そんな誕生日


 その日は、うーくんに顔を覗き込まれる形で目が覚めた。

「おはよ、子猫ちゃん」
「ん……うーくん? おはよう……」

 珍しいこともあるものだと思った。いつもなら、あたしを起こすだけ起こして二度寝するか、目覚めたら既に居ないかのどちらかなのに。
 今日のうーくんは何故かしっかり身支度を済ませて、その上で目覚めのキスをくれた。
 ――そう。今日の彼は博士ではなく、スーツ姿のうーくんなのだ。

「……お出掛けするの?」
「そ。だから美音も早く着替えてね」
「……あたしも一緒?」
「うん。ちゃんとお粧ししてね」

 何だか、寝起きの頭でも判るくらいに、今日のうーくんは機嫌がいい。
 お仕事は、とか、どこ行くの、とか。浮かぶ疑問はいくつもあったけど、そんなのを全て吹き飛ばす勢いであたしは直ぐ様支度を始める。
 だって、うーくんとお出掛けするの、久しぶりだ。


+ + +

「ねぇうーくん、どこ行くの?」

 朝食も外で食べようという話になったので、あたしはとにかく急いで着替えた。
 シフォンのワンピースに身を包み、化粧も施し万全の状態でうーくんを見上げれば、頭に付けたリボンを弄びながら彼はいつになく上機嫌に笑っている。

「んー? 美音はどこ行きたい?」
「ええ? 目的があって出掛けるんじゃないの?」
「目的はあるけど、行き先は子猫ちゃんが決めていいよん」

 ますます訳が解らない。そして、いきなり誘われて行き先を委ねられるというのは、思いの外難しい状況だった。

「……うーくんと一緒ならどこでもいい」
「それじゃいつもと変わらないじゃない」
「うー……。じゃあ、行ったことないとこ!」
「具体的には?」
「け、景色が綺麗で、お洒落で、ご飯が美味しいところ……」
「うわ、抽象的だなぁ」
「もー! いきなり言われても判んないよ! うーくんに任せる!!」

 ぷくっと頬を膨らませて放棄すれば、何が可笑しいのか笑いながらも、うーくんはあたしの手を取った。

「いいよ。じゃあ、適当にそれっぽい処に連れてってあげる」

 言うなりグイッと右手を引かれて、あたし達は経文の力で住み慣れた吠登城を後にしたのだった。


――――
―――――……

「わぁー! 美味しそう!」

 目の前に並んだ彩り豊かなモーニングプレートにあたしは絶賛の声を上げる。
 うーくんが連れてきてくれた町は、然程大きな訳ではないが、活気と緑に溢れる処だった。

「気に入った?」

 珈琲と簡易的な朝食のセットを頼んだうーくんが、相変わらず楽しそうに訊いてくる。何の目的かは判らないけど、あたしもまた嬉しくなってにっこりと笑った。

「うん! このカフェも隠れ家みたいだし、街並みもお洒落だし、何より空気まで美味しいし!」
「それはよかった」

 そう言って珈琲を啜る姿は、当たり前なんだけど大人の男って感じでカッコイイ。そんな視線に気付いたのか、うーくんが不思議そうに首を傾げた。

「なに?」
「……うーくん、カッコイイなって」
「……そ。そんなカッコイイ僕と過ごせて幸せ?」
「うん!」

 一見からかい混じりの台詞も、何だかいつもより優しくて。もしかしたらこれは夢なんじゃないかと思ったけれど、それならそれで楽しまなければ。
 デザートのアイスを食べながらこの後の予定を立てたりしてると、まるで旅をしてた頃みたいだなぁと、何だか懐かしい気分になった。


――――
―――――……

「あ〜〜楽しかった!」

 すっかり星が瞬き出した夜空を見上げながら、大きく伸びる。
 あの後も、観光したり買い物したり。相変わらず豊富な知識を持ったうーくんに舌を巻きながら、とても有意義な一日を過ごした。

「よかったねぇ」

 言葉と共に、今日一日あたしを連れ回してくれた飼い主様が頭を撫でてくれる。ついでに、時間が経って崩れた髪型も直してくれた。

「ん。……でも、結局目的ってなんだったの?」

 気持ちよさに目を細めながらも、あたしはうーくんに質問した。それは、こうして夜になっても尚、未だ明かされていない疑問。

「さぁ。何だろうね?」

 だけど、結局最後まで要領は得られず……。

「ええー!? だってこれじゃあ、ただあたしが楽しいだけの一日だよ!?」
「いいじゃない別に。楽しかったなら」
「だって、そんなのうーくん優しすぎ……っいたい!」

 最後には、こうして頬を抓られたけど。それでもいつもより柔らかい雰囲気のうーくんに、解けない疑問だけが残った。

 ――と言っても。吠登城に帰ってから、ふたりでお風呂に入って寝る直前。ふと飛び込んできた日付を見止めて、最後の最後でその疑問も解けたんだけど。

「……にがつにじゅうににち……ぇえ! 今日、あたしの誕生日!??」
「あれ。気付いちゃったの?」

 驚愕の色を滲ませるあたしに、今年もまた忘れてたねぇ、なんて臆面もなく答えるうーくんは、じゃあ……。

「……あたしの為?」

 正真正銘、あたしの為に、貴方の時間を、あたしにくれたの?

「……っ」
「え、ちょ、美音……?」

 理由が判るなり泣き出したあたしに、流石に面食らったのかうーくんが驚く。でも。
 目的なんてなかった。ううん、あったけど、それがあたしの為だったなんて。なんて……。

「あ、あたし、死んじゃう!」
「は?」
「幸せすぎて、あたしきっと爆発する!」

 自分でも何を言っているのか解らなかったけど、とにかくあたしは、胸が痛いくらいに幸せで泣いた。


そんな誕生日

(朝起きたらプレゼントが用意されてて)
(あたしはやっぱりまた死にそうになった)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -