誘唇 | ナノ

「手塚の誕生日? 今日が?」
「知らなかったのか?」
「だって教えてくれなかったんだもん!」
「手塚は自分から誕生日をアピールする人間じゃないだろう。英二じゃあるまいし」
「あーっ、大石ひどーい!」




 そう、今の会話からわかるだろうが、俺は今日が手塚の誕生日であることを今知ったのです。そういえば女子がやけに浮かれていたような…。あの仏頂面でお礼を言われたとしても女子たちは喜ぶのだろうか。いや、そもそもあんな仏頂面な手塚を好きになったのだから充分にありえる。
 ここまで考えたところで、何か失礼なこと考えてなかった? と不二に言われた。こいつ妙なところで鋭いんだよなあ…何考えてんのかわかんないような笑顔だし。



「よっし、そうと決まれば俺も祝うっきゃねーな!」
「お返しのため?」
「モチ! あいつ律儀だからちゃんとお返しはくれるはず!」
「動機が不純だにゃー」
「うるせっ、んじゃ俺先行くから!」
「手塚を困らすんじゃないぞー」
「わかってるって!」


 みんなとの会話もそこそこに、俺は手塚のもとへと向かうべく走った。笑顔で軽く手を振る不二しか見えてなかったから、俺は気付くはずもなかったんだ。

「大丈夫かな、手塚は」
「案外、大丈夫じゃないのは彼のほうだったりしてね」
「え?」
「何でもないよ。…ふふっ」


 開眼した不二がこんなことを言っていたなんて。




「あっ、手塚めーっけ!」
「…俺に何か用か」
「えーなにその言い方冷たくない?」
「普通だと思うが?」
「…ああはい、手塚はそういう人間だもんな。わかってるけどよ」
「何か不満があるならはっきり言え」
「や、不満はないよ。言いたいことならあるけど」
「だから何の用だと―」
「手塚、誕生日おめでとう!」



 そう言うと手塚は表情ひとつ変えず、お前に誕生日を教えた記憶がないのだが、と言い放った。
 ほら、これ、これですよ。驚くわけでもなければ、ありがとうと言うわけでもない。表情筋死んでんじゃねーの。
 他に言うことあるだろ、そう言えば、ああ、ありがとう。とこれまた表情を変えずに…堅物すぎるってのも困りもんだよな、まあ嫌いじゃねえんだけど。


「で、だ。俺はさっき誕生日を知ったから、プレゼントを用意してないの」
「別にそんなものは期待していない」
「ひどい! 言い方がシビア! 傷付くよ!」
「…今日知ったのなら仕方ないだろう。気にしてない」
「ま、こういうのは気持ちだからさ。モノより思い出プレゼントってことで」
「どういう意味だ」
「ま、ちょっとついて来いって。ほら」



 手塚の腕を掴んでグイグイ引っ張っていけ…たらいいのだけど、スポーツをやっているわけじゃない俺には生憎力などなく、手塚が付いてきてくれている、と言うほうが正しいように思える。
 どこへ行く、と尋ねる手塚に、いやー特にどこって決まってないんだけどさ、と返すと手塚から溜め息が漏れた。
 適当な空き教室を見つけて立ち止まり、ここでいっか、と選んだのは随分長いこと使われていないであろう資料室。鍵は壊れてもはや役目を果たしておらず、入ると少し埃が舞った。たまらず窓を開ける。




「こんなところに何の用だ」
「いや、用はないんだけど人目があるとちょっとな」
「何を言っている」
「いいからそのまま動くなよ…あ、ちょっと屈んで」
「だからさっきから何を…」
「いいから、はーやーくー」


 わけがわからない、というような表情をしつつも屈んでくれる手塚を目に捉えながら、手塚は少し君に甘いところがあるよね、と不二が言ったのを思い出す。勿論その時は手塚は否定したし俺もそんなことはないと思っていたのだが、記憶を辿れば思い当たる節がないわけでもない。まあ俺がテニス部員じゃないからかもしれないが…と、この状態で手塚を待たせるわけにはいかないので、俺は屈んで身長差が詰まった手塚の眼鏡を外し、そのまま近付き―口付けた。




「わっははは! びっくりしたー?」
「……………」
「あ、もしかして初めてだった? なら悪い! まあ俺とお前の仲ってことで、」
「誘ってるのか?」
「は?」


 ドッキリだいせいこーう! おまけに効果音も口で言おうと思っていた俺は、手塚が発した言葉に目を丸くした。手塚は俺の手から眼鏡を奪うと、懐にしまう。いつもと違う手塚の雰囲気に恐る恐る名前を呼ぶと、いきなり壁に押し付けられ、手を頭上でひとまとめにされる。帰宅部の俺が手塚に力でかなうわけなんかなくて、抵抗しようと身じろいだところでギリッと力を入れられる。痛くて抗うことをやめると、手塚はそのまま―俺に口付けてきた。



「んぅっ!?」

しかもさっきみたいに俺がしたのではなく、長い。まだ唇が押し付けられる程度の軽いものだが、こうも長く唇を塞がれては息苦しくなるというもの。隙をみて唇を放し空気を吸い込むために口を開ければ、間髪入れずまた塞がれた。


「んん…ふっ…」



 しかも今度は、ぬるっとしたものが入ってきて、俺の口の中で暴れまわる。これの正体が舌であると気付いた時にはもうされるがままで、壁に押し付けられていた俺は逃げることもままならず、翻弄される。だんだん力が抜けてきて、手塚がやっと口を離してくれた頃にはそのまま力なく壁を背に預けずるずるとへたり込んだ。




「っはぁ、はぁっ…意味、わかんね…っ、」
「誘われて手を出さなかったら男が廃るからな」
「だっ、れが…!」
「その顔で言っても説得力がないぞ」


 それまで気付かなかったが目線を合わすように膝をついた手塚は、俺の口端を指で拭い、その指を見せ付けるように舐めた。カッと赤くなる俺を見て、ふ、と笑う。
 だ、誰だ。誰なんだこいつ。俺の知ってる手塚じゃない!
 百面相する俺を見て、さて、と手塚は眼鏡をかける。いつもの、手塚だ。…外見だけは。



「誕生日プレゼント、余すところなくもらってやるから覚悟しておけ」
「…なっ、」
「今日は長いんだ。期待してるぞ」

 んなもん期待すんなっ! と言いたかったのだが、手塚の顔がまた至近距離に迫ってきたことにより、俺は衝動的に目を瞑る。だけど予想していた唇への接触は何も起きなくて、俺が目を開いたのは首筋に走った鈍い痛みによるものだった。


「…せめてこれが消えるまでは、な」

 そう言って笑うと、先に戻ってるぞ、と何事もなかったかのように手塚は室内をあとにした。確認できないものの、恐らくここら辺であろう箇所を抑えて、俺は顔を伏せる。



「…今日中に消えるか、バーカ」

 そう言うのが、精一杯だったのだ。





fin.

Happy birthday Kunimitsu !
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