そこからなにがみえる




 浮気を隠し通せる男は成功するって、二年間、隣で眠るこの男を見つめ続けて悟った。仕事も浮気も完璧に遂行する。おれを含め、いろんな女にやさしさをふりまいて、それでも男の誠実さは帰りを待つただ1人だけの為に。
 寝返りすらうたない綺麗な背中を撫でて、その手を自分の冷たい下腹へと伸ばす。土方がふりまいて寄越したやさしさの欠片を体内に感じる。
 別れを告げられないのは、おれが弱いからじゃない。今まで奪ってきた分、受け取った欠片が重いんだ。


「ガキできたらさ、お前どうする?」
 ピロートークついでにおれがそう言うと、さっきまで唾液撒き散らして笑っていた男の口が一気に萎んだ。
「銀時…おんしまさか…」
「いや、もしもの話な」
 安心しろよとおれに似たもじゃもじゃの毛を掴む。クルクル指に巻いて引っ張ると、その黒い一本に力強さを感じた。「はぁ〜…なんじゃびっくりしたき」
 そうかそうかと辰馬は、なんとなく残念そうな、そんで納得したような顔をした。それはおれがそう思っただけで、本当は違うのかもしれないけど、その顔を見ると胸が軋む。
「ん〜…息子がええがじゃ」
「誰もんなこと聞いてねぇよ」
「そうか?」
 ガハハ、と布団に沈みながら下品に笑う。昔からそうだ、こいつが何考えてんのかおれには理解できねぇ。ただ何もかもデカくて、強くて、笑うとなんか安心するんだ。そしてこいつは、あんな戦いの中で刀を握るおれを女として扱った唯一の男。
 心も体も土方に捕らわれたくせに、この男から離れることができないのは、おれが弱いからじゃない。今まで投げてきた気持ちが重くて、まだ全部背負いきれてないんだ。だから前に進めない。
「…海がいいぜよ」
「……海?」
「ガキが生まれたら、一緒に海に行く」
 おんしも行かんか、と訴えてくる目が試しているように見えた。こいつはどこまで知ってるんだろう。あいつと寝てることも、好きだってほざいてることも全部知ってんの?知ってて、おれを海へ。
「…おれも行きたい、海」
「そうかそうか!」
 嬉しそうに傷だらけのおれの身体を抱き締めて、海はいいぜよってまたガハガハといつもみたく笑った。土方への思いで雁字搦めだったおれを自由にする。おれは覚悟を決めた。


「おれ、ガキできたんだわ」
「…俺?」
「は、言うと思った」
 グラスの中の水を見て、海を想った。
「てめぇのだよ、残念ながら」
「責任取れってか」
「べつに。別れてくれていいよ」
 お前なんかいらねぇと含ませて言う。プライドの高いこの男は今、目の前のおれを絞め殺したいくらいだろうな。呼び出された時から、泣き叫んで捨てないでって希うおれからどう切り抜けるかしか考えてなかったんだろ。
 一昨日のおれなら、そうしてた。でも今は。
「浮気隠し通せる男は成功するんだって、おれお前見てて思ったよ」
「…は?」
 なんでかな、あんなに躊躇った言葉全部、言えてしまうのは。
「おれ、海行くんだ」
「………」
「奥さんによろしく」
 お前から受け取った偽物の優しさの欠片は、今まで投げてきたあいつの気持ちと一緒に墓場まで背負ってくよ。もう覚悟決めたんだ。
 海へ行って、それからどうする。ほんと酷い女だな、おれは。辰馬の気持ちに甘えて、海へ行くおれは。 どうにでもなる、おれはもう自由なんだ。
 右手を下腹へ。この皮膚の下にいるのは男だといいな。なぁ、おれら海にいくんだぜ。そこから海がみえるかな。








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