‥02 | ナノ
「いらっしゃい。遠いところお疲れ様です」
「いえ、今日は楽しみにしてきましたから」
チャイムを押して出て来たのは、優しそうな男の人だった。普通にかっこいいし、母さんもその人もお互い敬語なのが初々しい。
「これからお世話になります」
「そんな堅くならないで欲しいな」
「…そうですね、」
お父さんと呼んでくれたら嬉しいな、よくあるドラマの台詞みたいなそれに内心嘲笑しながら、今は照れくさくて無理みたいです。貼り付けたような笑顔を向けてやればその人は疑いもせず照れるように笑った。母さんにはこのぐらい純粋な人がいいのかもしれない。
「優しそうな人で良かったです。怖い人だったらどうしようかと心配だったんですが」
「はは、父親としては面目ないが」
母さんが好きだからといって俺もいきなりこの人を好きになれるわけじゃないし、だからといって目の前で敵意を剥き出しにするほどバカじゃない。作り笑顔はもともと得意なほうだ、誰にだってばれない自信もある。
「そういえば今日息子さんは…?」
「ああ、今日息子は部活でして…」
「部活やってるんですか?」
「ええ、テニス部なんですけどね。これがけっこう忙しいみたいで、時間が合えば挨拶だけでも済ませたかったんだが」
「構いませんよ、いつでも」
テニス部ともなると忙しいでしょうから、俺の口から出た言葉にその息子とやらに興味はない。テニスが強いのか何なのか知らないが、相手とあまり会わなくていいのは好都合だ。
「ところで、君は部活は?」
「ああ、俺は生憎バイトなので。そんな暇ありませんね」
「二人暮らしだったから、私を支えてくれてたんです。私が病弱なので」
「勘違いしないでよ。俺は好きでやってるんだから」
もう私が君たちを支えるからアルバイトなんてしなくていいんだよ、なんて偽善的発言は予め想定はしていたが、虫酸が走る。冗談じゃない、俺の居場所をなくされてたまるか。
お金のためにやってるんじゃなくて、好きでやってるんですよ。俺はただ料理が好きなだけで、カフェで働いてる人たちが大好きなんです。とばかりに説明してやると納得したようで、バカみたいに純粋な人で騙し甲斐があるってもんだ、笑顔ってやっぱり便利。
「俺も帰りが遅くなることが多いと思いますが、母さんをよろしくお願いします」
「嫌だ、私が子供みたいじゃない」
「はは、そうだね」
まるで明るい一家団欒のような笑い声を遮ったのは、玄関の扉が開く音だった。
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