしろってんだよそんなに時間経ってねえんだぞ大体なんで俺が」
「いやー、これは大変なことになったね〜」
「……………」

 店長、俺、胃が痛いです。





fin.

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