‥08 | ナノ

「あら、早かったのね」
「いつも通りだよ。早く起きといて損はないでしょ」
「じゃあ雅治くん起こしてきてくれない?」
「…はーい」


 軽快に鳴る目覚ましを止めて、俺が起きた時間はいつも通り…というか、運動部の朝練にも余裕で間に合う時間。たとえ今日が急がないといっても明日からはいつも通りなのだから、勿体ないとは思わない。
 一応ノックをするが返事はなかったので、部屋へと入らせてもらう。



「入るぞー…おい仁王、起きろ」

 話し掛け揺さぶろうと奴が起きる気配はない。仕方なくふーっと溜め息をついてベッドに腰掛け、どうしたもんかね、と頭を掻きそこで初めて部屋を見渡す。テニス道具を傍らに見つけて決して触れはせずに見つめていると、あるものに目がいった。




「写真……?」


 机の端に大事そうに飾られた写真立ての中の写真には、男の子と女性。男の子は恐らく小さい時の仁王だろう、…この頃から外見は変わっていないのか。その隣で優しく微笑む女性。儚い笑みとも見えるそれに、もうちょっと近付いて見てみようか、なんて思ったその時。



「うわぁっ…」
「そんなびっくりせんでもいいじゃろ」
「…ならびっくりさせるようなことをすんなよ」


 心臓止まるかと思った、と息を吐く俺に、大袈裟じゃのう、と笑う仁王の手は未だに俺の腰に回されている。つうか起きてたんじゃねえか。今起きた。…絶対嘘だ。なんでもいいから早く起きろよ、仁王の手を掴んだその時。




「…何の真似だ?」
「引っ張ってくれんとまーくん起きれん」
「………は?」

 引き離そうとした手を離しはしまいと俺の手をしっかり掴んでいるのは仁王で、しかも引っ張れというのだ。しかもまーくんって…ガキじゃねぇんだからよ。しかしこれを実行しない限りコイツは起きそうにもないし、俺も動けない。俺は二度目の溜め息で仁王の手を力の限り引っ張った。




「朝から大胆じゃのう」
「お前が引っ張ったんだろうが」
「寝込み襲っとるようにしか見えんぜよ」
「…その手を離してから言えよ」


 …はずだったのだが、引っ張るつもりが引っ張られて俺はベッドへとダイブ。無理もない、俺より仁王の方が腕力があるのは一目瞭然。しかも、しかもだ。仁王の上に跨るような体勢にさせられて、端から見れば俺が奴を押し倒しているように見られるかもしれない。退こうとしても先程のようにがっちり腰に手が回されていて、どんなに動こうとそれが外れる気配はない。




「お前、いい加減に…」
「…いい匂いがするのう。香水か?」
「ああ、たぶんシャンプーじゃ…ってオイッ、」


 奴がむくっと起き上がれば密着するのは当然なわけで、しかも俺の肩に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。どんな変態だ! いちいち吹きかかる呼吸が擽ったくて身体を捩ると、耳元でぼそぼそと囁いて仁王はやっと俺を解放した。



「そんな肩押さえられたら、俺が襲ったみたいぜよ」
「…違わねェだろ」
「やれやれ。俺もお前さんと同じ匂いになってくるとするかの」




 そんなことを言ってのけると制服をひったくって部屋を出て行った。なんか肩らへんにまだ何かが残ってるみたいな感覚がして気持ち悪い。毎朝これが続くのかと思えば三度目の溜め息が零れた。


「…どうしてこうも人間って変わっちまうもんなのかね」

 写真の中で無邪気に笑う男の子の姿に、俺はそう小さく呟かずにはいられなかった。





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