little HERO | ナノ

 あの日以来、うまく笑えなくなったのかもしれない。笑おう、と意識する日が来るとは誰が想像しただろうか。私は、いつでも笑っていたいのに。


「ん…? ああ、私なら大丈夫だよ。ありがとう。散歩に行こうか」

 リードを持って名前を呼んでやると、ジョンは嬉しそうに尻尾を振ってはしゃいだ。動物というのは本当に癒される。
 私がこんなに落ち込んでいてどうする。私はキングオブヒーローなのだから、しっかりせねば―



「…そうか。もう私は、キングオブヒーローではなくなった、のか」

 ずっと先頭順位を走っていた私にとって、順位が落ちることなど初めての経験だった。勿論、人のためになることをするのが優先順位だとはわかってはいるが、キングオブヒーローと誰か一人でも呼んでくれたなら、私は胸を張って言えた。私こそがキングオブヒーロー、スカイハイである、と。それが今はどうだろうか?


「…ああ、すまない。散歩に行くんだったね」


 心配そうに見上げてきたジョンの頭を撫で、家を出る。外に出れば気分も晴れるかもしれない。青い空に浮かぶ白い雲、柔らかな陽射し、鳥の囀り。世界はこんなにも美しい。
 私は飛べなくなったわけではない。ヒーローとしての道もある。トップに固執しているわけではなかった、だがそれなりに誇りはあるつもりだった。キングオブヒーローとしての意地やプライドも。



「人間というのは、欲に正直なものだな…」

 虚をついて出たのは溜め息で、自分はこんなにも落ち込みやすかったものか、と考えてみる。初めてのことで動揺しているのだろう、と客観的に捉えてみても嘲笑しか出てこなかった。




「…? どうした、ジョン」
「…わんっ!」
「あっ、こら!」

 ベンチに座る私に落ち込む暇も与えさせてくれないのだろうか。それはそれでありがたいのだが、駆け出したジョンを追い掛けると走って行く何人かの男の子たちが見えた。…けれど、ジョンの目的はそちらでなくて。


「い…ぬ?」
「すまない、君、大丈夫かい?」
「っ!?」

 ジョンが尻尾を振り飛び付いているようにも見えるその少年。目を輝かせるジョン―遊んで欲しいのだろう。少年がそろそろと手を伸ばし数回撫でると、ジョンは嬉しそうに口を開けた。ちょうどその時に私が声をかけてしまったので、びっくりさせてしまったのだろう。少年はぐるりとこっちを勢い良く振り返って私の姿を確認すると、だいじょうぶ、と小さな声で呟いた。


「どうしたんだい? その傷は」
「…なんでも、ない」
「…―泣いて、いたのか」

 よく見るとちらほら覗ける傷痕―まだ新しい。さっき去った少年たちと関係していたのだろうか、うっすら涙の跡が筋を作っていた。泣いてない、と強がっているその表情が既に泣き出しそうなもので、私は彼の頭を撫でた。驚いたような表情が私を捉える。



「泣くことはね、悪いことじゃないんだよ」
「…ほんと?」
「ああ、勿論だとも」
「スカイハイも、そう言うかな!?」
「…スカイハイ?」


 詳しく話を聞くにつれわかったことは、彼がかなりのスカイハイ―もとい私のファンであるということだった。しかし今の私は胸を張ってスカイハイをやれる自信がない。ヒーローインタビューをたくさんの人たちが見てくれるように、私たちヒーローもたくさんの人たちのインタビューを目にする。今までキングオブヒーローとして地位を築いてきた私にとって、それはとても耐え難かった。




「…そのカードは、スカイハイかい?」
「…これは…」
「隠さなくていい。これは、君のものかい?」
「うん。…おれ、スカイハイが大好きなんだ」


 彼の懐から出てきたスカイハイのカード。…全部、スカイハイだ。熱心なスカイハイのファンなのだろう、目を輝かせて話を弾ませる彼を笑顔で見つめた。途端に、でも、と彼の表情が曇る。



「みんな、スカイハイはダメだって言うんだ。キングオブヒーローじゃ…なくなったから」
「あ…」
「でも! キングオブヒーローじゃなくても、スカイハイは立派なヒーローなんだ!」


 だからおれ、悔しくて。本当に悔しそうに唇を噛み締めて拳を作る少年に、私は何を落ち込んでいたのだろう、こんなにも身近に応援してくれている存在があったというのに。

「私もスカイハイが大好きだ」
「えっ、ほんと!?」
「ああ、彼はかっこいい。風を操り、宙を舞う姿なんてヒーローそのものだ」
「うん、そうなの!」
「だったら、君がそんな表情をしてはいけない。…悲しむよ」


 そっと包み込むように頬に触れると、彼はプハッと噴き出した途端笑った。私は何かおかしいことを言ったのだろうか。おろおろしているとそれがまた面白かったのか、声を上げて笑い出す。その姿が可愛らしくて、私も一緒になって笑った。こんなに笑ったのは実に久し振りだった。




「ありがとう、そして、ありがとう!」

 そしてキングオブヒーローの座を取り戻した今、私はヒーロー姿であの公園へと翔る。あの少年に、お礼を言うために。
 彼はびっくりするだろうか、それとも笑うのだろうか? どちらにせよ、私が君に助けられたことを伝えねばなるまい。栄誉ある、小さなヒーローを讃えるために。





fin.

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