‥05 | ナノ

「うぅ、食べすぎた…」


 予想外に腹が満たされたため、俺はいったん席を外しトイレに来ていた。久し振りに吐きそうなぐらい食べた気がする。
 彼はあの後もちょこちょこ俺におかずを差し出しては毎回食べさせた。よりによってボリュームの多い肉類を、しかも彼自ら。ああ、デザート食べれるのかな。



「どういうつもりだあいつ…」
「そんな腹が膨れるとは思わなくてのう」


 用を足してブツブツ言いながら外に出ると、まさにその本人の声がして俺はびっくりして顔を上げた。彼は憎たらしい笑顔で笑っている。気まずくて俺は目を逸らした。




「俺のことが苦手か?」
「何を…」
「そう顔に書いてあるぜよ。違うか?」


 こいつの顔を見て改めて理解した、彼の前で不用意な演技は無用だ。はぁーっ、と溜め息をついて相手を見ると、相変わらず笑ったままだ。




「その気持ち悪い笑顔だけでもやめときんしゃい」
「気持ち悪い笑顔ねぇ、今まで失敗したことなかったんだけど」
「そりゃ相手が悪かったのう」


 なんでも彼は詐欺師と呼ばれているらしく、人を騙すのはお手のもの。そんな彼が俺を見抜けないわけがない、…しかし詐欺師て。テニスの技にもそれを生かしてるらしいがよくわからんし興味もない。



「…まあ、母さんたちの前では演じさせてもらうよ」
「…ほう。母親がそんなに大事か?」
「大事だよ。笑いたければ笑えばいい」
「いや。……俺も、それくらい大事にできとったら…」
「―え?」



 よく聞き取れなくて首を傾げながら近付くと、はっとしたような表情のあと、いや、何でもない。と彼は目を逸らした。変なやつ。
 それより、と彼が向き直ったのでまだ何かあるのかと俺は顔をしかめる。まだ手洗ってないんだけど。


「いい加減名前で呼んで欲しいんじゃが」
「……はぁ?」
「兄弟なのに名前で呼ばないのも変じゃろ」
「ああ、じゃあ仁王って呼ぶよ」



 俺が顔をしかめたのは、女みたいなことを言ったから。俺は旧姓のままなので仁王という名字も被らないし、名前で呼ぶのは気が引ける。親の前ではまだ恥ずかしいと言い訳が通じるし。ていうか今わざわざ言う必要もないだろうに。




「これで満足? 仁王」
「…上出来じゃな」

 彼―仁王が満足そうに笑ったのを背に、俺はようやく手を洗った。





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