さすらう(現代パロ)



 コンコンと二回、ノックの音。
ちょうど煙草に火をつけたところだった。
「トシー」
「いません」
「いるじゃん」
「トシって言うな」
「え〜いいじゃん別に〜」
「よくない」
「トシー入れて」
 しつこい。この押しにやられて俺は毎回ドアを開けてしまう。
「うるせえな。何の用だ」
「分かってるくせに〜」
「…入れば」
 入ってくるなり俺を押し倒し、ベルトを外す。玄関先で俺のチンコを一心不乱にしゃぶってるこの変態は、いつからここに入り浸るようになったんだったか。こいつが隣に越してきてすぐだった気がする。
銀色の頭を少し押し付けてやると嬉しそうに喉を鳴らす。マジで変態(そんでテクニシャン)。その変態のことを愛しいと感じ始めてる俺も変態。
「あー、やべ…」
「ん…いいよ、出して」
「く、」
「ん、ん」
 玄関でのこんな変態的行為に坂田が何を求めてるのかは分からない。でも、この行為を何かの償いのように感じるのは何でなんだろう。
 坂田は俺の萎えたチンコをしまって、ジッパーを上げた。精液をつけたままの手で俺の頭を抱えこむ。
「おい、なんだよコレ」
「んー?お母さんごっこ」
「はぁ?」
「よちよちトシくんはいいこでちゅねー」
「ちょ、お前、髪でザーメン拭くな」
「いいじゃんてめぇのだろ」
 奥歯まで全部見せて、坂田は笑う。可愛いなんて思ってやらねーぞコラ。
「…続きは?」
「いい、俺もう満足」
「…変態」
「知ってる」

 コンコン、ノック二回。
ドアを開けて飛び込む坂田を招き入れたのは、俺の知らない男だった。
(あぁそういうことか)
 コンビニに寄った帰り、俺の住むアパートで坂田の浮気現場を目撃した。いや浮気とは言わねえよ別に付き合ってるわけでもねぇのに何言ってんだ俺は。阿保らしい。
突っ立って見上げる俺と坂田の視線が一瞬ぶつかった。でもそれ以上何もなかった。言い訳なんか期待してなかったけど、ショック受けてるのは事実なわけで。
 相手は俺の部屋の真下にすむ男だった。なんか納得した。あの感覚は坂田の罪悪感だったんだ。
 あの変態が俺だけで満足するわけがなかったんだ。あいつはいろんな男の所にさすらって、俺はそのうちの一人だったってわけだ。ふざけんなよ。なんで俺がこんな…
「土方、いる?」
 いつものノックの音はなかった。ヤりに来たわけじゃないと直感で分かって、腹立たしさとホッとした気持ちが綯い交ぜになる。
「いねぇよ」
「…さっき下にいたよな」
「…いねぇよ」
「開けろよ」
 ぞんざいな態度。俺は衝動的にドアを開ける。
「ふざけんなよ!」
 ドカッと音がした。坂田がしゃがみこむのを見て、殴ったんだと気付いた。拳が痛い。そうか俺は殴りたくなるほどこいつを、
「はは、やっぱ痛ぇな…」
 赤い唾を吐き捨てて、坂田はゆっくり起き上がった。真っ直ぐ俺の目を見て土方、と呼ぶ。トシと呼ばれるよりずっと強い何かがあった。目が逸らせなかった。坂田が距離を詰める。見つめあったままで、坂田の血の味を確かめた。たった数秒のキスが永遠に感じた。
「…じゃあな」
 離れていく坂田を追いかけることはできなかった。

 ドンドンとドアを叩く音で目が覚めた。あれから3日、坂田は一度もここには来ていない。隣の部屋にも帰っている気配はなかった。
「…はいはい誰、」
 そこにいたのは俺の真下に住む男。
「坂田に何か盗られてない!?」
「…は?」
「あいつ最近来ないと思ったら、俺の時計とか金になるもん盗んでたんだよ!俺の他にも盗まれた奴が何人も…」
「…ぷ、はは」
「「何笑ってんだよ」」
「…え?」
 男の声が重なって聞こえたと思ったら、
「「坂田!?」」
「あ、ごめんね盗んで。でもホラ、返しにきたから」
 言いながら脇に抱えていたダンボールを開く。中には時計やら変な置物やらゲーム機やらが沢山入っていた。
「借金しててさ、働いて返すっつっても担保になるもんが何もなくってさ、悪かったな。それじゃ」
 呆然と立ち尽くす男を尻目に坂田はそそくさとその場を後にする。
「はは、」
 おかしくて仕方ない。全部馬鹿らしくなる。何悩んでたんだ俺は。
 一度は諦めた背中を追いかけて走った。俺が近づいてくるのを見て、坂田も走る。
「待てよ!」
「待たねー!」
「お前それ一人で返しに行く気か!?ヤり殺されっぞ!」
「うっせー、ほっとけ!」
 アパートの周りを走り、公園に差し掛かる。息が荒い。
「…っ、好きだ!」
「…へ?」
 一瞬の隙を見逃さない。坂田が振り向いて速度が緩くなったところで全速力。首に腕をまわして拘束した。
「は、は…苦し、ギブ」
「…は、騙されてんじゃねぇよ」
「…何、嘘!?おま、最低」
「お前が言うな」
 荒い鼓動と息を落ち着かせる。首にまわしていた腕を下げ、腹に回し抱き締めた。
「…んだよ、俺の体が忘れられねーって?」
「てめぇと一緒にすんな変態」
 坂田が笑う。奥歯まで全部見えるあの顔を思い出して、胸が締まった。
「おい、ガキが見てんぞ」
「借金、あとどれくらい残ってる」
「あー20万弱。盗んだやつ返してもらうかわりに増えたから…」
「は、返せんのかよ」
「馬鹿にすんな」
「…俺は何も盗られてねぇんだけど」
「…そ、そうだっけ?…あ、言っとくけど俺あいつとヤってねぇからな」
 ふわふわさすらって、なかなか掴めないこいつを俺のものにしたいと思ったのはいつかだったか。そんな昔のこともう忘れた。
「…好きだ」
「…マジ?」
「…騙されてんじゃねぇよ」





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