眼鏡


「ふにゃ!」

 事後、喉が渇いたので水分補給をしていると、寝室からそんな――まるで猫が踏まれたような――声が聞こえた。

「子猫ちゃん? どうし……って、何してんの?」

 ペットボトルを持ったまま寝室に戻れば、ついさっきまでだらりと寝ていた美音が起き上がって僕の眼鏡を掛けていた。
 そういえば――どうせこれから寝るし――外したままだった。

「ふぅう、視界がぐにゃぐにゃするよ〜〜」
「君、目ぇ良いんだから当たり前でしょ。ほら、視力落ちちゃうよ。返しなさい」

 子猫ちゃんはその呼び名に恥じないくらいに夜目が利くし視力も良い。そんな彼女が度もサイズも合っていない眼鏡を掛けたら、そりゃあ視界も歪むだろう。

「……はい。……うーくんって、目悪かったんだね」
「なに今更」
「ずっと、伊達なのかと思ってた」

 恐らく初めてだったのだろう、レンズ越しの視界に懲りたらしい美音は、目をしぱしぱさせながら眼鏡を僕に返却した。
 曰く、度なんて入ってないと思っていたという話だが、四六時中着用しているというのにまたどういう発想なんだか。

「何を根拠に……」
「だってうーくん、お風呂の時とか今も……眼鏡外してても全然平気そうにしてるから……」

 だからしなくても見えてるのかと思ってた。
 そう言って腑に落ちないという顔をする美音。僕にとってはやはり今更だが、一応その言い分は判った。

「うーん……まぁ、そこまで酷いって訳ではないよ。してなくても平気な理由は、気配や感覚で判るからだけど」

 一度でも見たことがある場所なら、物の配置や道の造りまで記憶している自信があるし、そうでなくても五感を使えばそれこそ目を瞑っていても支障なく動ける。
 だから視力は関係ないよ、とベッドに腰掛けて髪を撫でれば、ジーッと効果音が付きそうなくらい見られた。

「……今度は何?」

 本当に、時々全く読めない子だ。一定の距離からじっと見られて、僕もまた仕方なく視線を捉える。

「今、あたしの顔、ちゃんと見えてる?」
「ちょっとボヤけてる、かなぁ」

 十代から眼鏡に頼っているのだ。そこまで酷くはないにしたって、裸眼で足りない程度には悪い。
 しかし何を思ったのか、美音はむぅ、と唇を尖らせズイッと顔を近づけてきた。

「……じゃあ、これは?」
「いや、流石に近すぎ。もう少し離れてても見えるよ」

 ともすれば唇を奪えそうな距離。長い睫毛はよく見えるけど、近すぎて逆に全体は見づらい。

「ほんとに? ボヤけてない?」
「ボヤけてないよ」
「ふふ。それじゃあ、これからはうーくんが眼鏡してない時は常にこのくらいの距離に居るっ」

 少しだけまた距離を離して確認するように尋ねた美音は、僕の返事に満足したのか一転して嬉しそうにすり寄ってきた。

「……別にいいけど。……子猫ちゃんってホントにいじらしいよねぇ」

 漸く何となく心情を察して、途端に可笑しくて笑ってしまう。
 どうやら僕のペットの子猫は、霞んだ視界に映されることはご不満らしい。


(興味あるなら買ってあげようか? それこそ伊達だけど)
(ううん。うーくんのだから興味があっただけ)

────
眼鏡を外した烏哭さんの魅力と視力について考えてたら生まれた話。
烏哭さんは実は視力良さそう!にも見えるけど、健邑くん時代から眼鏡な辺り十代未満から度アリ着用という方がなんか想像できる。というのも彼、眼鏡を掛ければ済むと思えば視力に頓着しなそうだし、良くするような技術があってもわざわざ実行しないだろうなぁと。私自身が裸眼なので眼鏡必要な人の視界が少し想像しづらいのですが、作中での「そこまで酷くはない」というのは少なくとも0.1以上は有りそう≠チていう勝手なイメージで書いてます。
因みに、美音が眼鏡を掛けてみたのはちょっとした好奇心というやつです。

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