ストレンジ・フレーバー | ナノ

「誕生日ケーキを作って欲しいんだけどさ」
「…お前は誕生日がいくつあんだよ」

 制汗スプレーだろうか、フローラルな香りを纏わせた幼馴染みとその他部活生を見やって俺がそう言い放ったのは、予鈴が鳴る数分前のことだった。


「俺じゃない。後輩の誕生日だ」
「ああそう。で、その後輩くんの誕生日はいつだよ」
「今日だ」
「…そうか。大地、ちょっとこっち来い」


 後ろで立っている菅原たちにちらりと目配せし、大地の袖を引っ張る。
 本当は胸倉掴んでやりたい気分なんだが、こいつ無駄にでけーからな。昔はあんまり変わらなかったくせに、こいつばっかどんどん成長しやがって…まあ、それは今どうでもいい。
 頭にクエスチョンマークを浮かべた大地に笑顔を向けた。


「お前はバカか? 今日誕生日の人間の誕生日ケーキを誕生日当日にお願いしてどうする? あぁ?」
「おい、ちょっと痛いぞ」
「ちょっと? ちょっとなら問題ねーよな? ならもっと力入れてもいいんだよなよし死ね」
「落ち着いて、俺から謝るから」
「菅原止めるな、今からこのバカ野郎シメる」
「本当に締めたら大問題だから! 悪かったって、悪かったから!」




 俺みたいなひ弱な人間が精一杯力を込めて大地の腕を握ったところで大した効果はない。だから首に手を伸ばそうとしたのに、もう少しのところで後ろから菅原に止められる。
 菅原だけではなく東峰も一緒になって謝ってはいるが、東峰はこの見た目でよく謝る癖があるみたいなので珍しいことではない。唯一謝る気配がないのは、目の前できょとんとしている大地だけだ。
 あっ、やっぱりむかつくからいっぺん殴らせろ。
 頼むから話進ませてくれ、との菅原の言葉により大地の腕を軽く殴るだけに終わったが。



「…で? 俺がわざわざその知りもしない後輩くんのためにケーキ作らなきゃいけねえ理由は?」
「お前、料理部だろう」
「料理部なら依頼があればいついかなる時でもケーキ作ってくれて当たり前ってか? 俺は便利屋か? ん?」
「大地ちょっと黙ってて! これには理由があるんだよ」


 いつまでたっても口の減らない大地にストップをかけた、菅原が大地とバトンタッチ。
 俺はこのどうしようもねえ大地という幼馴染みのよしみで菅原、大地ともこうして仲良くなったが、後輩くんのことなんか知るわけがない。
 前に大地の口から生意気な後輩の話は出てきたが、教頭のヅラのやつ。あ、これ言っちゃダメなんだっけ。



「お前の作る菓子最近食べてないじゃん、俺たち」
「あー? まあ、最近お前ら忙しそうだったしな」
「食べたいなって話してたんだよ。そしたら、」
「…その後輩くんが話聞いてた、ってか?」
「ま、そんなとこかな」


 お前の作る菓子おいしいからさー、と言われて悪い気はしない。悪い気はしないが、料理部とは言え所詮個人の趣味程度だ。
 男子部員は俺しかいないし、女子の意見で料理より菓子を作ることのほうが多い。
 調理実習よりは自信があるが、まったく知らない奴に押しつけるほどの迷惑行為はさすがにしない。
 そんな知らない奴から手作りのケーキなんて、ちょっと気持ち悪いと思うんだけど。しかも女ならまだしも、男だ。




「それなら普通にケーキ買ってやったほうが良かったんじゃねーの」
「その後輩が月島って言うんだけどさ。これがクールな奴で、いつもは興味なさそうなんだけど」
「だったら尚更―」
「でも、その時だけは聞き返したんだよ。おいしいんですか、って!」
「…つまり?」
「月島が、欲しがってるってこと!」



 いや、その月島くんとやらがどういう性格かも知らねーし、欲しいって直接言ったわけでもないんじゃ…。
 そんな言葉が出せないほど菅原の笑顔がまぶしくて、ぐっと詰まる。
 まあ大地が非常識なだけで、他の奴らには罪はないわけだしな。もうちょっと余裕持って言ってくれれば俺だって…
 ん? ちょっと待てよ。



「…その話をしたのはいつだ?」
「ん? 確か先月頃だったと思うけど」
「菅原、東峰、悪いな。また大地借りるぞ」


 後ろで菅原の溜め息が聞こえて、俺の代わりに出してくれたんだなありがとう、と棒読みよろしく口には出さず心の中で礼を言う。
 また大地に向き直って、今度こそその間抜け面に向かって拳を振りかぶった。
 軽々しくそれを止められて、チッと舌打ちをした俺は悪くない。

