リフレイン



 あと約五十メートル。酷使した筋肉が悲鳴をあげる。こぼれる荒い息が真夜中の冷たい空気で白くなる。
 流れ込んだ汗のせいで、苦しげに立つ高杉の姿がぼやけた。グラウンドの照明が、高杉を斜め上から照らしていた。膝に手を突き、肩を上下させ息をする。
 あと三十メートル。高杉は近づく俺を見て、ゆっくり背を向けた。左のてのひらは俺に向けて開き、デカい'バトン'を待っている。そしてそのまま少しずつ前へ進む。
 まただ、また重なる。俺から離れていくお前の姿が何重にもダブって見える。
 あと五メートル。俺は右足を大きく出して、そのデカいバトンを両手で渡した。

 約四百メートルトラックを2人で百周するなんていう無謀な計画を考えたのはもちろん高杉だ。盗み出してきた'バトン'を見せつけてどや顔で、『送別式しようぜ』って低い声で。
 送別式って何だよお前馬鹿ですかって叫んでやろうと思ったけどやめた。それは俺も馬鹿だったから、じゃなくて、高杉とシンクロしたから、でもなくて。

 九十九周目を走り、高杉は俺の名前を呼んだ。俺も同じように背を向けて、左手を後ろに出した。
 高杉の進む先にはいつも先生がいた。今もそうだ。俺と高杉の間には先生がいる。
 ラスト一周。右足で蹴り出した。制服のシャツは汗で冷たくなっている。構わず、バトンを脇に抱え込んだ。
 こんなアホらしい計画も、この一周で終わってしまう。送別式って何だよそれ、もっと他になんかなかったのかよ。なんて考えるのももう五十回目。
 四十九回、俺は高杉の後ろ姿を見つめた。先生の為に走る姿を見た。バトンを渡す度にデジャヴ。ずっと昔から、そんな高杉の姿を見ていたように感じる。
 俺が断れなかったのは、ただ、高杉のことを信じられなくなったからだ。また先生の後をいつもみたいに追いかけるんじゃねえかって疑ったからだ。この馬鹿みてえな行動でも、止められるならって思ったから。
「銀時!」
 走った。でも本当は途中からそんなもん関係なくなってた。高杉の一番が先生だって事はずっと変わらない。
 ただ、走ってるこの瞬間は、たとえそれが先生を送るためだとしても、この瞬間の高杉は俺だけのもんだ。
「高杉!」
 少しずつ近づく。照明に照らされて、高杉が笑う。えらそうに、口の端を片方だけあげて。ほんとムカつく顔してるわ、お前。
 腕を伸ばす。筋肉が、細胞が震えた。高杉がバトンを受け取る。足の力が抜けた。
「ちょ、銀、うわっ」
走る加速度のまま高杉もろとも倒れこむ。上体を高杉の胸板に押し付けて息をした。
「は、は…」
「てめー突っ込んでくんな」
「……おわったな」
「…ああ」
 上に乗り上げた俺の頭に圧力をかける。高杉の顔が近づく。汗の匂い。しょっぱい味。
 俺の歯茎を舐めるこの瞬間でも、先生の遺影を手放さない高杉を少しだけ憎んだ。








松陽先生←高銀
また生まれ変わり設定です。
分かりにくいですが、バトンは遺影です。
thanks!銀杏ボーイズ



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