猫と包帯 | ナノ

 おまえは俺が怖くないのか。そう言った俺は一体どんな表情をしていたのだろう。



「いって、何おまえぶつかってん…っ!?」
「…悪ィ」
「ひっ…!す、すみませんでしたっ!」


 ああまたか、と去って行った生徒を見て溜め息を吐きたい気持ちを抑えぐっと前を見据える。…まあ彼の言い方も些かアレだとは思うのだが、俺は謝ったというのに何故あんな表情をされなければならないのだ。取って食おうというわけでもないのに。文句なら顔に言え、誰のものでもない声が聞こえた気がした。



「うわっ…アイツもう来てるぞ」
「バカ! 聞こえたらどうすんだよ」
「怖いな…今度は何やらかしたんだよ」
「ヤクザとも関わりあるって言うしな…近付かないほうが身のためだぜ」




 名も知らぬ生徒たちからまるで猛獣でも見るような目つきと共にこんな言葉を聞くのは日常茶飯事で、全部聞こえているということを正直に彼らに伝えてもいいのだが、そうすればさっきの彼のように怯えながら謝り逃げ出すことだろう。
 ちなみに彼らが言っているのは左手の怪我のことだろうが、これはただ料理をしていてついうっかりやってしまっただけだ。それなりに傷が深いくせにめんどくさがって適当に処置していたから、そのように見られても仕方ないのかもしれないが―それにしたって、ヤクザはないだろう。俺だってただの中学生だ。この顔だから売られた喧嘩は買えるようにそれなりの強さは身に付けたが、それまでだ。自分から手出しはしない。…って、この言い方が既に悪人のそれなのか。ひとり思い苦笑する。



「ほら、そんなに慌てるなって。…ああ、今やるから」


 そんな俺が当然スクールライフを一緒に楽しむ友人がいるわけでもなく、ひとり行動する俺はいつしかこの裏庭にいる野良猫に餌付けをしに来るようになっていた。もともとは昼飯を食いに来て余った昼飯をやったりしていたら懐かれてしまい、今じゃ自分の昼飯と別にこの野良の黒猫のぶんまで用意するようになってしまった。強請るように鳴く猫に餌を与え、その横に腰を下ろして俺もパンにかじりつく。




「…俺が友達とか、おまえも可哀想だよなぁ」
「ニャー」
「いや、おまえは友達とすら思っていないか。飯の宛てか」
「にゃぁん、」
「…もういいのか。先客でもいたのか? 今日はやけに早いな」
「すまんなぁ、それたぶん俺や」


 いきなり聞こえた俺以外の人間の声に勢いよくバッと振り向くと、巾着袋…おそらく中には弁当箱が入っているのだろう。を持った見知った顔がいた。
 猫は気が済んだのか、そんな俺たちをまるで眼中になかったかのように退散していく。彼は猫が占拠してた居場所に腰をおろした。



「…白石」
「お、なんや、俺のこと知っててくれとったん?」
「有名人だろ」
「そりゃ自分かて一緒やろ」
「…意味が違うんだよ」

 まあまあそんな嫌そうな顔せんといてや、と人当たりの良さそうな顔で笑う。…イケメンだな。
 しかし俺はまともに彼と話した記憶がなかったのだが、なんでまたいきなり。と言われると猫しか理由が見当たらないのだが。…もっとも、彼でなくとも俺とまともに喋れる人物なんて限りなくゼロに等しいのだが。


「にしても知らんかったわぁ、猫好きなんやな」
「…話す人がいなかったら猫相手に喋ってた」
「動物と話せたりするん?」
「からかうなよ。自分でも悲しい人間だってわかってるしな」
「すまんすまん、でも動物とおったらポイント高くなるんとちゃう?」
「逆効果だろ」



 きっとまたいつものように誤解され、動物虐待だなんだと騒がれるに違いない。あんなに懐いとったのになぁ、と話す白石はさっきの猫のことを思い出しているんだろう。ていうか、俺がこうして白石と話してる間にも今度は白石が脅されてるとか言われるんじゃあ…
 そう思って見ていたら、俺の顔に何かついとる? と言われ、いや、と首を横に振った。敢えて言うなら綺麗な顔がついてるぞ、という言葉は飲み込んで。


「あれ、左手どないしたん」
「ああ、ちょっと昨日料理中にスパッと」
「ちゃんと手当てしたん?」
「上から絆創膏押し付けた」
「あかん! ちゃんと手当てせな!」
「大丈夫だって、ちゃんと消毒はしたし」
「ええから左手出し」



 細かいなあ、と思いながら左手を出すと白石は慣れた手付きで処置をする。…そういえば、白石も左手に包帯巻いてるな。怪我してんのかな、と思っている間に処置は終わったらしく、俺の左手には綺麗な包帯が巻かれていた。…大袈裟じゃねぇ? とも思ったが、お揃いやな、と白石が笑顔で言うのでなんかもういいやと思って黙った。怪我でお揃いってのも嫌だけど。




「おまえは俺が、怖くないのか」

 そして冒頭の台詞を白石に吐いたのである。白石はきょとんとした後、俺に向かってふっと笑った。そしてこう言う。


「俺なぁ、毒持ってんねん」
「…は?」
「左手に包帯巻いとるやろ? これ実はな、毒の放出を抑えるためやねん。そうせな、左手から毒が漏れてしまうんや」
「…白石って頭が」
「おかしくないで。まあ、うちのゴンタクレどうにかするためにはこれぐらいの過剰設定が必要でなぁ。せやから自分が怖いとか有り得へんわ」
「ゴンタクレ?」
「ああ、テニス部の後輩でな―」



 嬉しそうに話し出す白石に相槌を打ちながら、好きなんだなぁ、テニス。と俺もいつの間にか口が緩んでいたのかもしれない。白石がびっくりしたような表情で、笑った顔初めて見た、と言ったので、見ても何もいいことねえよ、とだけ言っておいた。




「にしてもみんなも見る目あらへんな。よう見たらイケメンやん」
「…慰めはいらないぞイケメン」
「イケメンって言われるなんて嬉しいわあ」
「みんな言ってるだろ」
「自分に言われるから嬉しいんやって」
「そんなもんか」
「…鈍感やなぁ。こら手強いわ」
「なんか言った?」
「いーや?」



 今はこれでええか、これからよろしゅう。
 そう言われて握手した俺に笑う白石を不思議に思いながら、まあいいか、と俺は空を見た。
 どうやら俺にも友達ができたようです。…猫以外の。





fin.

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