「いきなり危ないだろ」
「俺にはお前を殴る権利がある」
「ってことは、ケーキ作ってくれるのか? ありがとう」
「ああもう俺お前のそういうとこほんと嫌い!」



 何だよありがとうってまだ作るって言ってねえだろ! 作ると信じて疑わない顔で見るんじゃねえよ!
 月島も喜ぶよ、なんて俺の手を握ってくる大地に腹が立つ。これだから天然は。
 溜め息を吐いて、握られたその手を払いのける。きょとんとした表情を向ける大地に、べっと舌を見せて心の中でざまあと言ってやる。いい気味だ。
 それから菅原たちに向き直れば、菅原も東峰も笑顔でこっちを見ていた。この野郎…。




「許可取れてんのか?」
「うん、その点は大丈夫。ケーキ以外の手筈は整ってるよ」
「…全部お見通しってわけかよ」
「ケーキがないと締まらないでしょ?」

 人の良さそうな笑顔をして、よく言うぜ。
 東峰は怖そうな外見をしてるくせにへたれだし、人は見かけによらないとはまさにこのことだと実感させられる。
 あとはケーキがあれば完璧なんだけど、なっ旭!
 なんて菅原に突然振られた東峰は驚いた声を上げながらも、無理にとは言わないけどお前のケーキが食べられるなら俺も嬉しいなあ、なんて似合わない顔でへらりと笑うものだから、怒ってるのがバカらしくなってきた。


「部員、顧問、コーチ、マネージャー含めた全員の人数教えろ。ケーキ以外は用意しない」
「! うんっ、あ、お前も来てくれるよな? 迎えに行くから」
「あー、もう好きにしろ。あとケーキつっても簡単なもんしか作れねーぞ」
「そこは任せた! いやー本当に助かったよ!」


 俺の手を握ったまま、ぶんぶん振って微笑む菅原は笑顔のくせに動きが容赦ない。おい運動部加減しろ。
 じゃあ人数と月島の名前メールするな! と微笑んだ菅原に視線を送る頃には、大地と東峰はもう背中を向けていた。

「俺が作らないって言ったらどうするつもりだったんだよ」
「でも、作ってくれるって言ったでしょ? …それに、」
「…何だよ?」
「何だかんだ言いながら、大地とこれだけ一緒にいるんだから」



 図星を突かれたようなその言葉に、俺は少なからず驚いていたのだと思う。
 菅原は俺にもう一度笑って、ひらひらと手を振って離れていく。

「…一番怖いの、お前かもしんねーな」

 菅原の背中を見送ってそう言うほか、なかった。




「あ、この箱もらっていい?」
「いいよー。今日はいっぱい作ったんだね」
「あー、なんか後輩が誕生日なんだと。ありがと」
「澤村くんに頼まれたんでしょ?」
「…なんで知ってんの?」
「澤村くんが嬉しそうに話してたよー」

 ふわふわとした笑顔で話す料理部の女子に、がしがしと頭を掻いた。
 嫌なほど恥ずかしい奴だけど、その光景が容易く浮かんでしまう俺も俺だよ…
 かわいいとも思えるその笑顔から今は目を逸らしたくて、作ったケーキを箱に詰める。
 フォークは向こうにでもあんだろ、ケーキしか用意しないって言ってたし。なかったら手掴みで食えって言おう。



「角型にしたんだ? 珍しいね」
「あー、こっちのほうが崩れにくいしな。数稼げるし」
「わ、でもちゃんといちご一個ずつ乗ってる。いいなー」
「…余ったの食っていいよ。いちごはそんな甘くないけど」

 どちらにしろ人数以上の数はできてしまったし、どう処理しようかと思ってたところだ。
 少ないけどみんなで食べて、と言えば瞳を輝かせて俺に笑顔でお礼を言ってくれるのはいいんだけど、まだ俺包丁持ってるからね。危ないから手握るのやめてね。
 視線でそう訴えたのが伝わったのか、俺から手を離した女子は他の女子のもとへ余りのケーキを持って嬉しそうに騒いでいる。余りとはいえ喜んでもらえると、俺としても作った甲斐があるというものだ。




「先輩! 迎えに来ました!」
「うわっ、いいにおい! 先輩なんか手伝うっすよ!」
「おー、西谷に田中じゃん。もう手洗ったら終わりだから」


 迎えに来るとは言ったが、来たのは菅原ではなく西谷と田中だった。
 練習後だろうに、お疲れ様。
 そうふたりに言えば、先輩のケーキが食えるならなんてことないっすよ!と笑う西谷はまぶしい。
 まあな、久しくこいつらに菓子やってなかったからな…
 ごそごそと鞄を漁って、目当てのものをそれぞれ西谷と田中に投げてやる。
 受け取ってくれてよかった。投げ返されるかと思ったから。ちょっとだけ。



「クッキー。家で焼いたやつだけど、やるよ」
「いいんすか! やった!」
「お前ら迎えに来てくれたから。他の奴らには内緒な」
「あざーす! やったな龍!」
「おうともよ、ノヤっさん! 先輩あざっす!」


 料理部には相応しくない体育会系の挨拶が響くけど、俺にとってもかわいい後輩なのだからいいだろうと思う。
 西谷と田中にケーキを入れた箱を持ってもらうように言って、部員に挨拶をしてからこの場を後にした。

