橙色の誠実(現代)




 花になんて全く興味がなかったが、俺の部屋はいつの間にかいろんな色の花で埋めつくされていた。別に拾って集めてるわけでも、女がくれるわけでも、ましてやそういう乙女な趣味のある女がいるわけでもない。ただ俺は週に2度、持ち帰えざるを得ない花を握らされてしまうのだ。おかげで無機質だった俺の部屋は生の溢れる部屋となり、花の匂いは俺に、俺がしなくてはならない事をいつも思い出させる。
 今借りている部屋から徒歩8分の距離に、その花屋はあった。子供二人と銀髪の男が3人で経営している。どうみても繁盛しているとは思えないが常連客は多く、顔馴染みである客は男や子供と話し、たまについでのように花を買っていく。俺もここ1ヶ月あしげく通いつめ、男に名前を呼ばれるまでになった。
 俺がこんな行動を取っているのにはもちろん理由がある。
 その男(名前は坂田という)は、自身の店に指名手配犯を匿っているのではという疑いをかけられている。その決定的証拠を掴む為、俺は男とその家族に近づくよう指示されたのだ。
「お、土方じゃん。いらっさい」
 そんな俺の裏側も知らず、声をかける。坂田は重たそうな瞼で、だが他人をよくみている。ちゃらんぽらんな生活だが人望はあつく、逆に他人に対し自分を多く語らない。
「土方さんこんにちは。今日もあついですね」
「あーマヨラーアルー。花買ってけヨー」
「相変わらず客が少ねえなこの店は」
「ほっとけ」
 この店は家の一部を改造した、というよりむしろ店の一部を家としたものだ。何度も通って、だいたいの間取りや家財の位置関係は把握した。時間帯をずらして何度か来たが、怪しい黒髪の男の姿は見当たらなかった。もちろん夜も張っているが、そんな報告は受けていない。
「その花、何て名前なんだ?」
「ああこれ?これは君子蘭っつーの」
「綺麗だな」
「まーねー。でも土方くんにはまだあげられねえかなコレは」
「‥?」
 何故かと問う前に、坂田は離れていった。すぐ後に右手にチューリップを一輪持って帰ってきた。
「ま、そんかわり俺の愛をあげる」

 捜査対象となる相手に深入りするのは禁物だ。情に流され、目が曇り、真実を見失う。
 握りこんだチューリップは俺を迷わせたが、部屋に帰るたび、花の匂いで目が覚める。俺がすべきことは。分かっている。戸惑っていてはいけない。でもどこかで、何もなければいいと期待する。

「あれ、今日も来たの。暇だねー」
「お前には言われたくねえな」
「はは、そんで早いね。今日1人目の客だよ」
 今日は坂田以外店に誰もいなかった。心なしか少し寂しげに見える。この店も、花も、坂田も。
「ガキどもは」
「今日はお休み」
「ふうん」
 あいつらがいないからか、こんなに寂しげに感じるのは。
「で、土方くん今日は何しにきたの?」
「いや、まあ別にいつもの通り」
「お前もほんと花好きなー」
「そんなんじゃねえよ」
「あれ、違うの?じゃあ何、銀さんが好きなの?」
「はあ?んな訳ねえだろ」
「うはは」
 坂田が俺を見て笑う。顔に血が集まるのを感じて焦る。どこかに捨て置いたはずの感情が戻ってくる。
 そんな俺を見て坂田は頭を左に傾けて笑った。その拍子に、髪で隠れていた右首筋が露になる。首筋に、紅い点が見えた。
(え‥‥)
「そ、俺さ、この店閉めるつもりなんだよね」
「‥‥、な」「土方には正直に、言っとかなきゃと思ってさ」
 何も言えなくなった。首筋の紅い跡に加えて、俺は更に動揺した。口の中が乾く。まさか、やはり。匿っていたのか。その跡をつけたのもそいつなのか。
 胸の内側から言い表せない感情が込み上げる。俺は何も言えず、ただ坂田の目を見ることしかできなかった。
「明日にはたぶん、出てくわ。急で悪いね」
「‥‥」
「あ、土方くんにこれあげるわ」
 持ってきたのは、俺がいつか綺麗だと言った花だった。名前はなんと言ったか。
「土方、今までお疲れさん」
 坂田は気づいていた。俺の嘘も、気持ちも。君子蘭のオレンジは目に痛かった。嘘をついていた俺の部屋にはまだこの花は飾れない。









君子蘭の花言葉は誠実らしいです
春の花なんで、季節はずれ
チューリップて可愛いですよね
でも一番はキンモクセイ!いいにおい
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