ご馳走様でした次もよろしく | ナノ

 何時も通りにトレーニングをしていた帰り道。ヒーローの仕事に追われたせいもあってか家までの足取りも重く、とりあえずここら辺りで一休みするか…と思っていたところ、近くで物音が聞こえた。普段ならわざわざ行ったりはしないのだが、こんな夜中だし万が一ということもある。何かあれば助けたらポイント稼ぎにはなるわけだし、僕は溜め息を吐きながらも向かうことにした。



「…から、…〜だよな」
「…誰かいるんですか?」
「うおっ!?」

 確かこの辺から声が…そう思いながら辺りを散策していると、誰かの声が聞こえた。その人は誰かに話し掛けていたようだったが、僕からは何もわからない。声をかけてみると、あからさまに驚いた声。…そんなに大声で呼び掛けたわけでもなかったんですけど。
 そこにいたのは一人の男性だった。…たぶん、学生だろうか。


「び、びっくりしたぁ…」
「こっちの台詞なんですけど。あんまり大きい声出さないでくださいよ」
「ご、ごめん」
「そんなことより、こんな時間に一人で何やってるんですか。誰かに話し掛けてませんでした?」
「ち、ちが、俺一人だし!」
「…何どもってるんですか?」
「どもってない!」



 彼は何かを隠すように、目に見えて明らかに動揺している。…まあそんなもの、僕じゃなくたって馬鹿でもわかる。そうですか、と言ってじっと見つめると気まずそうに目を逸らす。ここまでわかりやすい人も面白くて、目だけで言えば女性のような、くりっとした瞳をもう少し見続けても良かったのだけれどこんなことをしていたら日が暮れてしまう。僕が見つめるのをやめると、彼は安心したように胸をなで下ろした。




「と、ところで! あんたは、こんなところに何の用だ?」
「僕のこと、ご存知ないですか?」
「へ? …あ、えっ、バーナビー!?」
「そうです。帰り道にたまたま不審者がいたもので」
「ふっ、不審者じゃねえよ!」
「僕からしたら充分怪しいですよ」



 まず第一にこんな夜遅くに人気のない場所にいること、一人でいるならこんなところでなくとも家でじっとしていればいいこと。
 そこまで言うと、ひっ、一人が好きなんだよ! と苦し紛れの嘘を吐いた。そうですか、僕も一人が好きですがこんなところに夜遅く来ようと思ったことは一度たりともありませんね。
 目が泳ぐ彼にそう告げると、うっと言葉に詰まる彼。無言の空間を裂いたのは間延びした鳴き声だった。


「…猫?」
「あー、見付かっちまった」
「これ、野良猫でしょう? 君が世話してるんですか?」
「ん、まあ…つっても飯やったりぐらいのもんだけど」



 なんでも、家には猫アレルギー持ちの弟さんがいるらしく、飼うことは出来ないのだという。しかしアレルギーだからといって猫が嫌いだというわけでもなく、むしろ好きなのだそうで。だから彼は野良猫に餌をやって手懐けては、写真や動画を撮り、弟さんに送ってあげているのだとか。
 彼自身はそこまで猫は好きなほうではなかったらしいが、懐いてくると愛着も湧いてくるというもの。確かにただの野良猫にしては、やけに懐いている。…まあ、餌の効果は大きいだろうが。


「…お願いが、あるんだけど」
「はい?」
「このこと…言わないで、くれねえかな」
「いいですよ、別に」
「…ほんと?」
「こんなことで嘘をついてどうなるんです」
「…ありがとう」



 ふわりと優しく微笑んだ彼の表情に、胸が疼いた。すぐに猫に向き直って、良かったなーお前も感謝しろっ、と無邪気な笑顔に戻ったが、胸が未だに変な感じがする。
 もっと、色々な表情を見たい、だなんて自分らしくもない。感情がうまれる音がした。



「…では、口止め料をいただきましょうか」
「えぇっ!?」
「タダで黙るとは言ってません」
「うっ、ズルイ…って言っても俺金ないからな!」
「自信満々に言うことじゃないでしょう。…金銭は要求しないので、安心してください」
「えっ、ほんと?」
「わざわざ要求しなくても、余るほどありますから」



 こう言った時普通ならイヤミと一言でも飛んできそうなものだが、あっ、そっか! と彼は納得した様子だった。…人を疑うことを、知らないのだろう。だけど、そんなところも彼の魅力なのかもしれない。


「そのまま、じっとしていてください」
「えっ、こう?」
「そう…そのまま、動かないで」
「ちょ…ち、近くね?」
「黙ってください」
「黙れったって―」
「猫が驚いて逃げてしまいます。…ね?」


 立てた人差し指を口に当てて言うと、彼は硬直したままこちらを見た。顎をくいっと持ち上げると、いっ、と間抜けな声をあげる。少し荒れた唇を指で押すように触れると、男のそれとは思えないぐらいに柔らかかった。眼鏡を外すと、えっ? とあからさまに驚く彼の顔。そのまま流れるように唇を落とすと、彼はまたもや固まった。


「…舌を入れたほうが良かったですか?」
「はっ、はぁっ!? あ、あ、あああんた、何して、いま…っ、」
「何って…接吻ですが」
「うわあああっその言い方やめろ生々しい!」
「あまり大きな声で騒がないでください。近所迷惑ですよ」
「だって、あんたがっ―」
「…あんまり煩いと、また塞ぎますよ?」


 今度は、喋れなくなるぐらいに。
 そう言うと彼は茹で蛸のように真っ赤になった。大丈夫ですか? そう言って覗き込もうとすれば、近付くな! と睨まれるが、自らの瞳が潤んでいることを彼は知る由もないのだろう。
 …まあ、今はいいでしょう。そう言って少し離れると、今はって何だよ今って、とまだ不審げな瞳で僕を見つめた。




「では、また口止め料を貰いに来ますから。…これは、その約束ということで」
「なん、っ―!?」
「…では、また」



さっきよりも真っ赤になりながら首筋を抑える彼に呟くと、野良猫は退屈そうに鳴くのだった。





fin.

にやり
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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