「月島くんだっけ? 嫌いなもんとかねーのかな」
「大丈夫ですよ! 先輩の作るもん全部おいしいですから!」
「だな! もしまずいなんて言ったら俺が殴ってやりますから!」
「ありがと、気持ちだけで充分」

 頼むから実際には殴ってくれるなよ、という言葉は胸の奥に仕舞っておいた。
 もう体育館に近付けば既に出来上がっているようで、中が騒がしい。
 西谷と田中にはケーキが入った箱を持ってもらっているので俺が体育館の扉を開ければ、たくさんの視線が俺に集中した。



「先輩からのケーキだぞ! ありがたく思え!」
「なんでお前が偉そうなんだよ田中」
「あー…お邪魔しまーす」
「わっ、わざわざごめんね! あ、お金払うよ!」
「あ、いいですよー勝手に頼まれただけなんで」


 先生たちのぶんもありますから、と武田先生に言えばこれでもかというぐらい頭を下げられた。
 それなりの数ではあったけど、他校のバレー部に比べたらそれでも少ないほうだろうし。
 大地がいつもお世話になってますし、と言えばやっと顔を上げてくれたけど、腰が低すぎんだよな武田先生…。

「お、ケーキもう切ってあんだ。うまそう」
「こっ、これ、おれたちも食べていいんですかっ?」
「見た感じちゃんと人数分あるしなー、ちゃんとお礼言えよ」
「あざーすっ!」

 オレンジの髪をした元気そうな男の子を筆頭に、運動部特有の挨拶が響く。田中と西谷で慣れたつもりでいたけど、人数がそれなりに多いとちょっと驚くもんだ。
 菅原に手招きされたのでその場をそっと離れれば、オレンジの髪の子と黒髪でつり目の子がケーキの大きさで言い争っていた。なるべく平等に切ったんだけどな。



「ほら、あそこにいる眼鏡かけてるのが月島」
「あー、食べてるな。よかった」
「じゃ、お前からもお祝いの言葉よろしく!」
「は?」
「おーい、月島。こいつが話あるってー」

 ちょっと待て、今日はケーキしか用意しないって言っただろ。
 そんな目で菅原を見ても、知らん顔で俺の背中を押した菅原はもう輪の中に戻っていた。

「えーっと、月島くん? 食事中にごめんな」
「…はあ」
「ああ、俺大地の…えっと、澤村の幼馴染みで」
「知ってます。…ケーキ、いただいてます。どうも」
「口に合うといいんだけど」



 なるほどこれは確かに、菅原の言う通りクールかもしれない。そこもまたもてる要素になりそうだ。
 少なくとも食べてくれているということは、まずいことはないと思うんだけど。
 じっと見つめ過ぎたのが悪かったのか、怪訝な顔をした月島くんに見つめ返された。なんかごめん。

「…別に、ちゃんとおいしいですよ」
「…ありがとな。甘いもん、好きなの?」
「甘いものというよりは、これが」
「これ?」
「…いちごの、ショートケーキが」


 ぼそりと呟かれたその言葉は、騒がしくなったこの場では俺にしか届かないほどの声で。
 月島くんの耳が少し赤くなっていたように見えた。クールだと聞いていたけど、こんなかわいらしい一面もあるんだな。
 大地の後輩としてはもったいなさすぎるほどだ。


「ああ、言い忘れてた。誕生日おめでとう」
「…ありがとう、ございます。先輩は食べないんですか」
「あー、俺のぶんは入れなかったからな。気にしないで食っていいよ」
「これ、おいしいですよ」
「? うん、ありが―」
「…なので、どうぞ」

 プラスチックのフォークに刺さったケーキの一部を、口の前に出される。
 えっと、これはつまり、食えということなのだろうか。別に俺が作ったもんだし食っても支障ないんだけど、月島くんの誕生日に月島くんの手からケーキをもらう状況って一体…。
 ツッコミを入れる場所は探してみればキリがなかったが、このままだと月島くんに申し訳ないのでそのケーキにかぶりついた。
 うん、我ながらおいしい。




「あーっ、月島が先輩にあーんしてる!」
「ちょっと、何その言い方…」
「だってあーん! あーんって!」
「うるさいんだけど」

 突然大きな声が響いたと思ったら、さっきのオレンジの髪の子…後で名前聞いとこう。その子が俺たちを指差していた。
 何だか言い争い、というよりはその子が月島くんに一方的に言ってるように感じたけど、ちゃんと相手している月島くんも月島くんだな。
 俺完全に置いてけぼりだけど。



「な、いい奴だろ?」
「そうだな、いいチームじゃん?」
「いつでも差し入れ持ってきてくれていいぞー」
「…ま、大地のバカがもうちょっとマシになったらな」

 置いてけぼりになっていた俺のそばにやってきた菅原にそう笑って、そっと月島くんから離れていく。
 さて、まずは一発大地の背中を叩いてやるか。
 …もう月島くんが俺にとってかわいい後輩くんになっちゃったから、彼の目に映らないうちに、な。





fin.

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